第14話 きよし、各方面から盛大にヘイトを集める

「なっ…なあああああああ!」


 俺の腕の中の少女が小さな口を大きく開き、言葉を失っている。もはや驚きすぎて怒りの言葉すら出てこない様子だ。


「ききき、金髪ツインテール美少女の巨乳おっぱいを死ぬほど……ですと?」


 弟者が肉厚のまぶたで細くなっている瞳を、カッっとピンポン玉くらいに見開き、エーリカたんのおっぱいをガン見する。俺は、あえて弟者に見せつけるように、エーリカたんの胸を右手でがっしりと鷲掴みにして揉みしだく。うひょひょひょ、天国のような柔らかさ。


「やっ……ちょ……きよしっ……そこはっ。だめ……だってぇ!」


「どうだ弟者よ、これを堪能したくはないか? えぇ? やっぱり金髪ツインテールといったら巨乳だよなあ! もみもみ! はーー巨乳は最高だなぁ!」


「あぁ、わかりますっ! 金髪ツインテと言えば巨乳! それが宇宙の法(ダルマ)ッ! そしてその未来永劫変わらない真理が、今、私の目の前にッ! フォカヌポゥッ!」


 弟者はフンフンッと鼻の穴を大きく広げ、顔面を紅潮させている。さらに何もない空中を、両手で揉みしだくように指をなめらかに滑らす動きをしていて最上級にキモい。でも興奮してくれているならそれでOKだ。同志よ。


「な、な、なんとぉ。御手洗選手ゥ、ついさっき告白したばかりのエーリカ選手のおっぱいを条件に降伏するように促していますゥゥーーーーッ!」


 実況の馬鹿みたいにデカイ声がハウリングし、キィィィーーンという音が鳴り響く。と同時に、怒声とブーイングが喧しい工事現場の一千倍くらいの騒音になって選手達に降りそそいだ。死ねとか殺すとか物騒な声も耳に飛び込んでくる。


「きたねえぞぉ!」

「恥を知れゴミ階級! さっさとすっ込んでろォ!」

「最低の男ッ!」


 罵声と悲鳴に似た叫びがごちゃまぜになって、荒れに荒れたサッカーの試合会場みたいな有様になっている。まさに世紀末、中には怒りでポッポコーンを辺りにぶち撒けたり、赤ら顔で酒を隣の観客にかけたりする無法者もいる始末だ。


「レミラスさん、これについてどうお考えですか?」


「卑怯モノに加えて、強制ワイセツ、そして寝取られ好きトハ。名実ともにゴミ階級に相応しい選手デスネ」


 茹でたての煮玉子みたいな顔をした解説者が納得の表情で淡々と喋る。

 

 言わせておけばどいつもコイツも、俺のことを馬鹿にしやがって……! とくに煮玉子、おめーがとやかく言って来ると何故か余計に癪に障るぜ。でも見てろよお前ら、最後までここに立っているのはお前らの罵る卑怯者だ。


「弟者、耳を貸してはなりません。胸などただの脂肪です。飾りなのです。惑わされてはならないのです」


 兄者が眼鏡の位置をクイッと直すと性欲の炎に燃えた弟者を諭そうと試みる。俺はパンパンに目配せする。今は攻撃を継続する時合ではない。


「なんですと……?」


 弟者はゆっくりとした口調で呟く。興奮からか吹き出る汗が彼の凸凹の肌を撫でる。

 

 ……くくくくく! きたぞ! 来たぞ来たぞ来たぞっ!  予想通りの展開ッ! 俺の考えていたように盤上の駒が動く!


 すべて想定通りッ!


 こいつらは前に言っていた。俺は覚えているぞおめえらの言葉を。


『ぶひょひょ、兄者。初戦で戦うティームの女の子、見えますぁ? なかなかいいお乳してますねぇw』


『弟者よ、あの幼気な表情とそれにマッチしたツインテールが良いのですよ。分かりませんかねえ。乳房は二の次です』


『そこだけは兄者と意見が合いませんなあ。ぶひょひょっ!』


 ――おめえらの絆が綻ぶ一点。そいつは、金髪ツインテが巨乳であるべきかッ! そうでないか……だ!


