第20話 きよし、“最高”に出会う
「百聞は一見に如かずよっ!」
ルアーナが唐突にこう言い出したのを思い出す。
「もうこの街に入ってるパーティもいるはず、YOU達の目で確かめてくるのよ」
そして満足に作戦会議をする間もなく俺とパンパンとエーリカの三人は夜の街に放り出されたのだった。せっかく三人いるのに、固まって調査しても効率が悪いのでパンパンとエーリカの二人と俺一人に分かれている。
「ちっ、なんで俺が一人なんだよ。エーリカたんと回りたかったのに」
夜の街はギルドバトルの賑わいもあって相当の盛り上がりを見せている。派手な緑や黄色、ピンク色の魔法具で装飾された店先は、さながらネオン輝く風俗街だ。とくに酒場や娼館が立ち並ぶ通りは、俺がもといた世界の繁華街と似たような雰囲気に感じる。
たまに怖いお兄ちゃんが喧嘩してたり、派手なお姉ちゃんがおっさんと腕組んで歩いてるのもおんなじだ。
俺は悪い意味でこの街では顔が割れてるので、あんまり人の多い通りは避けるようにして人々を観察する。だいたい一時間くらい歩き回ったけど、それっぽいのは一組だけだった。
そいつらは黒と真紅の特攻服みたいなのを着ている四人組で、背中に大きな文字で紅蓮抜刀隊って刺繍がしてあった。で、どいつも腰にぶっとい太刀をぶら下げていて、物騒なことこの上ない。もはや隠す気がなさそうだったし、見た目通りにめちゃめちゃ強そうな奴らだった。リーゼントが怖すぎて声かけるとか絶対できない。
「俺らが当たるシードの相手がああいう物騒な奴らだったらやべえよなあ」
はぁーー、と大きなため息をつく。しかも試合でしばかれるだけでなく、もしも負けようものならイユと結婚しなきゃいけないのだ。きっと、彼女に管理されたら毎日修行させられ、えっちなことをする余裕すら無くなるくらい絞りとられるだろう。
俺のチーレム生活がぁ……。厳しすぎる現実に弱気になってくる。もう、イユみたいな美人の奥さんが貰えるなら家畜として生きるのも悪くないような気すらしてくる。はぁ、もう諦めて家畜になろうかな。
「ハッ、ダメだダメだ」
俺の脳裏にエーリカたんの可憐な笑顔が思い浮かぶ。俺のフォースが家畜面に堕ちそうになっていたことに気がつく。真の
それでもこれから当たる恐ろしい奴らのことを考えると、また家畜面に気分が沈んでいく。てか、イユがもうちょっと優しかったら妥協できるものを。
「クソが」
俺は足元の小石を蹴飛ばす、だいたいこんなことになっているのは全て爺のせいなのだ。前の世界では悠々自適に過ごしてたのに、ふざけた便器に吸引されて殺されたせいだ。
「おい、その石ころ蹴ったの兄ちゃんかァ?」
しかも、しょうもない能力で俺のことを転生させやがって。懺悔の気持ちがあるなら、こんな状況を選ぶ能力にすんなよくそが。おまけに俺の周りにはとんでない奴ばかり集まってきやがる。誰が異世界に来て強制的に肛門鍛えさせられると思うんだよ、ほんとふざけんなし。
「オオイ、兄ちゃん聞いてんのかァ?」
なんか声がするから正面を見上げてみる。真っ黒に肌を焼いたグラサン短髪のお兄様が俺の顔を覗き込んでいる。側頭部の血管が浮き出てて相当お怒りのようだ。真夏のビーチみたいな短パン、見事に割れた腹筋が覗くアロハシャツ、首には金色のネックレスをつけている。剃り込みまで入った髪型で相当気合入ってる。
「オオイッ!」
めっちゃイキってるやん!顔近いよ!
