第18話 きよし、ケッコンを迫られる

「んー、うまい。快便快調。まさに理想的な朝だ」


 ギルドバトルの予選会から二日。眼の前に並ぶやけに凝った朝食に舌鼓を打ち、便を出し切った喜びを噛みしめる。戦闘力はゼロだが、爽快感は無限大だ。鳥の美しいさえずりも、今なら肛門口笛で真似できそうな気がする。


 俺らは試合が終わった後、とくに他に行く宛もないのでルアーナの屋敷に戻ってきた。というか、会場を出た瞬間、俺の戦いに怒り狂った暴徒によって刺されそうになったので、逃げ帰ってきたというのが正しい。


 試合をした後、俺はすぐトイレに駆け込んでうんこをしたから自分の身を自分で守れないのだ。


 とくに、「ファンになりましたぁ!」って近づいてきた女の子と握手しようとしたらさ。懐からよくわからん注射器を取り出して、「イユ様をよくもおおおおおっ」ってぶっ刺そうとしてきた事件は、まじで恐ろしかった。まさに“ないよ、便無いよぉ!”案件だよ。


 あの後、パンパン、エーリカ、ルアーナは俺が独断で一対一を受けたことについては何も言ってこなかった。まあ、あいつらも思うところがあったということだな。むしろルアーナなんかは「本戦出場めでたいわっ。今日は! パーティよ!」なんてご機嫌だった。


 俺は戦いを振り返る。もはや無心に近い状態で攻め続けた俺、それをいなし続けたイユ。実力で言えば彼女の方がずっと上だった。ルアーナから後で聞いた話で分かったことだが、俺も奥の手を隠していたとは言え、最終的に勝てたのは相性の要素が大きかったからだろう。


 にしても国士無双の五感センス・ドライブだっけか。使い方によってはえげつない能力だ。もし、次にイユが肛門を鍛えてきたら負けるかもしれない。んふ……なんかちょっとえっちだw


 あの試合以降、イユがどうなったかは俺は知らない。彼女のチーム自体は、残りのおっさんの奮闘で、ヲタ芸チームに勝利したらしく、予選をグループ二位通過することができたらしい。


 本気でやりあった相手なだけあって、ああいう終わり方は不本意だったし、ムカつくけど可愛い女の子を泣かせたのは少し罪悪感を感じる。でも、今思い返すともうちょっと性的にいじめれば良かったとか思っちゃう。


 だめだ、このことを考えるとちんちんがイライラしてくる。


「まっ、今日、俺はエーリカたんとお楽しみなんだけどな!」


 むひょひょと笑い、思考が声に出てしまった。おもらし女のイユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォードこと、イキスギさんのことなんて考えるのをやめだ。我らが天使と楽しいデートを楽しむことにしよう。


「うぇ。きよし、なんか気持ち悪い顔してる。それに心の声もれてる」


 フォークでスクランブルエッグを食べてるエーリカたんが白い目で見てくる。食べる姿も美しい。


「今日エーリとケーキに行くのが楽しみでね。ンフフ」


「そ、そうかー。そんなに楽しみなのかー。ふーん?」


 なんか若干照れくさそうにしてる姿も天使ッ! ちなみに今のエーリカたんの服装は、部屋着の白いブラウスになんか柔らかそうな生地のズボン。ものぐさスタイルもなかなかお似合いだ。


 今日行こうとしてるケーキ屋は、すでに昨日パンパンを斥候に放ちリサーチ済だ。モンブランが美味しいらしい、はやくエーリカたんの笑顔でブヒりたいンゴねぇ。ぶひょひょ。


 しかし、現実とはままならぬものだと俺は実感することになる。茶髪の方の執事、アキトがいつの間にか俺の直ぐ横に立っていて、耳打ちをしたのだった。


「清様、お客様でございます」


「こんな朝から? それってお客? 刺客じゃなくて?」


 一応確認しておく。この街、ビッグ・シティで、俺は一日にして犯罪者級のヒールに成り上がってしまった。刺客でなくても、人糞の通販代引きみたいなえげつない嫌がらせかもしれない。あ、でもこの世界に代引きってあるのか?


