第8話  フランクの受難





 

イングマルたちの試合を見ていた人たちは、まだざわめいていた。




 ラルフは担架で運ばれて行く。




レフリーは「そこまで!」と合図を出して、イングマルは一礼し試合は終わった。










 ロベルトが近づいてイングマルの背中を叩きながら「大丈夫か?」と聞いてきた。




しばらく運ばれて行くラルフたちを見ていたが、ロベルトに言われて我に帰った。




 木陰に腰掛けると、ロベルトにもらった水をひとくち飲んだ。





 ふーっと吐息をはくと何とも言えない、喪失感のようなものを感じていた。




 勝つためといえ明らかな反則行為、何よりラルフの殺意を全身で感じた。




 イングマルはこれほどの殺意を向けられたのは始めてであり、とても恐ろしく悲しいものだった。




 やりきれない想いを感じながらも、試合はまだ続くのだと認識を新たにした。








 イングマルは先の試合で怪我をしたフランクが気になり、見舞いに行こうとロベルトと一緒に医務所に向かった。



 平民と貴族で別の場所だった。




 行くと医務所には誰もいない。




 一回戦からかなりの怪我人が来ているはずなのに、がらんとして使われた形跡もない。




 おかしいと思い、辺りを見回すがみつからない。




 しばらく探していると、林に続く小道に血溜まりを見つけた。








 イングマルの体を嫌な予感が走り抜けた。








 小道に続く林の中を探していると人が倒れていた。



 近寄ってみるとフランクである。



 顔面が潰され、額が割れ、全身アザだらけで体が2倍ほどに腫れて膨らんでいた。




 試合後にリンチされたのだ。




 文字通りの虫の息だったが、イングマルが抱き起こし「誰にやられた?」と聞いた。




 かろうじて、フィリップ、マティアスの名前を聞き取れた。



 他の数名の名前は聞き取れなかった。








 ロベルトはすぐに医務所に運ぼうと言ったが、フランクはイングマルの腕をつかんで「医務所でやられた。」と話した。




 イングマルはロベルトに「客席から誰か知り合いを探して、馬車をよこすようにしてくれ。」と頼んだ。




「目立たないように。」と釘をさす。





 イングマルは出血しているところを布で押さえる。



その間、声をかけ続けた。




 すぐにロベルトが数人を連れて走ってきた。




 フランクの父親と、彼の工房の仲間である。






 彼らは膝をついてフランクを抱きかかえ、名前を呼び続けた。



 フランクはやっとわかったのか、少し微笑んだように見えた。




 安心したのか、険しかった顔が子供のような無邪気な顔になりやがて気を失った。





 イングマルは彼らに事情を話すと、やがて馬車が来て工房の人たちにフランクがのせられ、布を被せて外から見えないようにしてゆっくり学園から出ていった。





 ロベルトとイングマルも付いていこうとしたが彼らに止められた。



フランクの父親は「後はわしらにまかせろ。お前たちも油断するな。」と言った。






 イングマルとロベルトは去って行く馬車を見送りながら、今まで感じたことのない感情が内から沸き起こってくるのを感じた。




 全身の血液が沸騰するような、いや昔これに似た感情を知ったことがある。




 祖父が貴族に罵倒されているのを見たとき感じたものと同じような、その感情を数千倍に濃縮したような、そんな怒りの感情だった。





 足のさきから髪の毛まで全身すべてが怒りに被われて、他のことが何も考えられなくなっていたがロベルトに「イングマル!」と呼ばれ、両手をつかまれ揺さぶられるとイングマルは我に帰った。





 ロベルトは「落ち着け!」とイングマルの体を揺さぶり続けた。




 イングマルはやっと回りの景色が見えてきて「ああ、ああ。」と揺さぶられるたびにうなずいた。



 ロベルトはふーっとため息をついて、やっとイングマルの体を放した。








 「髪の毛の逆立ってるのって、初めて見たよ。」




 ロベルトは少しあきれたように言った。








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