「ただの脂肪? 飾り? 何を言っているんですか兄者ッ! 巨乳こそが宇宙の法! 真理! 前世に蘇りし預言者が一人ッ! 絶体の法を無碍に扱うその言葉、聞き捨てなりませんなぁ!」


 かなり強い語気で反論し、弟者は獣みたいな眼光で兄者を睨みつける。いいぞもっとやれ!


「法? 真理? 何を言っているんですか弟者よ。 あなたは敵の甘言に惑わされていますッ! ただの脂肪に執着することは愚かさの極みですよッ! そもそもですねぇ、金髪ツインテに似合うのは貧乳以外ありえませんね。 あなたに遠慮して今まで言ってきませんでしたが、これこそが法です!」


 しきりに眼鏡のクイクイクイッと直しまくり、めっちゃ早口で説明する兄者。いいぞ、言い争うほどお前らは弱く、そして俺はいつまでもこのたわわを揉め……


「いつまで揉んでるんだ、このボケっ!」


「ごヘッ!」


 お姫様抱っこしていた少女から顎への思わぬ一撃があり、じんじんとした打撃の痛みとともに俺はよろめく。その隙を見てか、エーリカたんは軽やかに地面に降りると胸をガードするように両腕で覆った。そして、頬をりんご色に染め上目遣いでこっちを睨みつける。


「こんなの、ドキドキしたあたしが馬鹿みたいじゃん……」


「……」


 つまり、これはどういうことなんでしょうか。気の利いた答えが思い浮かばないし。え、もしかして。エーリカたんはどこかしら本気にしてたんですか? 俺、期待しちゃっていいんですか? ニタァと笑みが隠せなくなる。エーリカたんが俺専用おっぱいに……。


「なに黙ってスケベ顔してんのあほ!」


 もう一回バキッと殴られる。その痛みでハッと正気に戻る。今まさに俺がやるべきことというのは、エーリカたんといちゃつくことではなく、眼前の敵を圧倒することなのである。


 そういうやつらは……。


「貧乳こそが正義です!」


 兄者が決めポーズで高らかに宣言する。気づいているんだろうか、背後の雷蛇はどんどん小さくなっている。今はもうそこらへんの藪にいる蛇くらいだ。


「いやっ。巨乳以外ありえませんぞ!」


 弟者はふひょー、ふひょーと息を荒げて肩を上下させる。それと同時に、小さな巨体を覆うピンク色のオーラがしわしわになって干からびていく。


「貧乳!」


「巨乳!」


「貧乳貧乳!」


「巨乳巨乳!」


「「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」」


 全力でにらみ合う弟者と兄者。飛び散る汗と唾。両者の間でバチバチバチと激論の炎が燃え上がっている。


 こいつら、想像してたよりもずっとアホだ。


 そして、今が好機。奴らはお互いの信頼を完全に失っている。互いの肉体強化はほぼゼロにまで近づいているように見える。


「あいつらアホクマ」


 軽蔑の眼差しでパンパンが呟く。そうだ、あいつらは愛すべきアホだ。


「パンパン。やれ」


「タケバースト」


「びでぶっ!」


 パンパンが振った腕から勢いよく一本のタケノコが飛翔し、兄者の顎に直撃、爆散した。突然の衝撃に兄者は白目を向いてぶっ飛ばされ、派手に失神する。


「うわぁぁぁぁ! 兄者ァ!」


 突然吹き飛んだ弟者が兄者に駆け寄って身体を揺するが、彼は起き上がる気配がない。兄者が暫く起きないと分かるや否や、弟者はニヤリと不敵な笑みを浮かべ俺の方に振り返る。


