第15話 きよし、キレた!!
「清はどうしてあいつらの能力が分かったクマ?」
日が完全に沈んでしまったこともあり、試合後の控室はシャワー上がりの俺には少し肌寒い。次の試合まで休憩時間が四十五分近く設けられていて、みんな汗を流したり間食を摂ったりしていた。むかつくことに、観客のケチャップ爆弾で頭がドロドロにされたので、俺の場合シャワールームに駆け込むのが先決だった。
「俺の国ではああいう格好と言えばヲタ芸なんだ」
「ヲタ芸?」
パンパンは不思議そうに首をかしげる。こいつならヲタ芸くらい知ってるかと思ったけど、違ったか。
「アイドルの応援団みたいなもん」
「へー、また一つ人間界について詳しくなったクマ。ちなみにアイドルの練浜なるは知ってたクマ。」
「いやおかしいだろ。お前の基準」
やっぱりお前はとんでもねえサブカルパンダ野郎だよ。
俺とパンパンが他愛もない会話を続けていると、後ろのドアがバタンと開き、エーリカたんがルアーナに手を引かれて入ってきた。ホモじゃない方(彼女って言うと紛らわしいからな)は、なんか気まずそうにして目も合わせてくれない。部屋を照らす魔法灯がチカチカと点滅する。
「一戦目はお疲れ様。YOU達、もっと楽に勝てたわよ」
「それは分かってる」
ホモは俺が思ったよりずっと真面目に指摘してきた。俺は思い出す。オーディオコンポを壊した時点で勝ったと思いこんでいたのが俺の過ちだった。ヲタ芸以外の能力がある可能性も当時はあったし、降伏を勧めることなんかせずにさっさとヤるのが正解だ。
「分かってるならならいいわ。次は改善なさい。後あんた、エーリカに謝ったの?」
「いや」
パンパンとホモの視線がすごく居心地が悪い。こいつら二人はこれ以上何も言ってこないけど、言いたいことがあるってことは鈍い俺でも分かる。エーリカたんは、どことなく目が充血して潤んでいるように見える。試合直後はそんなふうに見えなかったが。
「……悪かったよ」
小さい声だけど、はっきりと聞こえるように言った。俺が悪いって、分かってる。けど、謝るのはムカつく。そういうのってあるだろ。
「ほら、エーリカ、返事は?」
「……うん。すっごい……恥ずかしかったんだからな」
エーリカはか細い声で言った。気まずい沈黙が俺らの微妙な距離感を物語る。そりゃそうだよな、まだ結成から一週間だもんな。俺もはっちゃけ過ぎたよ。悪かった。
「さっ、湿気臭いのはこれで終わり! 次の試合があるんだから、YOU達の活躍魅せて頂戴ッ!」
パンパンパンとエーリカが手を叩き、にっこりと微笑む。こいつは俺にセクハラしてくることを除けば頼りになる……とか一瞬思ってしまった自分を戒める。思い出すんだ俺よ。こいつにから受けたふざけた肛具の地獄に等しい苦しみを。
俺は、ホモを睨みつけているとそれを察してかウインクで返される。くそっ、気持ち悪いぜ。
「ところでルアーナ、次の対戦相手について何か知ってるクマ? 有名人っぽいクマけど」
「イユちゃんはね。顔なじみよ。一緒に仕事をしてこともあるわ」
「どんな能力なんだ? 今まで一太刀も浴びていないとか聞いたが」
ホモは上を向いて考えるような素振りをする、そういうぶりっ子地味た動きはごつい男がしても全く可愛くないぞ。むしろマイナス一万点だ。存在がマイナス点だけどな。
「んーでも。それを、アタシが教えたら訓練にならないじゃない」
「使えねーホモ!」
ホモが俺を馬鹿にしたように薄笑いを浮かべててムカつくから、あっかんべーする。こいつはいつも余裕ありそうにしてるのが癪に触るんだよな。三人で相談して何かドッキリでも仕掛けてやりたいぜ。
「まっ、アタシはそろそろ戻るわ。兎に角、考えて戦いなさい。それが大切な人を失わないためのキモよ」
一瞬だけルアーナの顔に悲しみの影がよぎる。そうしてそのまま、後ろ向きに手を振りながら悠々と部屋を後にした。しーんと静まる控室。残された三人はちょっとアンニュイな気分になる。あいつも意外とああいう顔するんだな。
これからの試合も、そしてこれからの冒険も、あいつがずっと俺たちの傍にいるとは限らないんだよな。
……俺だってしっかりしないと。なんかそう思えてきて、エーリカたんの方に向き直って声を掛ける。
こういうの、こっぱずかしいんだけど。仕方がない。
「……なぁ、エーリ」
「……なに?」
まだ気まずい感じがして、ゴクリと唾を飲む。やっぱり言わなきゃだめだよな。
「これ、……終わったら。おいしいケーキでも奢るから。がんばろ」
――。まずったかな? 一瞬沈黙が訪れた後。
「……うんっ!」
ここで初めて笑顔の花を咲かせる。大きな瞳を優しく細めた暖かい笑顔。
……胸がドキッとする。あれ、俺どうしたんだろ?とか思ったけど、安堵の感情が少し遅れてそれに追いつく。
フフフッ……やっぱりエーリカたんは笑顔が一番だぜ! 俺もちょっと気持ち悪い笑みが我慢できなくなる。 パンパンはあらーっといった顔でニヤニヤしている。
「清ー! おいらにも奢ってくれるクマ?」
調子こいたパンダがたかりにきてる。卑しい奴め。だいたいお前は草食だろうが。
「うるせえお前は駄目だ。エーリだけだ」
「えええー、おいらも大変だったのにー」
「あははー!」
こいつらは俺の仲間。なんだかんだ次の試合にはいい雰囲気で挑めそうだ。前の試合と同じ轍を踏まねえ、そう決意して、俺は自分の頬を両手で叩いた。
◇
