第13話 きよし、闘技場の中心で歪んだ愛を叫ぶ

 扇風機で吹き飛ばされたみたいに砂埃が消えてゆく。その風圧、気迫の中心に在るのは二人のナードオタク


 小さい方弟者はガスバーナーの如く吹き出るピンク色の闘志を身にまとい、大きい方兄者は時折バチバチバチッと激しい放電音を繰り返しながら、後ろに大蛇の存在を感じさせるような蛍光グリーンの気に包まれている。


「これは凄い気迫ですっ! 日本からきますたの二人、能力を遂に解き放ったぁぁぁっ!」


 観衆のざわめきと実況の大声がスタジアムを揺らす。


 斜陽が地平線に飲み込まれ、空は既にクリーム色と紺色が混ざったみたいな色になっていた。闇が支配しはじめているこの時間帯、対極の蛍光色を伴う二人は実際よりも大きく見える。


 俺はゴクリと息を呑む。明らかに奴らはさっきまでのものと比べ物にならないくらい存在感を増している。肩幅くらいに両足を開き、堅く握りしめた拳を奴らに向ける。奴らはきっと仕掛けてくる。


「本当は、ライブ楽曲があった方が威力が出るんですがね。この際仕方ないです。曲なら我らの“ここ”に在る」


 兄者がクイッと眼鏡の位置を直し、自分の胸を親指で指し示す。なるほどな、こいつらの愛、本物だぜ。


「我らはその相手への気持の分に応じて対象を強化できる。なるたんのサイン入り限定円盤の代償ぶん、きっちり支払って貰うぞぉ、ぶひょっ!」


 破壊されたオーディオコンポを恨めしそうに一瞥すると、両足に思いっきり力を込める。横に巨大な肉体を支え続ける大腿がビキビキビキと肥大する。


「来るぞ、パンパン! エーリ!」


「――だぁッッ!」


 なるほど早え。小さな巨体が馬鹿力で地面を蹴ると一気に俺の方向へと距離を詰めてくる。ケツに力を込める。外肛門括約筋がキリキリと締まる。いい感じだ。便意が俺を強くする。


 確かにお前は早えが、


ホモアイツほどじゃないッ!」


 俺の顎を撃ち抜こうと迫る奴の左腕、かなり体重が乗っている。当たれば一撃で昏倒するだろう。だから、ここは後の先だ。


 迫るやつの左の拳の外側を、俺の左の手のひらで添えるように横ベクトルの力を加える。同時に左足は奴の懐に大きく踏み込む。すると自然に俺の頭部は左に流れ、奴の拳は右にそれる。


 後の先。つまりカウンター。必殺の拳を躱した俺の右腕は自由。俺の右拳の先には奴の土手っ腹。俺の踏み込み、そしてお前の踏み込み、大いに利用させて貰うぜ。


 交差する一瞬に、奴の右上腹部に狙いをつける。蓄便量で俺の知覚、肉体能力共に大幅に向上している。我ながら驚くもんだ。


 これは効くぞ、いわゆるレバーブロー。俺の拳が奴の肝臓があるべき場所に突き刺さる。


「――ッ」


 硬い? 奴の腹が想像以上の弾性度をもって俺の拳を迎え入れる。撃ち抜けた感触が少ない。


「ぬうううんっ!」


「――!」


 奴は躱された左拳を、邪魔な小蝿を打ち払うように大きく振る。俺は少し姿勢を低くしてそいつを躱す。振るわれた腕が風切り音を立てて鋭く頭上を通過する。


 そして、バックステップをして一旦距離を取る。なぜ、脂肪が分厚すぎて効いていないのか、やつの身体強化によるものなのか分からないが、これ以上腹を撃っても仕方なさそうだ。狙いは顎か。


 弟者は足元の小石を拾い上げると、ぎゅっと握りしめる。次に手のひらを開いた時、その小石は砂となりパラパラと足元に落ちていった。


「握力×スピード×体重=破壊力! いつまでも小賢しくチョロチョロと避け続けられますかな?」


「チッ、漫画じゃねえんだよ」


 パンパンとエーリの方を確認する。二人は雷蛇の纏った兄者の方と対峙している。距離をとり牽制の仕合が続いているようだ。タコノコと小石の遠距離攻撃で兄者の雷撃を上手く捌いている。俺の方で先に仕留めて加勢しにいきたいが。


「余所見している場合ですかなぁ!」


 肉塊が俺を圧殺せんと物凄い勢いで迫って来ている。強烈なタックル。こいつは腕じゃ、いなせない。ならばこうだ。ぶつかる瞬間、奴のはっぴの裾を掴み下に引きながら上方へ跳躍する、すると俺は奴のタックルを跳んで躱すような形になる。そのままヤツの頭を踏み台にして背側に降り立ち、後頭部に手刀と放つ。