「わかった、負けでいいからさァ。だから……。だから……」


 手をもじもじさせて何か言おうとしている。


「……約束通りおっぱいをだな……ふふふふひょひょっ!」


「は? 嘘に決まってんだろ?」


 何いってんだコイツ。寝言も寝て言えっつーの。


「はひ?」


 弟者は訳が分からず放心した様子で首をかしげる。


「おめえにエーリカたんの神聖お乳を触らせるわけないだろぉ、ばぁーーーーかwwww」


「んな、んな、んなああああああ!」


 弟者は顔を真赤にして全身でぷるぷると震えている。


 き、き、きもてぃぃぃぃ! 戦闘中ずっとお前に煩わされたんだ。俺からのお返しだよ、これは。お前は俺と志を一緒にするものだが、あまりにも純粋すぎた。もっと外道の考えを想像できるようになって出直してこいや。 


「清、会ってから今までで一番悪どい顔してるクマ」


 知ってるわ。なんだかんだこれもお前らのためなんだぞ。少しは感謝しろ。


「パンパン。やれ」


「タケバースト」


「あべしっ!」


 兄者と同様に無防備な顎に立派なタケノコが炸裂し砕け散る。すかさず、白目向いた弟者をつんつんしてみたが、返ってくる反応はない。過程はどうあれ、これで勝利だ。


 カンカンカーーーンッ。ざわめく場内にリングの鐘が響き渡る。


「ンンンンンン勝者ッッ。アナルーーーーパンダーーーーぶりぶりーずゥゥゥゥゥゥ!」


 俺たちは勝利者として大きく手を挙げる。しかし……。


「「「ブーーーーーーーーーーーー!」」」


 歓声を上げるものは殆いない。真夏の昼間のアブラゼミの大合唱みたいに止めどないブーイングの嵐が巻き起こる。観客の心は一人のきよしによって完全にまとめ上げられていた。


「おめえの名前は清じゃねえ、汚しダァーっ!」

「腐れ畜生野郎、さっさと敗退しろぉ!」

「五体満足で帰れると思うなよォ!」

「脳みそまでちんぽ男ッ、穢らわしいわ!」

「おめえはゴミ級以下の産業廃棄物級だぁ!」


 退場している最中も、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられる。たまに食べかけのサンドイッチとか、ゆで卵とかも投げつけられる。ホットドックのケチャップが頭に直撃し、流血したみたいになる。


「……どうしてこうなった」


 俺はうつむき呟く。たしかにやりすぎたかもしれないけどよ。と、ボソボソ言い訳する。


「ばか。やるならもうちょっと上品にやれ。これじゃあたしたちが悪役だ」


 エーリカたんにも睨みつけられる。この世界に降り立ってから、俺の目指した異世界えちえちwチーレム物語からどんどん離れていってる気がする。ほんと、どうしてこうなったし。


      ◇


「いやぁ、にしてもレミラスさん。御手洗選手を擁するアナルパンダぶりぶりーずの勝利です。良し悪しはともかく彼が今回大きく目立ちましたが、どう考えられますか?」


「彼は、素晴らしい格闘能力を見せマシタ。しかし、スポーツマンシップに反する言動はいただけマセンネ。彼は今回一度も能力を見せていませんし、真のMVPはパンパン選手デショウ」


「確かに、パンパン選手の粘りがあったからこその勝利かもしれませんねー」


 実況放送が鳴り止まない控室前の廊下。暗く他に誰もいない空間で一人、紺碧の女騎士は拳を握りしめる。 


「なんて卑劣な男ッッ!」


 ガンッっと鋭い金属音が木霊する。女騎士のガントレットが壁に衝突する音だった。強く握った手甲はギチギチと軋み、銀色に輝く。


 女騎士こと、イユ・キッセンブルグ・スヴァイリエン・ギルフォードは、全てを切り裂くような鋭い眼光で前を見据える。その濃紺の瞳に宿るは正義の蒼炎。


 流れる天の川のような繊細に煌めく金髪も、その気迫と闘志で逆立って見える。


「御手洗清。醜い不浄の輩。この街の誇りに賭けて、私が必ず正義の鉄槌を下してみせます」


 カツンカツンとクリスタル色の足鎧グリーブスを打ち鳴らし、少女は次の戦いへと身を投じる。


「悪は絶対に! 打ち倒す!」

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