第216話  持ち船





親方は船が順調に売れたことに一安心してイングマルに利子をつけて金貨110枚の投資資金を返した。




さらに全従業員にやっと給料の支払いを行った。




親方は意地になっていた。


というのもギャング団の子供らを何とかしようと近所や町の有力者に相談してもトラブルに巻き込まれるのを恐れて無関係を決め込み、造船所の人達に丸投げした。



このところやっと経営が軌道に乗るようになってくると今度は「子供らをタダでこきつかってボロ儲けしている」と言われるようになっていたのだ。




親方は何が何でも賃金を払ってみせると意気込んでいた。



きちんと働けば給金をきちんと支払う。



当たり前の事だが、いかに安く賃金を削るかということばかり考えるのがいい経営者と見られる世間と比べれば親方はずれているかもしれない。



だが理不尽がまかり遠る世の中にあっては親方の「当然だ」と言う行為は宝石のように輝いて見えるものだ。






子供たちにはわずかでも初めての賃金をもらって喜んでいた。



イングマルは元ギャング団の幹部連中や年長者が子供たちを脅かして賃金を巻き上げないか警戒したが幸いその様な心配はなかった。



仕事をしていくうちすでにみんな仲間のようになっていて以前のうように脅かして言うことを聞かせるようなことはなくなっていた。








イングマルは親方に「給金はいらないから古い廃船をくれ」と言った。



修理すれば使えるのだが新造するのとあまり変わらないくらい金がかかるので船主は新船と更新し、そのまま打ち捨てられたままになっていたのだ。




放っておいても朽ち果てるだけなのでべつに構わないと数隻の廃船をもらった。




さっそくイングマルは仕事の合間に修理を始めた。



通常は船台に引き上げるのだが、ドックは新船の建造で一杯なので干潮時に干潟になる遠浅の入り江で側板の取り外しを始めた。




ボルトをすべて外すと満潮時に側板が浮かんで来るので簡単に解体できた。




船の大半は側板が傷むのがほとんどでフレームはなんともないことが多い。


この船もフレームはまったく問題がなかった。




側板は船食虫や腐敗でどうしても寿命が短くなる。




だが定期的に取り替えてメンテナンスすれば船自体は何十年でも使うことが出来た。






イングマルはせっかく解体したのだから以前自分の考えた巾のせまい細長い船に改造しようとフレームも分解し、ほとんど竜骨だけになってしまった。




長さはそのまま20m、巾4.5m程で巾を従来より2mも狭くした。



中央式の舵を持ち、船尾は角ばったもので舷側の曲げ加工をしやすくしている。




フレームの巾が狭いので材料が従来型より少なくてすむ。



仕事の合間合間に毎日少しづつ作業していた。





アンリ、クレインらはみんなとすっかり打ち解けて皆に頼られるいい兄貴となっていたが、イングマルは相変わらずみんなと交わろうとせず一人で黙々と作業している。




それに恐ろしい姿をみんな目撃しているのでとくに小さい子供たちはイングマルを避けていた。



みんな初めての給金をもらって町に買い物に行ったり遊びに行ったりして楽しんでいたが、イングマルはまったく付き合わず自分の船の手直しをし続けた。








町は3つのギャング団がいっぺんに消滅して少し平穏な日々が続いていたが、いわば空白地帯であった。




それも真空の空白地帯と言うべきものだろうか?




ギャング団だった小さい子供たちも給金をもらって買い物をしている。



わずかとは言え子供らがもらった給金は銀貨であり、今までそんな金はもちろん持ったことなどない。



たとえ銀貨と言えどみんなの銀貨を合わせれば金貨数十枚分にはなる。



それらに吸い寄せられるように有象無象が集まってくるのはごく自然なことだった。



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