第16話 きよし、女騎士を追い詰める

「なんとぉぉぉ! 御手洗選手、イユ選手の条件を呑んだ上でタイマンを申し込んだああああッ!」


「きよしっ、どういうこと!」

「そんな勝手に決めるなクマ」


「まっ、任せとけや」


 俺は振り返って二人に笑顔で言った。


「でも!」


 二人の仲間は俺を諌めるが、それ以上俺は振り返らない。これは俺のエゴだが、絶対に譲れない矜持でもある。まぁ、これでこのまま勝ったら、さっきの汚名返上ってことにしてくれや。


「フン、ゴミの癖にプライドだけは一丁前だな。だが、手間も省けることだ。丁度いい」


 イユは両手で剣を持ち直す。そして、剣先を俺の方へ向けたまま、顔の横に剣をカチャリと構える。鏡のように表面の磨かれた刀身に彼女の蒼い瞳が映った。一本一本が繊細な金髪は、彼女の気迫を示すかのようにブワリと浮き上がる。


 彼女はゆっくりと膝を曲げて、両下肢に力を込める。彼女を中心とした半径一メートルくらいの円の範囲で空気が淀み始める。まるでそれは陽炎のように空気がもやもやと歪む。クリスタル色の鎧が妖しくゆらめく。


 なるほど凄え闘志だ。無敗というのも対峙しただけで納得できる。気迫と眼光だけで威圧されて動けなくなっちまってもおかしくない。


 だが俺だって負けてねぇ。幸い良い感じにうんこも溜まってきてるし、前の試合の感覚はそのままだ。弟者くらいの速さになら、苦労することもなく対応することができる。俺は両の拳をグッと握りしめる。身体の正中線を拳で覆い隠す半身の構え。肩幅より少し広いくらいに両足を広げ、脱力する。


「来いや」


 イユが闘技場の大地を蹴る。同時に俺も踏み込む。両者の力強い踏み込みに、蹴られた大地は砂飛沫を上げる。


 前傾姿勢で構えをそのままに俺の首を貫こうとするイユの突進。一瞬で二人の距離は接近し、切っ先が俺の首筋に触れた。俺は五センチほど右に首を傾ける。すると必殺の突きは皮一枚で俺の首の真横を通り抜ける。


 交差する刹那、俺とイユの距離は最も近くなる。ここまで近いと、相手の顔がよく見える。サファイヤ色の瞳に映るのは俺の顔。おめえは確かにべっぴんだが、だが勝負で容赦はしないぜ。


 イユが突きを外し、二人の距離が最接近した瞬間、俺は身を屈め左手を地につける。そしてその手を回転の軸にして、右足で強烈な足払いを放つ。


 しかし、イユは咄嗟の判断で上半身をねじり、振り返りながら上方に飛んだ。俺の右足は空を切る。彼女はその小さな跳躍を利用して、俺の頭上から斬りかかる。全体重が乗った一撃、これを受ければ最悪死ぬ。


 俺は回転の軸にしていた左足と左手で地面を弾き、右側に転がった。必殺の斬撃は俺の身体から外れ地面に衝突。鋭い金属音が観衆の耳に突き刺さる。


 なるほど強えや。俺は思った。速さは弟者なんてもんじゃない。そしてあの反応速度。一太刀も受けていないとは、このことなのか。


 仕切り直しといった風に、イユはさっきと同じ突きの構えをして、俺を鷹のような視線で射抜く。俺も起き上がり、もう一度拳を構える。


 俺は思考する。あの剣は大会用で刃がないにしても、突きや大ぶりの斬りつけは致命傷になりうる威力だ。そしてあの反応速度。なんとか掴み技に持っていって剣を無力化し、絞め技かマウントのような形に持っていくしか無いように思える。


 まあ、ものは試しだ。


 今度は俺から踏み込む。狙いは足。低いタックルでそのまま寝技に持ち込めれば勝機がある。もし相手が剣を振り上げるような動きをした場合、その腕を取りに行く。


 それゆえの中腰で速攻の踏み込み。嬢ちゃん、さあどうする。


「だぁあッ!」


 少女は一瞬踏み込むような反応を見せるが、その場に留まり剣を持つ腕に変化はない。下腿に力が抜けているようにも見えるが、俺はこのままタックルに行く。――取った。


 刹那、足甲のガチャリと動いたかと思うと、彼女の身体がふわりと浮く。


 ――ッ、カウンター?


