第39話  エストリアへ



 




 山賊を倒した後イングマルは森の泉で体や服、装備を洗って綺麗にした。






革のベストは血がしみ込んで酸化し真っ黒である。






短剣は血を吸っているのか?単にさびてきているのかわからないが研いでも研いでも青黒いままである。





短剣の定めなのか?運命なのか?鉄の甲冑を何度も刺しているのに刃こぼれひとつしていない。




研いだ時のままである。






狩猟の時などはうまく切れなかったり、骨に当たって刃こぼれしたりしたのに戦闘の時は全く別物のようである。





やはり、剣に意思があるように思えてならなかった。












春が来たとは言えまだ山は寒かった。




火を焚いて服を乾かしすぐねぐらに帰った。




少し疲れて横になった。












再び殺人を犯したことを今度は後悔していなかった。



というよりも全く躊躇しなかった。






怒りに我を忘れたわけではなく冷静に行動し、殺人を行った。



罪の意識もなく自然な行動である。



そのことが少し気になる。








殺人に慣れてきているのではないか?獣の心になっているのか?




あの時どうすればよかったのか?他に手はなかったか?




自問するが答えは出なかった。








そのまま深い眠りに落ちた。






翌朝目が覚めるとイングマルは再び商売で売るためのかごや炭作りを始めた。




戦争のどさくさに紛れる今がチャンスだと思った。






イングマルは隣国エストリアに向けて出発の準備を始めた。






春に芽を出したエンゴサクなどの薬草も収穫した。





何週間もかけて商品を作り再び山のような荷物を馬に積み込んで、前回積みきれなかった商品も自分の背負子に山のように積んで北に向けて出発した。





暖かい春の良い季節となり同じような行商人の姿を見かける。






売りに行く人帰る人。






戦争があったとは言え戦闘らしいものは何もなくお祭り騒ぎだった、というが事実上スロトニア軍の敗北という形となっていた。






やはり、勝った国へ向かう人が多いような感じである。






人通りの多いメインの街道ではなく、田舎道ではあったがエストリアまで続く長い道で近くに森があるので盗賊が出ると噂がある。




行商人のおばさんが教えてくれた。








しかしこの付近の盗賊は実は前回、イングマルが全て始末してしまったのでもう出ることがなかった。




それに今回は片道の旅である。






戻るつもりはないので装備のすべてを持ってきている。






学園に入学する前叔父と商売の旅で1度エストリアに行ったことがある。






大きな隊商で荷馬車が何台も並び、多くの仲間と何日もかけて旅したのを覚えている。




まだほんの数年前のことだが、もうずいぶん前のような気がしていた。





今回の旅も状況が違えば、とても楽しい旅になるのだが今は逃亡の旅。





何日もずっと緊張状態が続いていた。









このまま道を行けば国境のケム川に架かる橋に行けるのだがそこには関所があるので迂回する。





見覚えのある風景が近づいてきた。





以前、公爵領から逃げ出してきた農民の母子を助けたことがある同じルートを行くことにした。





道から外れた荒野を人目につきにくい夜中に移動する。






日中は岩陰に隠れて休み、以前は徒歩だったので近道できたが今回は大荷物を持っているので少し遠回りになる。








やがて国境のケム川が見えて来た。





しかし前回と違い雪解け水で水位が高く、流れも早そうだ。




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