第201話 セーリング
初め調子よく船をこいで進んでいたが500mほど進むと外海に出て急に波が高くなり波にほんろうされた。
進む処ではなく上下前後左右といまだかつて経験したことのない揺れに襲われ
たちまち操船不能に陥り引き返そうと思った。
引き返そうとしたが陸地に向けて漕いでいるつもりだがどんどん離れていった。
イングマルは懸命に漕いでいるのだが全く無駄であった。
だんだん怖くなってきて「やめときゃよかった!」と早くも後悔し始めた。
「畜生!畜生!」とわめいてオールを漕ぐがだんだん疲れてしまった。
疲れてグッタリしてしばらくボーとしていたが強い風に流されている。
小さなマストとイングマルの身体にうける風だけでこんなに移動するなら帆を張ったらどれだけスピードが出るのだろうと思いマストに帆を挙げてみた。
三角の帆だが少し挙げただけでたちまち風を受けてすごいスピードが出た。
しかも風を受けて進んだほうが船の揺れが上下のみとなり安定して進むことが出来た。
イングマルは面白くなってきて舵を色んな方向に変えて見た。
真横から風を受けても斜め前から風を受けても前に進むことができるのでジグザグに舵を取れば向かい風でも前進できる。
要するに風さえ吹けばどこでも行けることがわかった。
その事がわかるとますますおもしろくなりしばらくセーリングを楽しんでいた。
大分沖にきて陸地が微かに見える程度になると帆をたたんでしばらくたたずんでいた。
波に漂う船はじっとしているように見える。
だが潮の流れでゆっくりと移動している。
陸に近いところの潮の流れとは反対方向に流れていた。
だが陸という基準、比較するものがあって初めて動いているということがわかる。
それがなければ船はじっとしているとしか思えない。
船の側にある泡も船の横で同じ位置で漂っている。
比較する物指しがあって初めて動いていることが認識できるという不思議な感覚をイングマルは体験していた。
この世のあらゆることも同じではないか?
早い遅い、遠い近い、プラスマイナス、正悪、どれも基準となる物指しがあって初めて認識できることではないのか。
もし物指しがなかったら?あるいは物指しが間違っていたら?
そんなとりとめもない考えが頭の中に浮かんでいたが「ハッ」と気がつくとほとんど陸地が見えなくなっていた。
「ヤバい!」そうつぶやいてあわてて帆を挙げて陸地に向けて進んだ。
風を受けて見る見る陸が近づいてきた。
潮の流れが内と外で反対になっていることがわかった。
イングマルは外の潮の流れにのって材木商とは反対方向にどんどん流されていく。
やがてこの潮を横断すると今度は材木商のある河口付近に向かって流されて行った。
朝に出発したイングマルは造船所からすぐのところで波にほんろうされているのが親方からみえた。
しかし帆を張って立て直すと見る見る沖に向かうのが見えた。
親方は造船所を出て材木商に向かいそこから半島の岬の先に行ってイングマルを眺めた。
イングマルからはほとんど見えないほど遠い位置と思っていたが岬の先から見たイングマルはすぐのところでセーリングをしているのが見えた。
「小僧め、船と風のコツをもうつかみやがった!」親方はつぶやくとしばらくイングマルを眺めていた。
やがてこちらに向かってくる。
親方は「おっと、こうしちゃおれん。」というと岬を離れて河口付近に向かった。
午後遅くに河口の右手から帆を張ってイングマルがやって来た。
親方は手を振って出迎えた。
帆をたたんでオールをこいで親方の元にたどり着いた。
イングマルは「行けるよ!」と興奮気味に親方に言った。
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