 気がついた時、目の前にあったのは俺の顎に迫りくる膝。こいつ、膝でタックルに合わせやがったッ!


 強烈な衝撃で俺は転がされる。視界が揺らめく、こいつ剣だけじゃないのかよ。膝で合わせるなんて、相当慣れてないとできることじゃないぜ。


「さぁ、立て。お前のプライドはこんなものか?」


 俺の首元にひんやりとした金属が接触する感じがする。イユが、俺を見下ろして剣を突きつけていた。照明の白色光が後ろから差して、まるで後光を放つみたいにして目の前に立つ。どんな顔をしているかは、光の影になってよく見えない。


「ふふッ!」


 俺は笑う。お前は甘い。


 俺は剣の刃を掴むと全力でこちらに引きずり込む。真剣だったらこんなことはできない。刃がないことを忘れていたな。


「ッ!」


 当然、イユは剣を奪われないように引っ張り返す。引っ張られたら引っ張り返す。これは人間の本能だ。だがしかし、これは好機。俺は握力だけ保ったまま、むしろ引っ張る力だけを抜き、むしろイユの身体に向かうベクトルへ立ち上がる。


 するとイユの力も借りて俺の身体がイユの身体に接近する。このまま背後に回り込み、イユが剣を握る手を背後からロックしてもいいし、しっかり鎧を掴んで投げに持っていってもいい。


 捉えたり、女騎士!


 しかし、イユはニヤリと笑う。それと同時に彼女は剣から手を離し、俺が立ち上がり回り込む方向に体を向けると、もともと剣を持っていた逆の手で俺が剣を掴む手の手首を弾き上げる。


「クッ!」


 予想外の衝撃を受けて俺は刃から手を離してしまう。何の支えもなくなった剣は、くるくると宙を舞う。腕を弾かれた俺は彼女の目の前に無防備な胴体を晒す。


「ハァァッ!」


 高い気合の一声と共に、イユは俺の腹に右足の横蹴りを叩き込む。足甲の重さが乗った強烈な蹴りで、身体が、くの字になって大きく吹き飛ばされる。


「きよしっ!」


 飛ばされる中で、悲しそうな目で大きく開いた口を覆っているエーリの顔が見えた。


 宙を待った剣と俺の身体はほぼ同時に着地する。カランカランという金属音が辺りに響く。


 やべえ、こいつほんとに強えわ。俺はゆっくりと立ち上がる。幸いうんこの力で全体的に強化されているので、この程度で倒れることはない。痛いけどな。


 イユは、転がった剣を拾い上げると今度は下段に構えて言葉を発する。


「大抵の戦士なら、ここらで戦意を失うのだが……思った以上にお前は丈夫なようだ」


「そりゃどうも」


 俺は三度目の拳を構える。こうなりゃ体力勝負だ。幸い前の試合と違って、試合が長くなっても困るやつはいねえ。お前がへばるまでの辛抱。攻めて攻めて攻め続けるッ! 


      ◇


「御手洗選手、無尽蔵の体力で起き上がり続けるッ! しかも技のキレは増しているようにも見えますッ」


 ハァ、ハァ、私も息が切れ始めてきている。吹き飛ばされてなお、眼の前の男は間髪なく私に襲いかかる。ヤツの左足の踏み込み、次は左、右のコンビネーションか。単調な攻撃。しかし、その速度は戦い始めよりも明らかに加速している。


 高速のジャブを剣の柄で弾く。……つもりだったが、弾けるような打撃は想像以上に威力が強くなっていて、剣を握る手が離れてしまう。剣が宙を舞う。


「チィッ!」


 二発目のストレートが来る。やつの拳は見えるが、衝撃を受けた両手は間に合わない。上体ものけぞっており躱すことが出来ない。


 仕方がない。


「――ッ!」


 やつの拳が自分の頬に当たる瞬間、衝撃を逃がすように顔を力のベクトルの方向へ逃がす。すると、大きなダメージを残さずに拳を“受ける”ことができる。


 大ぶりのストレート、それを撃った後は当然大きな隙が生じる。私は顔を逃した回転方向に身体も回し、一瞬やつに背を向ける。そしてそこから奴の頭部に振り切った後ろ回しを放つ。