「正真正銘のお客様でございます。ちなみに魔法協会通販の代引はございます」


 なんで俺の心の声がこの人には伝わるんだろう。それより、そのお客とやらは何と名乗ったのだろうか。


「イユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォード様です」


「……」


 アキトに心を読んで先に答えられることが、全く気にならないくらい不穏なお客様だ。せっかく下調べまでしたのに、エーリカたんとのデートが台無しになる気しかしない。俺は大きなため息をついた。


「ごめん、エーリ。俺に用事がある人がいるみたいだ。ケーキはその後で」


「えー! あたしのケーキより大事な用事って誰?」


 エーリカたんは頬をぷくっと膨らませて不満げだ。正直めっちゃ答えにくい。


「イユなんとかさん」


「……ケーキ二倍」


 すごい形相で睨みつけられる。こればっかりは会わないとなんかやばい気がするんだ。だから許してエーリカたん!


      ◇


 俺が応接室につくと、白い長机の端っこ、そこに置かれた豪華な椅子に金髪碧眼の少女がちょこんと座っている。鎧は着ていなくて薄い藍色のドレスで、後ろ髪は大きな白いリボンでとめている。

 

 大会のときと全く違う雰囲気で驚く。今はまさにお嬢様、そういった名称が一番似合う。以前の苛烈さは鳴りを潜め、ただただ可憐で美しい。こんな子に自分が羞恥プレイを仕掛けたと思うとなんか興奮してくる。


 彼女は俺の姿に気がつくと、不安そうな表情ですぐに目を伏せてしまった。体全体が小さく震え、強張り、緊張しているようにも見える。


「さぁ、清に何か用かしら」


 俺の隣のホモが尋ねる。なんでこいつも話に参加するんだよ!って思ったけど、もし俺がイユに襲われたら、こいつが守ってくれるのだろう。尻の穴はともかく、命は守られる。朝に快便だったし何も出来ないから仕方ない。


「あっ、あの……」


 俺らも向かいの椅子につく。イユが何かを口を開きそうになるけど、悲痛の面持ちで硬直してしまう。そんな顔をされるとなんか俺も気の毒になってくる。


「ほらイユちゃん。YOUとあたしの仲でしょ。なんでも遠慮せず言っていいのよ」


 ホモが優しく微笑みかけ、執事のマキトに紅茶を淹れさせる。白い陶器に注がれたこげ茶色の液体は、心地よいリラックスさせるような香りだ。


「わたしを……。はぁ……でも」


 まだ言葉が喉の奥に詰まっているように見える。彼女は出された紅茶に唇をつけると、一口それを飲んで、ふぅ……一息つく。桜色の唇、柔らかい感触と柑橘のような味を思い出してしまい、俺の心臓がドクリと波打った。


「終わり方は……まぁ、アレだったけど、俺とお前は本気で戦った仲だ。遠慮せずなんでも言ってくれ!」


 我ながら作ったような笑顔だと思うけど、ここはなんとか早く終わらせてエーリカたんとケーキデートに行きたい。イユも確かに可愛いし綺麗なんだけど、なんか面倒くさそうなオーラがビンビン出てる。


「……はい。では、要件をお話します……」


 ゴクリと息を呑む。なんだって俺がこんなにテンパらなきゃいかんのだ。部屋がシーンと静まり、緊張の糸が張る。


「……ああでもっ」


 やっぱりだめ! とか一人でブツブツ呟きながら身体をもぞもぞさせている。いや、早く言えや。ケーキ食いにいきたいんじゃ、ぼけ。


「今日はなんか話しにくいみたいだし、俺は用事があるからまた今度……」


「逃げるのですか。御手洗清」


 俺は椅子から離れ、そそくさと立ち去ろうとしたが、殺意に満ちた声で呼び止められる。後ろを見ると先程のお淑やかさなど消え去っていて、立ち上る闘気で髪が逆立っている。眼光は獲物に狙いを定める肉食獣の瞳。


「ひいいいいい。すみません」


 今の俺じゃ確実に殺られる。恐怖に支配され震え上がった身体でもう一度席に着く。ホモはあらあらと呑気に茶をしばいてる。お前は何のためにここにいるんだッ!


