第19話 きよし、策に溺れる
ならば即断即決、
「「お前は弱いッッ!」」
俺はいきなり席から立ち上がって叫んだ。勝手にうっとりと目を細めていたイユも驚いて、青い瞳が零れ落ちそうなくらい目を見開いている。
「はい?」
俺の突然の奇行に思考がついていっていないのだろう。首をかしげて聞き返してくる。ホモも意外そうな顔でびっくりしてる。これで良い。ならばもう一度言ってやろう。
「「お前は弱いッッッッ!!」」
さっきよりもさらに語気を強めて一喝する。もはや奇声レベルで声を張り上げる。実際にイユは俺より強いけど、この際どうでもいい。そういうことにするのだ。
「清さん、それはどういう意味でしょうか」
ヒイイイイ! 口調は丁寧だけど、目が確実に笑ってない。これはイユさんブチギレですよ。俺は心の内側、その恐怖をできるだけ表情に出さないようにして、なるべく威厳のある声を出す。
「イユよ。お前は我が嫁にするにはあまりにも弱すぎるのだ」
「私、今の清さんには負ける気がしませんけど。何ならここでもう一度お手合わせしても良いのですよ」
イユは髪の毛を逆立たせ闘志を剥き出しにする。歯を食いしばる口元からは真っ白だけど鋭い犬歯が覗く。てか、こいつ俺の能力のこと知ってんの? ホモの方をちらりと見るとわざとらしく口笛吹いている。あああああああ! 余計なことを!
俺としても今ここで戦っても勝ち目がないから、手合わせはどうしても遠慮したい。戦わずして勝つ、それが一番なのだ。
「ギルフォード家の者は、他人の家で暴れまわるほど余裕がないのですかなァ?」
ホッホッホ、と昔テレビで見た悪そうな貴族を真似して言ってみる。ついでに邪悪そうな笑みも浮かべる。
「くっ……!」
で、出たーwww 女騎士でナチュラルに“くっ……!”言い奴ーwww。暴力に訴えるのは思いとどまったようで、彼女は中腰になっていた体を椅子に戻す。
「私としても、ギルフォード家の一員となるのは至極光栄なことと存じ上げております。しかし、どうして勝者の私が、私に負けたあなたの言うとおりにする道理がありましょうか?」
悪役貴族路線を続ける。これ結構楽しいな。このノリで村娘のお尻を触りたい。
「でも私は、私の初めての相手と寄り添いたいんです」
イユは目を伏せて少しだけしおらしい様子で言った。
コラコラ! 心が揺らいでしまうではないか。 急に清純美少女路線で攻めるのをやめなさい! てかさ。まるで既成事実ができているような表現するのはいかんでしょ。
「私としても、あなたがギルフォード家の名に相応しいくらい強かったら喜んで婚姻関係を結ぶのですが。ゴミ階級冒険者に負けてしまうクソ雑魚ナメクジではどうにも……」
自分がゴミ階級なのは棚におき、わざとらしく、はぁーー、と大きなため息をつく。チラリをイユを見る。
ひいいいいい!
全身が震え上がる。まるで般若の形相だ。歯を食いしばりすぎて歯ぎしりの音が聞こえてくる。やっぱりさっきのは演技じゃん!
「じゃあ……」
般若、阿修羅、金剛力士像、もう例えは何でもいいけど鬼神の権化みたいになってるイユは、ゆっくりと口を開く。
「私が清さんを別の機会で正式に勝利すれば、ギルフォード家に来てくれるのですね」
キタキタキタキターーーーーっ!
俺は内心ほくそ笑む。その言葉を待っていたのだ。今度の勝負で決める。それで万事おっけーなのだ。
「俺が本気を出せる時にな。それで勝ったら認めるよ」
「いいでしょう」
っしゃああああああああ! それに加えて“俺が本気を出せる時”という条件付きッ!
なんで喜んでるかって?
俺はもとから勝負なんて受ける気サラサラないのだ。事あるごとに糞みたいな理由で試合を断るッ。
卑怯者と言われようが俺は断り続ける!