「――ンガァ!」


 強烈な回転力から放たれた踵の一撃がヤツの頬にめり込み、そのまま地面に叩きつける。さすがにこれは効くだろう。


「ハァハァ」


 落ち着かない息を鎮めるように、頬を拭う。口の中を少し切ったのか、血の味がする。私が一撃当てられたのはいつぶりだろうか。転がった剣を拾う。ヤツは起き上がらない。


「きょおおおおお烈な後ろ回し蹴りッ! 御手洗選手動けませんッ! なんと試合開始から一時間が経とうとしていますが、ついにこれで終わりかぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


「アレはかなり効くでしょうネエ。全体重に加えて御手洗選手自身のストレートの威力まで加わっていますカラ」


「イーユ!」


「イーユ! イーユ!」


「イーユ! イーユ! イーユ!」


 観客が私の名前をコールする。流石にこれで終わりか。そう思い、奴から背を向ける。しかし、観客は別の声で湧き立つ。


「なんとぉぉぉ。御手洗選手、また立ち上がりましたッ! まさに不死身ッ! ゴミ階級の雑草魂でありますッ!」


 振り返ると例の男がよろよろと立ちあがっていた。全身砂だらけで服もところどころほつれ、さっきの一撃を受けた顔は大きく腫れ上がっている。しかし私を見据える視線は全く死んでいない。


「……やっと一発当たったな」


 男はニヤリと笑う。背筋にゾクリと悪寒のようなものが走る。戦いが長引くにつれてヤツの気迫・魔力ともに加速度的に増大してきている。まるで大きな影、内包する圧倒的な力、その片鱗を見せるような気配。


 なんなんだ、コイツは……。


 私は私の中のコイツの評価を改めなければいけない。どういったカラクリか分からないが、今のコイツは間違いなく私の脅威になりつつある。後ろに控える仲間たちは、私を信頼して託してくれた。


 絶対に負けられない。ともなれば能力あれを使うことも考える必要がある。


「クソッ」


 誰にも聞こえないうように悪態をつく。こんなやつに私の力を考慮しなきゃいけないんなんて。自分の中の苛立ちを隠せなくなる。


「オルァァァッ!」


 あれこれ考えてるうちにヤツが全力疾走で突っ込んでくる。剣を構える。もういい。この際殺すつもりで叩き切るッ!


 剣を構える。ヤツが高速で間合いを詰める。


 ヤツは何のフェイントすらなく、右腕を大きく振りかぶる


 いいだろう。お前の鎖骨ごと袈裟斬りにする!


 剣を右上方に振り上げ、全力で振り下ろす。両腕に渾身の力を籠める。全身の毛が逆立つ。


 しかしその瞬間、眼の前が茶色い靄に覆われ、男の姿が消える。


「なっ……!」


 しまった目潰しかっ……。男は右手に砂を握り締めていたのだった。振り下ろさた鋼鉄の剣は空を切り、私の首の前に男の腕が差し込まれる。それと同時に、両方の足が後ろから完璧に掬われる。


 身体がふわりと宙に浮く。差し込まれ、完全に足を払われたことが分かった。


「クッ……!」


 それでも私は絶対に負けない! 


 なぜなら私には、天から与えられたこの能力ちからがある。


 全神経を研ぎ澄ませる。全身の感覚器官の感度が加速度的に高まっていくのを感じる。倒れゆく私を見下ろす男の瞳に、私の蒼い瞳がうつる。私の瞳孔が一気に開くのが自分でも観察できる。


 観客一人ひとりの話し声が聞こえる。この男の心臓の鼓動の音が聞こえる。私の首に振れる男の素肌から汗が流れ落ちるのを感じる。男の腫れ上がった頬に拡張した毛細血管が見える。


 すべての感覚器官よ加速せよ。そして私を教え、約束された勝利へと導けッ。


 私は唇だけを動かして呟く。


国士無双の五感センス・ドライブ限界突破3000倍ッ!」

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