「これは大事な話なんです」


 イユはお嬢様モードに戻ってニッコリと仮面みたいな笑顔を作る。逆に怖い。もうどっちにしても怖い。助けてエーリカたぁん!


「……恥ずかしいですけど、言います」


 ついに決意したのだろうか。キリッと顔を引き締め、突然、俺の手を両手で包んでくる。白い肌の冷たい手、きめ細やかな感触に俺はビクッとする。


「私を、私を貰ってください!」


「は?」


 俺の手を包む彼女の両手にグッと力が入る。がっちり掴んで離さないくらいの力だ。それより話の意味がわからない。貰う? は? どういう意味?


 そこから彼女は堰を切ったように語りだす。


「私、試合の後に考えたんです。私はお母様とお父様には品位ある淑女として育てられました。それで、私も両親の期待に添えるように努力して来ました。騎士としてもそれなりに優秀だと自負しています」


「うんうん?」


 クソッ。手を振りほどこうとしてもびくともしない。万力のような力で固定されている。


「清さん、あなたは私が戦った中で一番強い男性です。しかも、……あの、私達は、せっ、接吻までしてしまいました。私が小さい時にお父様は言っていました。接吻をするということは、生涯の伴侶として誓い合うことだと」


「ハイ」


 これはヤバ過ぎる流れだ。一刻も早く逃走したいけど、馬鹿力で捕縛されているから逃げられない!


「しかも、私があのような恥ずかしい姿を見せたのは、あなたが初めてなのです。清さん、あなたは私の、その……、初めてのお相手と同然です」


「いや、でもキミ数千人の前で……あぎぎぎぎっ」


 矛盾を指摘しようとした瞬間、怪力で手のひらを握りつぶされそうになる。もうやだ。


「だから私は決めたのです。あなた、御手洗清を私の婿としてギルフォード家に迎え入れる、と。幸いお父様とお母様は『私が気に入った相手なら』、と大変喜んでくれました!」


 イユはにっこり笑って愛おしそうに俺の頬を撫でる。いつ噛み付くかも分からない無邪気なライオンに舐め回されている気分だ。このままだと本当に婿にされてしまう気がする。こいつは冗談とか言える性格の女じゃない。


「でも、俺はゴミ階級だし。街の皆に嫌われてるしナァ」


「それは大丈夫です。冒険者は直ちに・・・辞めていただき、我がギルフォード家は武官の家系ですから、跡取りとして数十年修行をすればきっと立派な当主になれます!」


 それっぽい言い訳で躱そうとしても直ぐに言い返されてしまう。数十年の修行ってなんすか、ヤバすぎでしょwww。しかも冒険者やめたら、異世界えちえちチーレム生活できないじゃん!


 なにかこいつを諦めさせるような言い訳を考えないと……、ケーキデートどころか将来の全てのお楽しみまで奪われてしまう!


「イユさんは綺麗で可愛いから、俺以外にもっと見合う人がいると思うよ?」


「いえ、そんなことはありません! 確かに最初は、あんな気持ち悪くて臭そうな男と結婚するなんて……と悲しい気持ちにはなりましたが、清さんの顔を何回も思い描くうちにだんだんと愛おしく思えてきたんです」

 

 地味にイラつく言い回ししてくるなコイツ。


「それに……、あなたに恥ずかしい姿を見られたあの時、私は人生で一番ドキドキして、その……昂ぶってしまいましたから……」


 くそっ、このセリフだけ見たらエロゲーのヒロインレベルに可愛いんだけど、実際は能力で俺のスケベ心に共感しただけだし、絶妙に嬉しくねえ! いや、えっちなんだけどな?


 考えろ、考えろ俺、どうにかこの場を逃れる言い訳を考えるんだ。ほんとどうして毎度毎度やっかいなヤツに絡まれてしまうんだろうなあ。ホモもさぁ、俺の尻穴狙う身なら少しは反論しろや、全く使えねえ!


 考えろ!考えろ!考えろ!


 ――! 


 将来の異世界生活の掛かった言い訳を全身全霊で考える中で、一つ可能性がありそうなものが思い浮かぶ。これならワンチャンあるかもしれない?

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