第4話 剣術試合
体を動かし、革ベストの動きを確かめてみた。
イングマルは他の生徒と比べてそれほど大きくない。
姿勢が少し猫背だったので、体が小さく見える。
黒い革のベストで、あまり見た目は良くなかった。
ロベルトもそれを見て複雑な表情だった。
剣士の称号は大変な名誉である。
貴族にとっても剣士の称号を得るには盗賊や山賊を打ち払うなどの手柄を立てなければ、それらの称号を得ることができなかった。
まして、平民にとっては貴族の称号を得るものと同じくらいの価値がある。
「君、本当にその格好で出場するのかい? それじゃまるで山賊と試合するようだよ。」
そう言うとロベルトは困った顔をしている。
イングマルは気にすることなく、相変わらず体を動かしながら着心地を確かめていた。
やがて数人の生徒がやってきた。
公爵の息子と、その取り巻きの男爵と子爵の息子である。
「こんなところに山賊がいる。今のうちに退治しておくか。」
と、子爵と男爵の息子。
ロベルトとイングマルは顔を見合わせて「嫌な奴が来た」と思った。
「お前たちのような下賤のものが試合に出場するなどありえん話だ。お前ら平民は試合の出場を辞退しろ!」と言ってきた。
どうやら誰彼構わず、そのように言って回っているらしい。
これまでならばそのようなことを言わなくても整然と身分下位の者は出場を辞退したが、一度火が付いた学園の雰囲気にそうも言ってられなくなったようだ。
このようにして露骨に出場を辞退するよう、圧力をかけて回っているのである。
「あいにくだが、そのような事には従えないね。」とロベルトが口を開く。
「なんだその態度は!」と子爵がくってかかる。
「そもそも、貴様らのような下賤のものがわれわれに口を聞くことなどできないはずだぞ!控えろ!」と息巻いた。
イングマルは「身分にかかわりあいなく出場することができるのは、学園長の意向でもある。そのようなことに従う必要は無い。」と事務的に答えた。
後ろで黙っていた公爵の息子が、それを聞いて口を開いた。
「これは、お前たちのために言っているのだぞ。」
「実力で試合になれば、剣の修練をつんでいる我々貴族に貴様たちのような平民が叶うわけがない。
そうすると死んだり、大怪我したりするかもしれないのだ。
そうならない前に、出場辞退しろと言っている。」と険しい顔で答えた。
「心遣いには感謝してます。無用のことです。」イングマルはまた事務的に答えた。
子爵と男爵の息子は何か言おうとしたが、公爵の息子がそれを止めた。
これ以上の話は無用だ、と言わんばかりにそのまま向こうへ行ってしまう。
子爵と男爵の息子は捨て台詞のように「せいぜい気をつけることだな。」といった。
ロベルトは、連中の姿が見えなくなるまで見送った後、
「ちぇ、なんだ偉そうに」といった。
彼らが言ったことは決してでたらめなことではなく、手加減無用となれば当然彼らは死に物狂いで戦うことは間違いない。
平民は貴族を恐れてはいるが、心の中では憎んでいた。
貴族にとっても、いやしい身分でありながら自分たちと同じ学校にいる平民を快く思っていなかった。
互いの不満がぶつかりあって、本当に大変な事態になることは簡単に予想できる。
数日後。
平民の者達全員何らかの圧力を受けたらしく、皆困ったような顔をしていた。
試合がだんだん近づくにつれ実際に辞退する平民の者たちが、1人2人と増えていった。
体が大きく力の強そうな者達ばかりが狙われ、顔にアザを作っている者もいた。
どうやら、実際暴力を受けたようである。
イングマルは、どうひいき目に見ても猫背でとても強そうには見えない。
だから放っておいても問題ない、と思われたのだろう。
実際、稽古しているところを見たものはほとんどいなかった。
イングマルとロベルトは同じ寮の部屋にいるために、あの日以来圧力や暴力を振るわれた事はなかったが、他の寮生のなかにはひどい暴力を受けて怪我をした者もいる。
しかしどうしても試合に出たい者たちは、暴力を受けないようになるべく1人でいる時間をなくするようにして、寮生達と数人でいつも行動するようにしていた。
そのような日々が続き、貴族や平民の殺気にも似た雰囲気が充満する中、いよいよ剣術大会の日が来た。
楽隊のけたたましい音楽と共に、学園長が剣術試合の開催を宣言した。
試合は一対一で行われ、相手が降伏するほか、戦闘不能になるまで試合は続く。
対戦相手はくじ引きで決まっているようで、名前が呼ばれたら会場内のサークルの中に入って試合を行う。
数が多いはじめのうちは流れ作業のように試合が進んでいき、客もあまりいなかった。
ほとんどは、学園の関係者ばかりである。
早速イングマルが呼ばれ、サークル内に入った。
相手はヨーデルノイマンという男爵の息子である。
体の大きな金髪の少年である。
背丈ほどある大きな木剣で、スチール製の胸当て、手甲、脛当を着ていた。
イングマルは焦げ茶色の革ベストに、汚い作業服のような服装でいた。
「はじめ!」の合図と共に、ノイマンはすごい勢いで上段に構えた剣を打ち込んできた。
上段から振り下ろし素早く右に払う、十文字に払った。
が、イングマルは素早く左側によけていた。
その後も上段から右側左側、とにかく大振りの剣を振り回してきた。
イングマルはかわすばっかりで、1度も打ち込みはしなかった。
ノイマンは「いぇーや!」という怒号とともに上段から振り下ろした瞬間、イングマルも左側に身を縮め、かわすと同時にすばやく伸び上がり相手の顎に木剣を叩き込んだ。
相手はひっくり返り、そのまま気絶してしまった。
「それまで!」という合図で、あっという間に試合は終わった。
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