カーーーーーン、試合開始のゴングが会場の空気を切り裂く。もう既に太陽の光はない。俺たちを照らすのは光系魔法の強烈な白色光だけだ。空には瞬く星々が散らばっている、前の試合と違って吹き荒れる風はない。目くらましや砂かけといった、その手の小細工は使えなさそうだ。
俺たちの目の前に立ちはだかるのは四人のパーティ。戦闘にクリスタル色の鎧の美少女騎士、イユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォード。そして、その後ろに三人の壮年騎士が控える。
照明の光を浴びるイユは聖女かと思うほど、神々しく輝く。その清廉な顔立ち、立ち振舞い、絹のような金髪、長いまつ毛、透き通るサファイヤのような瞳。彼女の姿を目にしたものは、全員、必ず一度は息を飲むだろう。
現に俺が入場した時、罵声と怒号で満ち溢れていたこの闘技場も、不自然なほど静まり返っている。驚いたことにホットドッグも、ポッポコーンも、そしてケチャップも何一つ飛び交っていない。
「驚くほど静まっております、ここビッグ・シティ闘技場。言うまでもありません。イユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォード、あなたが美しすぎるのです」
「確かに美しいデスネー」
実況のボリュームも若干抑えめになっている。それほどまでに、透青の鎧の少女は尊い存在に感じられた。その、全員の注目たる存在。それが今、刃のない剣を全身全霊で天に掲げる。
白銀の刀身は照明光を乱反射し、まるでそれが聖女の威光であるかのように周囲を威圧する。
少女は高らかに宣言する。
「聞けッ! 者共よ!」
高く透き通った声が会場に響き渡る。
「このトト王国が建国されて三百年」
「数多の冒険者が歴史に名を刻み、強敵に散っていった」
「我が王国の歴史の中で今も変わらぬ続くものが一つ在る」
「歴戦の冒険者としての登竜門、栄えある王国の伝説に加わる約束手形」
「そう。皆も答えは知っているだろう」
「それがまさしくギルドバトルであるッ!」
「都市混合で名のある冒険者たちが腕を競い合う、由緒正しい伝統の戦い」
「その勝者には、栄誉、金、未来の全てが与えられる」
「そしてこの場は、我らがビッグ・シティの代表たる冒険者チームを選別する予選会」
「我らが誇りを賭けた戦士を決める一大行事だ」
「だからこそ私には絶対に許せぬものがある」
「その気持は皆も同じだと信じている」
「私は宣言するッ!」
「私はこの場で、この腕で。ビッグ・シティの誇りに賭けて。悪逆非道の卑怯者、『 御 手 洗 清 』に正義の鉄槌を下すッッッ!」
木霊する宣告の残渣。――一瞬の沈黙の後。
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」」」
「イーユ!」
「イーユ! イーユ!」
「イーユ! イーユ! イーユ!」
会場がかつてない大声援と繰り返す『イユ』コールに包まれる。俺にとってはアウェイ以外の何物でもない。大して悪事を働いたわけでもないのに(当社比)ここまでなるか?
「静まれ皆の者ッ!」
彼女の叫びに呼応するようにスタジアム全体が再び静まり返る。
天に掲げた剣を振り下ろし、女騎士ことイユは俺に剣の切っ先をまっすぐ向ける。刀身がギラリと煌めく。
「御手洗清。 私はお前に提案がある。」
俺はイユの突き刺さるような眼光を受け止め、一歩右足を踏み出す。
「なんだ」
「私は一人で相手をする。お前たちは三人でいい。その代り、……私が勝ったらお前たちは本戦を辞退しろ」
「なななんとおおおお、イユ選手、御手洗選手に交換条件を突きつけていますッ!」
実況は興奮する。会場はざわめく。
俺は思考する。仮にも、俺らがこいつに負けても、日本から来ますたwwの二人が次戦で負けたら、俺らの本戦への出場は一勝一負で確定する。なぜなら、ブロック二位以上が本戦出場の条件だからだ。
ちらりとパンパンとエーリカの様子を伺う。二人共、心配そうな顔でこっちを見ている。何情けない顔してんだよ、お前らは俺の相棒だろうが。自信もてや。
一番手堅いのは、提案を断って三対四で戦うことだ。仮にもこの女騎士がわざとオタクに負けるようなことは無いだろうからな。で、次案がコイツの提案を呑むこと。三対一ならまず負けることはないだろう。
だがな。
三人“で”いい? だって?
こんなゴミ級冒険者の俺にだってな。絶対に許せねえもんってのがあるんだ。
「ムカつくんだよテメェッッ!」
俺は左足を前に一歩踏み出す。擦れた足元から砂煙が立つ。俺の声がスタジアムに大きく反響する。
「黙って聞いてりゃ綺麗な顔で好き勝手言いやがって」
俺を馬鹿にしたけりゃいくらでもすればいい。マスタードでも人糞でも何でも投げつければいいさ。だけどあいつらの話となれば全く別だ。
そう、これだけは許せねえ。
俺の仲間を馬鹿にする奴だけは、絶対に許せねえ。
「条件は飲んでやる。だがな……」
俺は、イユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォードを指差し、己の全力をもって全身全霊で叫ぶ。今からカッコいいとこだぞ、見とけよパンパン、エーリ。
「おめえみたいなクソ女には、ゴミ級冒険者の俺一人“で”十分だッ!」
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」」」
スタジアムの歓声は文字通り爆発した。
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