やべえよやべえよ。
おおおおおおおお!しかもさ、完全に薬やってる友だちがいる見た目してるよこいつ!
てか、なんで街の繁華街で半分上裸なんだよ! 外気温十度代だしそんなんじゃ寒くて絶対乳首立つだろ!
「ひぃ、すいませんでしたっ!」
俺は考える間もなく汚い路地に額をこすりつけた。秘技ジャンピング土下座。友達が買った雑誌の袋とじを勝手に開けた時もこれで許された。
そう、これが俺の考えうる最上級の謝意の表明であるのだ。
………………
…………
……。
「いっひっひ! ブラザー、お前なかなかファニーガイだぜ。」
「このままぁ、だぁとぉ! 俺はぁ、家畜になるううううんですうう!」
グラスの中のウイスキーを一気にあおる。これでもう何杯目か分からない。少し薄暗い橙色の照明のバーのカウンター、そこにグラスを叩きつけると俺は突っ伏す。もう視界は歪んでいし少し立っただけでもよろめく。
「ブラザー、お前のファッキンマグナムでそんな女屈服させりゃいいだろうがYO!」
「だめですぅぅ。多分その前にミイラにされますぅぅ!」
俺は無礼を働いたグラサン兄貴といつの間にか飲んでいた。もう記憶も曖昧になっていてどういう経緯でこうなったのかも分からない。兄貴はどんどん酒を注いでくれる。
「ヘイ、キッド。おめえの中のモンスターはそんなもんじゃねえ。今日は死ぬほど飲んで素直になれや。」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!」
ギリギリまで満たされたグラスを渡され、ゴクリゴクリと二口くらい飲み込む。
「ところで兄貴ィ、兄貴の名前は何て言うんですかぁ?」
「俺様の名を聞きたいのか? いいぜブラザー、俺はマックス。“最高”と書いてマックス! どうだ、ファッキンゴッドな名前だぁろう?」
「はぁい、ファッキン最高な名前っすねえ」
マックス兄貴は異様に白い歯でニヤリと笑い、サムズアップしてくる。肌が黒いので白い歯が眩しいくらいに見える。
「ブラザー、お前は何ていう名前なんだ?」
「俺はぁ。御手洗清っす。意味はトイレが綺麗って意味でーーっすw」
「オーーーーマイガッ! 子供にそんな名前つけるなんて、お前のマザーはファッキンクレイジーだぜ」
「でも覚えやすいでしょお?」
「YEAH! 俺様のブレインにしっかりメモライズされたぜ、ブラザー」
ハッハッハとマックス兄貴は笑う。久々に普通の人間族男性と話した気がする。それだけで俺は何か涙が出てきそうになる。酔っ払ってるせいもあるだろうけど。
「マックス兄貴はぁ、この街に住んでるんですかぁ? それともお祭り騒ぎでこの街に?」
「良いクエスチョンだ、ブラザー。俺様は、ここからファッキン離れたシーガルから来たんだぜぇ?」
エーリカたんが言ってたことを思い出す。シーガルって確か海洋都市だっけ。
「シーガルって海の街でしたっけ?」
「SOOOOOOOOOOOOOOOOO! シーガルの波はいいぜぇ。俺様は、世界中のビッグウェーブに乗る、シィィィィィィライダーーーー」
兄貴は立ち上がって絶叫する。バーの他の客の視線がマックス兄貴に集まる。シーライダー?波? どこかで聞いたことがあるような気がするが朦朧として思い出せない。
「俺様は、世界中の波に乗らねえと気がすまねえ。今回のビッグウェーブは、SO! ギルドバトル! 俺様はこいつに参加するんだぜぇ」
そうかー、ギルドバトルに参加するのかー。そうかさすが兄貴だぜ!そうかー。
「そして俺様の一回戦の相手は、ファッキンふざけたチームらしいぜぇ。なんでも、アナルパンダマザーファッカーズだとかYO。」
アナルパンダマザーファッカーズかぁ。変わった名前だなあ。ふざけたやつが名前つけたんだろうなあ。でもなんか聞いたことあるなあ。アナルパンダマザーファッカーズかー。
ん……? アナルパンダ?