あー、今日は風邪っぽいから本気じゃないしなあ、ちんちんがイライラして集中できないからとか、いくらでも思いつくぜ。
せこい? こすい? 嫌らしい? 上等上等! これこそが俺、ゴミ階級冒険者 御手洗清の生き様!
だって名実ともにゴミなんだもーーんwwww
もうこの街でこれ以上評判悪くなりようがないもーーんwww
さらにムラムラするから本気出せないとか言ったら、脳筋イユちゃんのことだからワンチャンえっちなご奉仕してくれるかもしれない! そこまで計画に織り込み済みなのである! ふひひっ!
はぁ、俺っちてば天才。これで異世界エチエチチーレム物語も一歩近づいた。
あー、この世界で偉くなったらおちんちんランド作ろっかなぁ! ニチャァ!
「幸運なことに、神も私達に再戦の場を与えてくれているのですから」
「は?」
まるで戦うことが前提だったみたいにイユは勝手に納得していた。え? 再戦の場?
「ギルドバトル本戦、互いに勝ち上がり一対一で決めましょう。もしどちらかが勝ち上がらなかった場合、それは負けということで」
「まっ、そうなるわね。トーナメントも近い山だし、現実的だわ」
俺は完全に置いていかれてる。ホモも勝手に納得してる。トーナメント? なんのことですか?
「それで決まりですね」
「そう言えば清はまだ知らないのかしら。さっそく昨日、本戦のトーナメント組み合わせが発表されて偉く酒場も盛り上がったのよ」
アキト。とルアーナが呟くと執事が大きな紙を持って現れる。
そしてそれをコロコロと机の上に広げると、本戦のトーナメント表であった。
「オーマイガ……」
俺は思わず言葉を失う。しかもちょっと勝ったら当たりそうな距離だ。てか途中で負けることも出来ない。
ううううううううあああああああああっ! 完全に策に溺れたっ!
しかも俺たちシード下じゃん! イユと戦う前に第四シードを倒さなきゃいけないというおまけ付きじゃん!
「ふふ、自分から勝負を匂わせた割に、顔色が悪いみたいですよ」
机に身を乗り出したイユが、艶めかしい笑みを浮かべて俺の首筋を撫でる。冷たい感触にゾクゾクゾクと背筋が震える。そして俺の耳元に湿った唇を近づけ、呟いた。
「絶対に私の
イヤアアアアアアアアアアアアア!
助けて! パンパン! エーリカたん! お願いだから助けてクレメンス!
俺の悲しい心の叫びは誰にも届かないのだった。
◇
「エーリカたぁん!俺、家畜にされちゃうよぉ!」
「きよしがえっちぃ勝ち方なんかするから、自業自得だろー」
エーリカたんは、大きなモンブランにフォークを差し込んで、あむりとそれを口に運ぶ。屋敷の開けた庭にあるテラス、そこで俺と彼女とパンパンの三人でケーキを食べていた。
本当は二人でお店に行くはずだったんだけど、イユのせいで店に行った時にはすでに満員だった。だから、仕方なく持ち帰って食べることにしたのだ。ついでだから、下見をしてくれたパンパンの分も買ってきた。
「あれは不可抗力だって」
「でも、えっちぃと思ったでしょ」
「……まぁね」
「ほら。自分のせいじゃん」
俺もモンブランを食べる。絶妙にクリーミーで濃厚だ。これならお茶する人でいっぱいになるのも分かる気がする。パンパンも美味しそうにもぐもぐと舌鼓を撃っている。草食動物ってケーキ食えるんだっけ?
「にしてもパンパンさんよ。組み合わせ決まったの知ってたなら早く教えてくれよ!」
「今日言おうと思ってたクマ。別に焦ることでもないし」
ウッドテーブルの上に広げられた例の対戦表を恨めしそうに俺は見下ろす。くそ、これさえ知ってればあんな約束しなかったのに!
「こいつのことを知ってたら策にハマることもなかったのに!」
「卑怯者の末路クマ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
たしかに卑怯戦術を企てたのは間違いないけどよ。そうせざるを得ない程クレイジーな要求をしてきたのはイユの方だ。俺はそこまで追い詰められた被害者なのである!
