第16話 公爵家の事情
仕事が始まると、一日があっという間に過ぎて行く。
イングマルは手伝えることは何でもするけれど、商売のことは今のところよくわからなかった。
納屋の屋根や扉、壊れた柵、家の窓や調子の悪いところを直したりしていた。
イングマルは夕方になるともう一度馬と犬を連れて、朝に来た川に再び釣りにやってきた。
夢中になっていると魚がよく釣れた。
背後の林の中からこちらを観察する視線を先ほどから感じていた。
殺気や敵意のようなものが感じられないが、じっとこちらを観察しているようである。
しかも1つや2つでは無い。
イングマルは気づかないふりをしながら、魚が釣れるたびにはしゃいでいた。
やがて魚籠いっぱいになると片付け帰り支度をし、ゆっくり歩きながら家に帰った。
その観察者はずっとこちらを観察してついて来ていた。
叔父の家についてもこちらをうかがっているようである。
イングマルは馬を納屋にしまい魚を井戸の前でさばきながら濃い塩水を作りハーブと魚をそこへつけておいた。
そうしているうちにいつの間にか観察者の視線は消えていた。
少し不安になったが敵意らしいものは感じられなかったのでそのままにしておいた。
すぐ夕食になり、その後叔父と2人で話をすることができた。
まず借りていた革のベストを返そうとしたが「おまえにやるから持っていろ」と言われた。
イングマルは遠慮せずに礼を言うと、大会中に起こった出来事を話し始めた。
フランクのことや先ほどの観察者のことなど、学園長の言葉などありのままを隠さずに話した。
叔父は黙って時々うなずきながら聞いていた。
やがてすべて了解したといい「こちらのことは気にせず、お前は自分のことだけ考えておればいい。」と言った。
暖炉の上には剣士の杖がケースに入れられて飾られていた。
イングマルは剣士の杖を叔父の家にそのまま置くことにしている。
しばらくして叔父は「お前にも知っておいた方が良いだろう。」と昨今の公爵の領地内で起こっている問題についてイングマルに話し始めた。
先年、国境の川で起こった大水害で国境線を一方的に変更し、領土を広げた公爵であったが国境紛争に発展しかけた。
追放した住人を帰還させることでとりあえず事態収拾を図ったが、帰還した村人にとっては災難だった。
広がった領地は川の氾濫でそれまでの表土がすべて剥ぎ取られ、元の川は一抱え以上もあるような大きな岩で埋め尽くされ、新しい川までの広大な面積が広い河原のような状況であった。
いかに広い土地が手に入ったとは言えとても農業などできる状態ではなく、あまりに大きな岩がゴロゴロしているため牧草地すら難しい状態であった。
公爵はそれらの岩を全て取り除き、取り除いたうえに山の土を運んで農地にしようという事業を始めた。
それらの労働力を帰還した住民で行うことにした。
ろくな道具も与えられずあまりに過酷な作業の連続で多くの住人が逃亡をはじめ、追放された元の隣国へ逃れてゆく者が続出した。
たびたび隣国から是正勧告がこの国の国王に出され、国王も公爵の乱暴なやり方を懸念してはいたが公爵に初めに一任してしまっているのでいまさら強くは言えない。
公爵家と国王は親戚関係にあるため、あまり表立って強く言えないと言う状態であった。
これらの1連の騒動が周辺各国に広がり公爵家の立場、評判は非常に悪いものであった。
公爵家としてもいちど強く国境変更までしたからにはメンツもあり、なんとしてもこの事業を完成させようとムキになり住民に過酷な労働を敷いた。
さらに資金を得るため領地内すべての住民に重い税をかけたため、領民からも不満が出ていた。
公爵は現在孤立しつつある状態であった。
首都の内部ではあちこちに公爵のふるまいを非難する落書きや張り紙が出て、近隣国だけでなくこの国の内側からも公爵家の振る舞いを良く思わないものが増えていった。
そのような状況にあった中で今回マクシミリアン学園で公爵の子息が剣で平民に敗北したことは恥の上塗りのようなもので、とても耐え難い屈辱であった。
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