右打ち銀二 ―おりんの行方を探る案件―

最近は痛風気味

第1話 過去からの捜索依頼

東京は渋谷区笹塚のとあるパチンコ店。

《ムーヴ》

平日の昼前、更に快晴というのに金も暇もある人は結構いるものだ。と言っても、この店でドル箱を積んでいる客は数える程しかいない。大当たりの機械音が鳴る度に、周辺の客は咄嗟に反応して、さっとその方向を振り返る。勿論自分の台は必ず出ると信じて打っているのだが、リーチが来てはその期待を悉く裏切る、というのがパチンコの本筋だ。またそれも客の心得として織り込み済みで、それが無いと大当たりの時の醍醐味も無い。下衆な話になるが、スカートから女性の下着が思いっきり見えると興醒めするが、見えるか見えないかというところで、ちらっと「あれ、見えてるのか?どうなんだ?」という「チラリズム」が世の男性衆の心躍らせるところというのと似ていると言えるかも知れない。あんまり記述すると変な誤解が生まれると同時に、教育上宜しくないのでやめておく事にする。

其れはさて置き、大欠伸をしながら頭を掻いて入店してきたこの男、自称私立探偵の目黒銀二である。首元が伸びた長袖シャツとジャージのズボン、足元はサンダルと、世の中を舐め切ったとしか思えない出で立ちだ。

 「おっ、おはよう。今日も出て無いね。仕事が無くていいねぇ」

 ぽんと店員の左肩を叩く。

 「銀二さん、寝たままの格好で来ないで下さいよ」

 「いいじゃねぇか、別に誰にも迷惑掛けてねぇだろ。今日もこの店の売上に貢献するかな、あはは」

 「他のお客さんに聞こえますから止めてくださいよ」

 「だって事実じゃねえか。俺らが出もしねえ台に向かって、せっせと金をつぎ込むからお前らが喰えてる訳だぜ。感謝しろよな」

 銀二はそう言いながら〈ダイナマイトバディ〉なるパチンコ台に座る。毎日この49番台と対峙するのが日課だ。ホテルなどは縁起の悪い「4」や「9」の数字を使うことを嫌い、客室に使用しない事が間々ある。パチンコ屋にもそういった事が結構あるのだが、この店は例外である。

 この台はチャッカ―(デジタルが回る入賞口)に球が入ると中央下の二桁のデジタルが廻り、7・7など奇数が二つ揃うとチャッカ―下のチューリップ(大当たりの起動となる入賞口)が3秒間開く。下の役物「セクシーゾーン」なる穴に入ると、台の左側にある小さな液晶画面にお姉さんが現れ、顔のアップ画像に切り替わり、リーチとなる。そこで見事キス出来たら大当たり。すぐさま右打ちして約2500発の出玉をゲット出来る、という何とも下世話な台だ。

 銀二は決まってこの台の49番台に座る。

単に好きな数字の台であるだけの理由で、特にどうこうと言う訳でもない。そんなものだから大当たりを引く事もあまり無いというのがお決まりであった。

 「さてと、参りますかね」

 と、千円札を縦にしてサンドに差し込む。

サンドは忽ちスルスルと札を飲み込む。台の玉貸ボタンを押すと、バラバラと銀玉が出て来る。準備完了。銀二はハンドルを回しチャッカ―を狙う。多くの球は無情にもアウト口(台下部の球を回収するための穴)へと吸い込まれる。割合にして500円分の貸玉で4回初動の入賞口に入れば良いのだが、肝心のデジタルが揃わない。1000円、2000円とサンドに差し込む。

 「今日も相変わらずだなぁ」

 ぼそっと愚痴ると、デジタルのリーチがかかり始めた。銀二は内心、よしよしと舌舐めずりしていた。と思ったら途端にデジタルが揃わなくなった。〈ちぇ〉っと舌打ちした。暫く揃わないデジタルを、煙草を吹かしながらぼーっと見ていると、再度デジタルのリーチがかかり始めた。またガセだろうと半信半疑で打っていると、3・3で揃った。「よし」と声が出た。チューリップに2玉入り、役物に落ちた。皿状になっている役物の中でぐるぐると6つある穴に吸い込まれ、内1玉がセクシーゾーンに入った。〈来たかな〉と逆に冷静に装っているが、内心はガッツポーズを作っている。液晶画面に水着のお姉さんが出現した。水際で遊んでいた水着のお姉さんが振り返る。お姉さんは画面に近づいて来る。効果音が銀二の心拍数を嫌が応にも上昇させる。が、最後の最後で頬を叩かれた。