「それよりエーリ、この対戦表に書いてあるほにゃらら都市? とか言うのは何クマ? おいらも清も異世界人だから分からないクマ」
「あ、それ俺も気になってたやつだ」
トーナメント表は色分けされて書かれている。俺たちは多分ビッグ・シティ所属なんだろうが。
「んー、だいたいこの国には大きな都市が五つと離れ島が一つあるんだけど、そこから一定数の代表が選ばれてるんじゃないかなー」
もぐもぐと柔らかそうなほっぺたを動かしながら喋るエーリカたん。ぷにぷにしたい。
「この国はトト王国って言うクマね? たしか」
「そーそー。あたしも田舎者だから詳しくないけど。地図があると説明しやすいんだけどなー」
彼女がそう言うや否や、後ろの薔薇の茂みから執事マキトが現れる。そして、「どうぞこちらを……」と、一枚の羊皮紙と言葉だけ残して消えた。こいつら四六時中、俺達のことを見張ってるんだろうか。
俺は受け取ったそれをテーブルに広げると、どうやらこの国の地図のようだった。
「おー、これこれー!」
そう言ってエーリカたんは地図の右下のあたりを指差す。
「ここが今あたしたちがいる、ビッグ・シティね」
「結構大きい街だと思ってたけど、地方都市なんだな」
「たしか王都の次に大きいはず? あたしの村もこの近くね」
「この真中の大きいのが王都クマ?」
パンパンが城壁に囲まれたみたいな絵で示された街を爪でコンコンと叩く。
「そう。あたしのパパとママは昔はそこに住んでたの。あたしはホント小さい時にいただけだから、ほとんど覚えてないけど」
「豪華なところクマ?」
「まあ、王様が住んでる所だしねー」
王都アンバージャックか。冒険者稼業に慣れたら他の都市にも行ってみたいものだ。もっともイユの旦那にされないことが大前提であるが。
「あとの街は?」
「あたし行ったことないしなあ。北方都市キタキタは雪がいっぱい降ってて寒いみたいだよ。」
これは色白系美女がいっぱいいるに違いない! むひょひょ!
「清がまた変態なこと考えてる顔してるクマ」
「ぜってー色白巨乳とか考えてるよ。さいてー」
仲良くなってくると思考パターンまで読まれるのな。ちなみに巨乳成分はエーリカたんで満足してる、なんてことは口が裂けても言えない。
「それで、残り二つは?」
俺に攻撃が集中する前に話題を変える。
「あとは海洋都市シーガルと要塞都市ユーリンかなー。海洋都市シーガルは都市感あんまりなくて、おっきな港がある田舎町みたい。船の貿易は、見ての通り王都近くまで大河が通じてるから王都に直接でいいしね」
「その要塞都市っていう物騒な名前のとこは何クマ?」
「名前のとおりかな? 隣国のアヌヌヌ帝国との国境地帯だからユーリンが防衛の要になってるらしいよ。あたしの師匠も転生したてのときは、そこで傭兵してたとか言ってたなー。」
アヌヌヌ帝国……、例の肛門強制鍛錬装置を思い出してしまいそうな不穏な名前だな。
「てことはこの国にも戦争があるのか?」
「傭兵が必要って、そーいうことじゃないの? さっきも言ったけど、あたし田舎者だから詳しくないよ。他のチームのこととか全く知らないし。後でルアーナに聞いてみる?」
「確かに敵チームのことは知っておいたほうが戦略が立てやすいクマね」
絶対に負けられない戦いだからな。とくにイユに勝利するまでは絶対に。俺の異世界人生が掛かっているのだ。
「よし、じゃあ今日の夜にでもあのホモ呼んで作戦会議といきますか!」
「おー!」
「おークマ!」
頼むぞお前ら。俺の人生が掛かっているという深刻さを持って取り組むんだぞ。エーリカたんとか途中で飽きて投げ出したりしそうだから心配だ。そうして俺はモンブランの最後の一かけらを口に運んだ。
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