急速に俺の酔いが醒めていく、そしてまじまじとマックス兄貴の顔を見つめる。出会ったときと変わらず、レゲェ、砂浜、ビッグウェーブっぽい顔をしている。金に輝くアクセサリーは最高に下品だけど良い意味で似合ってる。
「どうしたキヨシ? 俺様の顔に惚れたか? 申し訳ないがお前がアナルファック好きでも俺様はノーサンキューだぜ?」
シーライダー、波、一回戦、アナルパンダ、ギルドバトル俺の頭の中で一つ一つのピースが埋まっていく。間違いない、マックス兄貴が俺たちの一回戦の相手、シーライダーwaveだ!
俺は思考する。兄貴に俺の正体はバレてるのだろうか? おそらくそれはない。もしそうなら俺にこんな話は普通しないだろう。それでは、このまま会話を続けて兄貴の能力を聞き出すのが最善手なのだろうか? いや、下手に勘ぐると怪しまれるかもしれない。
マックスは不思議そうに俺を眺めている。こいつなんだかんだ良い人っぽいんだよなあ、俺の愚痴も親身に聞いてくれたし。なれば俺が取るべき行動はこれ一つしか無い……。
おおおおおおッ、
両足に力を込め俺は天へ飛翔する。そして華麗に一回転して大地に収束する。
「マックス兄貴ッ! 兄貴の懐の深さを見込んでお願いがありますッ!」
本日二回目のジャンピング土下座である。この際、自尊心などもはやどうでもいい。
「オイオイオイオイ、ブラザー。これじゃあ俺様が悪者みたいじゃァないか。」
突然の土下座に兄貴も困ったように頭をかく。
「ギルドバトル、一回戦の勝ちを譲って欲しいんですッ!」
………………
…………
……。
「なるほど、俺様アンダースタンド。キヨシは俺様に勝たないと永久に家畜として過ごさないといけないわけだ。オーケーオーケー」
俺は今までの経緯を洗いざらいマックス兄貴に話した。肝心の能力とかの情報は伏せているが、断られる可能性もあるのに対戦相手にここまでやっていいのか疑問である。
「俺は絶対に勝たないといけないんです。こんな恥さらしなことしてまでも」
「SOだなあ。だが俺様もこのビッグウェーブのために、おニューのボードまで新調したんだ。大体、んなことシなくてもYO、お前らが俺様に勝つかもしれないだろぉ? だって俺様ダチに断られて一人パーティだぜぇ? ブラザーだって腐ってもこの都市代表だ。」
それは確かにその通りだ。だがリスクは極限まで下げておきたい。交渉で済まされるならそれが一番確実で安全だ。
「見た感じで分かります。兄貴はかなり強え、それに万が一にでも負けてはならないのです」
「俺様だって、本気で波にノリてぇしYO。」
そう言って兄貴は頬杖を突き、じっくりと考える様子を見せる。
やっぱりダメか、そう思いつつ俺はごくりと息を呑み、兄貴の次の言葉を待つ。
「……要するに俺様が
ぶつぶつと呟く兄貴は突然何か閃いたように拳を握り、もう片方の手のひらに叩きつけた。兄貴は異様に白い歯を輝かせ、急にでかい声を出す。
「オオオオオオマイガッ! ファッキンゴッドなアイデア、
兄貴は俺の耳の穴に指を突っ込むとすごい勢いで回転させる。
「おおお、さすが兄貴! 期待してましたぜっ!」
すげえ痛いけど我慢してここは乗っておく。
「大会まであとファイブデイズ! 俺様がキヨシを、俺様以上のスーパーストロングマンにトレーニングしてやんよ!」
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