はずれ。

大当たりは来なかった。銀二は項垂れる。

『くっそ』とサンドに1000円札を入れようとした時、《おい》と誰かに呼ばれたような気がした。何だ、空耳かと思ったらまた謎の声が聞こえて来た。

「おい、お前さん」

銀二はびっくりして辺りをキョロキョロ見渡すが、その島には自分以外に人はいない。

「こっちだよ、こっち」

どうやら、その声は銀二の座っている台の盤面から聞こえてくるようだ。じーっと盤面を見つめていると、

「びっくりさせちまったかな?」

銀二は恐る恐る盤面に向かって声をかけてみた。盤面にしなびた和服に、斬切り頭の男の顔がぼんやり映し出された。側から見ていると、ちょっとあぶない人に見られそうで躊躇しながら小声で囁く。

「あんた、誰?」

「俺は甚之助って言う者だ」

「おいおい、かなり古しい名前だな」

「おう、こちとら同じ名前は結構いるぜ。いまは将軍様のお陰で・・・」

「なにぃ、将軍様?何だそれは」

「将軍様って言えば吉宗さまの事に決まってんだろ」

「はぁ?あんた江戸時代の人か?」

「なんちゃら時代なんってのは知らねえが確かにおいらは江戸っ子だぜ」

―ふーむ、確かに話し方は昔のようだが、何がどうなっているんだ?

まぁ暇だし、ちょっと話してみるか―

銀二は自問自答してパチンコ台に座り直して息を整えた。

「お前さんこそ誰さ?」

甚之助は、パチンコ台越しから銀次に尋ねた。

「俺は目黒銀次っていうが、おまえさんはどこから俺に話しかけているんだ?」

「何処からって、なに、家の近くの井戸だよ。なんか、バラバラうるせぇ音がするなと思って辺り見回したら、なんだ、井戸から聞こえて来るもんじゃねぇか。そーっと覗き込んだら、うるせぇ音とあんたの顔が水面に映ってるもんだから、思わず話しかけたって訳よ」

―ふーん、筋は通ってるようだ。不思議な事だが、そんな事もあるんだろうか。

もう少し様子を見て見ようー

 「お前さんの職業は何だ?」

 「なんだ、しょくぎょうってのは?」

―そうか、この時代の言葉に変換して聞かないと通じないのか。厄介だな―

「お前さんの生業は何だと言うことだよ」

「家業のことかい?俺は普通の町民だよ。

旅籠で下働きしてるぜ。お前さんは?」

 「おれか?簡単に言うと人探しみたいなものかなぁ。お尋ね人を探す家業ってところかな」

 「へぇ、そうかい。そりゃ丁度いい」

 「丁度いいってどういう意味だ?」

 「実はな、連れ合いが最近ふらーっと家を出て行って帰って来ねぇんだ。出て行ったのは朝方で、起きたら居なくなっているもんだから、暫くは探し回ったが誰も見てねぇって言うんだ。出て行ってもう三日も経つ。お前さんの家業が人探しって言うんなら一肌脱いでくれねぇか」

 「はぁ?いやいや、それは無理だろ。どうやって探すんだよ。第一、あんたのいる時代と違うんだぜ?」

「まぁ、そうみたいだが、他に宛ががねぇんだ。何とかならねぇか?」

銀二は暫く考えて、

「分かった。でもどうやってあんたの居る時代に行ったらいいんだ?」

 「それはこっちの台詞だぜ。今こうして話せるんだから、何とか成りそうな気もするもんだがな」

 ―うーん、何だか面倒臭くなってきたぞ。人探しは良いとして、時代が違う人間を探すって言ったって、どうすりゃいいんだ?―

 銀二は顎の無精髭を左手で摩りながら、

「此処は一丁頼まれてくれねえか。言い忘れたがおれの連れ合いは『おりん』って言うんだ。まあ、三日くらい居ないなくなって、そりゃ心配だが、もう少し待ってた方が良さそうだな」

「そうだな、俺も急に依頼されても困るし暫く様子をみよう」

 「そうさな、おれも少々気が急いた。あんた、悪かったな」

 「いや、これはこれで面白い。俺は大概暇だから、また話せるだろう」

 「おう、頼んだぜ。井戸を覗いてあのうるさい音がしたらまた見てみるぜ。じゃぁな」

 と、甚之助の姿がパチンコの盤面からすぅっと消えていった。


 ―ふーむ、世の中には不思議なこともあるもんだ。まぁ、特別な依頼も無いし、一丁やってみるか―

 銀二はほくそ笑みながら、当分出もしない

49番台で暫く打ち続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る