第30話  戸惑い







逆さずりの相手は「誓約する」と頷いた。




イングマルは罠の紐を切り離すとランツ伯の横たわる場所へ案内した。




担架をつくるとランツ伯をのせ、2人で担いで山ふもとまで運んだ。







途中怪我をした3人と合流し、3人は剣を抜いてイングマルを取り囲んだが担架を担いでいるもう1人の男が「よせ、我らは引き上げる」とだけ言って剣をしまわせた。



3人が互いに顔を見合わせ剣をしまうとランツ伯を馬に乗せた。




イングマルはこれまでの戦いで捕獲した数十頭の馬を彼らに渡して、持ち主に返すように託した。





彼らは託された馬も連れて立ち去った。





イングマルは彼らが立ち去るのをいつまでも見送った。






彼らが見えなくなると谷に戻り次の襲撃に備え再び仕掛けを何日もかけて整備して回った。










ランツ伯が重傷で戻ってきた事は公爵や関係者には大変な衝撃だった。



公爵の最後の唯一の頼みの者がひどい敗北をしてしかもイングマルに命を助けられたとの報告はなお衝撃だった。




ランツ伯の部下たちもイングマルの態度が誰よりも立派な騎士だったことがショックだったようだ。




自分たちのこれまでの汚れ仕事ばかりの日々を比べれば、自分のしてきた愚かさを思い知らされた。




どんな相手にもひるまずたった1人で戦い続け、そんな彼に完膚無きまでに敗北したことがすがすがしく畏敬の念を感ぜざるを得なくなっていた。





彼の姿こそが本当の騎士、戦う人ではないのか。






自分たちはなんなんだ?女子供をいたぶることが騎士の姿と言えるのか。






イングマルと対戦したものは皆「もう彼を追いたくない、追討したくない」と言い出した。






公爵は憤慨していた。



初めに金貨1000枚と言っていたが追っ手に参加しイングマルにやられたもののうち、馬や武器を失ったものの損害は大きかった。




合計すればとっくに金貨1000枚以上の損害が出ており、全く割に合わないことがわかると追討の参加者が減っていった。





しかも山賊にやられたと当初言っていたので「その損害は自分持ちだ」と公爵に言われた。




「イングマル討伐に参加しているうえでの損害だから公爵が補償しろ」と意見が分かれ金銭トラブルとなった。




結局公爵は損害の支払いを拒否したのでここでも公爵の評判は悪くなり、参加者たちはさらに減ってしまった。




頼みの綱のランツ伯は重症を負い、公爵にもう打つ手がなかった。







 しかし殺された他の者、フェルト子爵とオーバリー男爵だけは別だった。



イングマルへの復讐を誓っていた。





公爵に任せていたが数十人がやられ腕利きと評判のランツ伯爵も返り討ちにあった事は両人とも動揺した。





フェルト子爵もオーバリー男爵も財力はなく、討手を雇う金もない。





息子の学園への入学も公爵のコネでできたものだ。




見えだけで生きてきた両人は国王より権勢がある言われ、将来国王ともささやかれていた公爵に取り入り家の出世の足がかりにと期待していた息が。....




息子だけが希望だったのに!







イングマルに対する憎悪は人一倍強かった。


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