第118話  新しい対策3







ローズが剣を打ち上げると 「パシンッ!」と響いて見事に剣が折れ、背後の地面に折れた剣が突き刺さった。



みんな「オーッ」と歓声を上げ、拍手した。



ローズは得意満面の笑みだったが、イングマルは「実戦では使わないように。」と忠告した。



「何でよ!」というローズにイングマルは「あくまで練習のため、技の向上のためのスキルとして身につけたもので、実戦で使うものではない。」と言う。



「それよりもこの技の力の入れ方、力を一点に集中させる精度をいつものローズの剣に生かすように。」と言っておいた。



ローズはしぶしぶながら了解した。







ローズたちが派手な技を身につけたがるのは理解できる。



普段の地味な訓練では、自分が強くなっているのか実感がないのだ。





わずかな期間で強力な盗賊や人買い集団を撃退しているので間違いなく強くなっているのだが、当事者には実感が分からないものだ。




手品のネタを知ったのと似たような感覚で、決してすごいと思えない。



始めはすごいと思ったことも、身につくとなんでもないものに思えてくる。




イングマルにとっては戦いも他の事も同じような感覚で、刃物の砥ぎが上手にできた、カゴやバスケットが上手に編めた、炭が上手に焼けた、燻製が上手にできた、人買いや盗賊を撃退できた、それらは同じものだった。



イングマルにとって、戦いは特別なものではなかった。




しかし、ローズにとっては戦闘には特別な思い入れがある。



他の作業とは別のもの、何か次元の違う特別なものだった。



そのため戦う人は、特別でなければならないと思い込んでいた。





あらゆる常識や習慣自分自身を変えたイングマルとその戦いは、ローズにとっては特別なものである。




自分もそうあろうと、あがけばあがくほど壁にあたり進めなくなる。



自分の弱さやふがいなさを思い知らされる。




そもそもイングマルとローズとでは生まれも育ちも違うし、こんな短期間になんでもかんでも究めるのは無理なのだが、ローズはこれまでの不幸を一気に帳消しにするかのようにがむしゃらに訓練をしていた。




「焦るなローズ。地味に一歩づつだよ。」イングマルじいさんの説教が入る。




深刻な顔で眉間にしわを寄せるローズに、イングマルはいつも茶化してくる。




しかしそのおかげで両者のバランスがうまく取れていた。






イングマルにとっては、騎士フランシスの行為は浅はかで邪魔なものだった。



これだから騎士は要領が悪い。



すぐ1対1でやりたがる。




おかげでこちらまで、格闘戦をやる羽目になってしまった。


クロスボウの攻撃と違い、格闘戦はリスクが大きい。


できる限り避けたい戦いである。




相手が重装備なら早駈けで逃げれば逃げれたのに、敵に後ろを見せないとかなんとか言っていつも猪突して死にたがる。




今回手負いの敵を追撃し、集合場所の確認をして生き残りを全滅することも考えられたのに、フランシスが重傷を負ったのでそれも断念し早く手当てをしないといけなくなった。



相手に生き残りが大勢いて逃げてしまったので、こちらのことも詳しく知られてしまった。




相手に対策を講じる時間を与えてしまうことになった。



しかも彼らが持っていた名簿や地図には、こちらのメンバーと故郷の詳細が書かれていた。




イングマル以外は全員正体がばれている。



次はもっと強力な装備や罠を仕掛けてくるのは間違いなかった。




やれやれと言う気分だったが、みんなはなおいっそう気を引き締めて訓練に励むのであった。




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