第2話 本依頼

翌る日、銀次は何時もの様に49番台の「ダイナマイトバディ」に対峙している。サンドにスルスルと千円札を十数枚飲み込ませていた。相変わらず、しょっぱい結果になっている。

―もうやめようかな―

と思ったら、リーチになっている。

「よし、来い」

思わず声が出た。

ひと玉、役物の当たり穴に入った。液晶の画面に切り替わる。例のごとく、水着ギャルがキスをせがんで来る。思わず銀次も口をとんがらせる。

銀次の執念が勝り、久しぶりの大当たり!

ハンドルを右に廻し、銀玉を右に打ち出す。

―久しぶりに当たったな―

と感傷に浸っていると、

「おい、お前さん。大変だよ」

と、甚之助の声が聞こえて来た。銀次は面食らって思わずハンドルから手を放した。

「何だ、あんたか!今良いとこだから後にしてくれ。盤面が見えん!」

慌ててハンドルを握り直して右に回す。台の下側からばらばらと銀玉が出て来る。

「おりんが死んじまった」

「なに?本当か?」

銀次はふと我に帰った。

「どうやって知った?」

「今朝方、一里くらい離れた川岸に仏さんが居るって言うんで、もしやと思って見に行くと、おりんが、おりんが」

悲しみの余り甚之助は言葉を詰まらせて、ガラス越しに見える顔はぐしゃぐしゃになっていた。

「何で死んじまったんだ?」

「原因は分からねぇ。ただ、居酒屋でしこたま呑んで居たらしい。その勢いで川に落ちてしまったかも知れねぇって言われてな」

鼻水を左手の握りこぶしで拭うと、

「おらたち夫婦には「ややこ」が居ねぇんだ。一度おりんは、ややこを授かったが、流れっちまって、それ以来さっぱりになっちまった。その事を気に病んだんだろうか」

銀次は唇を一文字にしながら話を聞いている。

「おい、おまえさん。こんな事になっちまってもおりんを探し出せんのか?」

「あんた、『輪廻転生』って言葉知ってるかい?」

「学がねえからわかんねえなぁ」

「簡単に言うと、人間は死んでも何かに生まれ変わるって事なんだが、俺があんたの生きている時代に行く事は不可能だから、俺の住んでる時代の人間であんたの連れ合いの生まれ変わりが居るかも知れない」

「へぇ、そんな事あるのか」

「おりんさんは、俺の生きてる時代にはとっくに死んでいて、まぁおまえさんもそうだが、おりんさん、若しくはおまえさんの生き写しが必ず生きているはずだ。しかし、俺の生きてる時代でおまえさんの生き写しと結ばれているという保証はない。それでもいいのかい?」

甚之助はさっきの左手で瞼を拭って首を縦に振った。


その後、次回甚之助におりんの似顔絵を描いて貰う事を約束した。しかし、此方から甚之助を呼び出した事が無い事に気づいた。

―はて、困った―

銀次はボサボサの黒髪を搔きむしりながら考えてみた。

―交信はパチンコ台である事は良しとしてそのタイミングだな。時代は違っても、時差はないはず。時間を決めて毎日同じ時刻にこの49番台で打つとしよう。江戸時代の時間の認識はどうしてるんだ?それだけ調べれば一応OKか―

銀次は文明の利器、「クークル」で検索する。

―なになに、江戸時代は「時の鐘」なる鐘の音が基準で、寺の鐘(梵鐘)は明け方に

六つ、正午九つ、夕方六つの鐘の音で時間を認識していた。ふむふむ、じゃあ正午なら間違いないな―

そう思案して、一段落付けた。


更に翌来る日、銀次は正午の10分前にいつもの「49」番台に座った。正午は、『あっち』と同じ時の流れのはずという曖昧な認識で、得も言えぬ不安要素を抱えながら、銀次はハンドルを右に廻す。

バラバラと音を立てて銀玉の台の皿へと流れていく。

―本当に大丈夫だろうか―

ボソッと呟くと中央の役モノに銀玉が二つ入っている。銀次は果たして甚之助がパチンコを打っている自分の事に気づいてくれるかどうかが気になってしょうがない。台に向かっては居るが、殆ど上の空の状態だ。すると何やら大当たりの音楽が鳴り響く。

「誰だよ」

辺りを見渡すが、銀次以外は誰も居ない。

「俺かよ!」

独りツッコミをした後、慌ててハンドルをこれでもかという位に右に廻す。台からばらばら銀玉がどんどん出て来る。

すると驚いているのも束の間、甚之助らしき声がする。

「お前さんかい?」

―よし、呼び出せた!―

今の銀次には、大当たりは甚之助を呼び出す手段の何者でも無い。かと言って、

ハンドルを思いっきり右に廻して、出玉の処理には抜かりない。

「おう、甚之助さん!よかったよ。ヒヤヒヤしたぜ」

「何がだい?」

「いや、こっちの話。甚之助さん、一つ聞くが今昼時か?」

「ああそうだよ。それがどうかしたかい」

「いやぁ、お前さんと話すには井戸に来て貰わないと始まらないだろ?だからどうにか成らんかと思ってたんだよ」

「ほうほう」

「それで、時間の流れは同じだろうと思って今時期に何とかすればいいかなぁって思ったところだった訳よ」

「おいらはまた井戸からバラバラでっけえ音が聞こえるもんだから、慌てて覗いたらお前さんが映っているじゃねぇか」

「おお、いいねぇ。これから連絡を取る時は今時分、お昼時に井戸を覗いてくれ。

今回みたいにバラバラ騒がしい音が合図だ」

 「おうよ」

「ところで甚之助さん、おりんさんの生き写しを探すのにどんな人か知らないといけないんだが、何点か聞いても良いかい?」

「おうよ」

「まず人相だが、どんなだい?似顔絵、もとい、人相書き持って来てくれたかい?」

そう尋ねると、甚之助は頭をボリボリ掻きながら、

「絵は苦手でねぇ。描いてはみたものの、自分の下手さに参っちゃったよ」

事前に頼んでおいた人相書きを、少し恥ずかしそうに井戸の水面に翳した。

「うーん、どうだろう。仕上がりはさて置き、よく見えないな」

現代の鮮明な写真などに比べても、黒墨でモノクロものではよく判らない。更に水面に揺られて鮮明に映し出されない。

―どうしたものか―

今度は銀次が頭をボリボリ掻いた。

「誰か人相書きを得意な人は周りにいないのかな。あと、朱色の墨があるだろ?それで色付けしてくれないか?それなら多少なり分かりそうだ。まぁ人相は後でもいい」

「そうか、すまねぇ」

甚之助は少し肩を落としてそう言った。

 「となると、手掛かりは身の丈や性格、好きなものなどに成るだろうが、

何か心当たりは有るかい?」

 「実はな、夫婦になってもう数年経って居るんだが、何一つおりんの事について深く考えたことがねぇんだ。居るのが当然と思って居てな。そんなんだから八が当たったんだだろうよ」

 「そんな事無いだろうよ。夫婦はそんなんじゃねぇのか?」

 「そうかねぇ」

 「おりんさんとはどうやって出会ったんだい?」

 「俺は旅籠で下働きしててな。その旅籠で、女中として一緒に働いていたんだ」

 「ほう、成る程。其処ではどんな話をしてたんだい?」

 「それがさぁ、生まれはどこだいって聞くと、向島っていうじゃねえか。こちとら浅草だから近いって話で、ほら、隅田川の花火があるだろ?それをいつも見に行くってもんでそれからかな、いろいろ見物に行って」

 「ほう。やっぱり縁があるんだな。それで何時夫婦に成ったんだい?」

「そうさなぁ、もう七年前くらいになるかなぁ。はっきりは覚えてねぇ。こんなんだから駄目なんだよなぁ」

「まぁ、そう卑下することもないさ」

「そう言ってくれると有難いぜ」

「先ず、おりんさんの身の丈はどれくらいだい?」

「そうさなぁ、おれが五尺五寸くらいで、おいらより大分と高いかなぁ?」

「ほう、のみの夫婦か。その頃は珍しいのか?肉付きとかはどうだい?」

「おれより細いぜ。だからすらっとして、おいらには勿体ねえ位の女だぜ。おれが惚れ込んだんだからな」

銀次は咳払いをした。

「性格はどんなだい?小さい事を気にする感じかい?大して気を使わない感じかい?」

「うーん、まぁ細かいところまで気の付くやつだったなぁ。或る日、外に呑みに行く時だったか、夜に雨が降るからって、番傘をおいらに持たせようとした事があってな。どう考えても雨なんか降りそうな感じなんか無ぇんだよ。だから、要らねぇって突っぱねたんだ。そしたら帰りがけ、もの凄え雨が降ってきてびしょ濡れで帰ったら、おりんはほくそ笑んでたなぁ」

「ほう、面白いねぇ。お天気に詳しかったのかい?」

「そういうんじゃねぇんだ。さっきの話はひとつの話で、なんて言うのかなぁ、不思議な事を言うんだ。それも飛んでもねぇ事を言うんじゃねぇんだ。またそれが当たるんだよ」

「ふむ」

―これはいい手がかりになりそうだ―

銀次は顎の無精髭を摩りながら興味深く耳を傾けている。

「他にそう言った事があるんだな?」

と問うと、

「あ、こんな事があったか。夏の暑い時期だったかなぁ。旅籠の勤めが終わって家に帰る途中で疲れて居たんだろうな、はたと鰻が喰いたくなったもんで、近くの贔屓にしている魚屋に寄ったんだ。品定めして鰻をくれと言うと、魚屋の大将が言うんだ。

 『毎度、甚之助さん。さっき奥さんが鰻買っていったぜ』

 〈えっ〉っと思ったさ。なんか俺の思ってることが通じているのか?とも思ったさ。家に帰ると、夕飯に鰻重が出て来るもんだ。びっくりしたよ。まぁよくある話だと言ってしまえば其れまでだが」

 「勘が鋭いんだな」

 「そうだな。勘というか、先回りしているって感じだな」

 「それは現代、まあ俺のいる時代で言うところの『予見』というか『予知能力』 だな。まあ、珍しくも無い。」

 「ほう、そうかねぇ」

 「うーん、おりんさんは、或る程度先が分かるっていう「チカラ」を持っていた と考える事が出来るな」

 「ふーむ、それでお前さんのいる時代でおりんの生まれ変わりがわかりそうか  い?」

 「ある程度絞れるかな。まぁ当たってみないと分からんが」

 「またおりんについて気づいた事があったら教えるぜ」

 「了解だ。俺もおりんさんの生き写しを捜しに行かないとだから、次回連絡するのは三日後でいいかい?また昼のこの時間に会おう」

 「合点」

 「では、三日後。井戸に来てくれ」


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