「あぎっ!」


 弟者は変な声を上げて勢いのまま前方へ倒れ込むが、一秒もしないうちにすぐ起き上がって俺を睨みつける。


「御手洗選手、見事な立ち回りですっ! 本当にゴミ級冒険者なのかあぁぁあ?」


 観客は大いに盛り上がるが、俺は内心焦っていた。今の便意はマックスを百としたら大体六十五%くらい。まあまあトイレに行きたいけど、別に行かなくても我慢できる程度である。


 俺はコイツを何時間でも捌き続けられる自信があるが、パンパンやエーリの方は違うだろう。こちらとしては早く仕留めたいが何分コイツはタフなようだ。便性変換は俺の切り札、どう考えてもこいつらよりも強い次戦に取っておきたい。つまり、奴の戦意を完全に折る、もしくは打撃で戦闘不能にさせるには時間がかかりすぎるのだ。


「どうするか……」


 何か策を講じなければ、俺のこめかみに一筋の汗が伝った。


      ◇


 熱気渦巻く大勢の観客席で、胸元の大きく空いた白いシャツと薄ピンクのパンツの大男がゆったりと腰掛ける。そのシャツには赤い薔薇の刺繍が刻み込まれている。彼の目下では三人の新しい仲間達が激闘を繰り広げていた。


「エーリは……、短期間でだいぶ仕上がったわね。まっ、才能にしてはまだまだだけど」


 ルアーナは独りごちる。エーリカには全力投球を今は封印して、加減して投げることを教えただけだった。最初は、全力で投げない投球術などない! などと彼女は供述して頑なに軟投することを拒んでいたが、ルアーナが上手くおだてて訓練したことで何とかものにできたようだ。


「相手の目論見を予想して、先手を打つ。そこまではイイけど、詰めが甘いわ」


 これが本当の殺し合いなら、懲罰ものだ。なぜなら、オーディオコンポを破壊した後に、すぐに速攻を仕掛けていれば試合はそこで終わっていた。まだ、清は甘い、ルアーナはそう思う。


 清が弟者のガードの上から右のミドルキックを放つ。しかし、それほど効果が無かったのか、そのまま足を持たれ投げ飛ばされる。清は飛ばされつつも着地時に器用に受け身を取り、結局お互いにダメージはない。


「当て感、間合い、空間認知能力、一瞬での思考速度。あれは天性の格闘センスね。でも、戦いを決めるにはパワーが足りない」


 清が左足で踏み込んで素早いジャブを放つ、当然弟者は両腕のガードをそちらに集中させる。しかしそれはガードされる前提のジャブ、もう片方の右拳でタメを作る。ワンツーのボディを警戒した弟者の両の腕、二本の太い腕の間に隙間が出来る。


 右拳はフェイント、すかさず左拳で高速のジャブを隙間から打ち込む。軽い打撃が弟者の鼻っ面にぶち当たり、一瞬だけ仰け反った。それを好機と見た清は、コンビネーションの流れの中、右足で弟者の軸足を刈り取る。重い肉体がふわりと宙に舞う。観客が大きく湧き立つ。


 大きく砂埃を上げて墜落する体、すかさずマウントポジションを取る。そして、その頭部にとどめの一撃を加えようと清は右腕を振りかぶった。


「弟者ッ!」


 兄者が手のひらを弟者に馬乗りになった清に向けると、雷光が放たれる。鋭く角ばった緑光の軌跡を描く雷蛇は清の頭部に牙を向く。


 咄嗟に清が飛び退く。雷蛇は通り過ぎ地面に炸裂、土を黒く焦がし、そこは灰色の煙を上げる。


「まっ、そう簡単にいかないわね」


 パンパンは地に膝を付き、肩を大きく上下させている。彼の周囲には黒焦げて煙を上げた地面がそこら中に散在している。エーリカは人を殺さない程度の力で投げるのが難しいようで、なかなかコントロールのつかない自分に苛立ってか、強く唇を噛み締めている。


「さて清。あなたは確実に天才だけど、このままじゃジリ貧よ。YOUの答えを魅せて頂戴」


 ルアーナは自分の逞しい膝に頬杖を突くと、微かに笑みを浮かべた。


      ◇


 ゴングが鳴り響いてから十五分近く。戦闘中の数分というのは無限にも近いくらい長く感じるものだが、俺のギアはむしろ上がっている。頭は冴え渡り、自分が思ったとおりに身体は動く。


 弟者の攻撃はもはやスローに見えるくらいだった。相手が取る行動の可能性、それが何通りか。そしてそれに対する自分の最適な動きの解、加速する思考の中で全て考えた上で選択することができる。


 しかし、加速する思考の中だからこそ確信できる。最適解を選び続けた上で、昏倒させるのは間に合わない。今の俺の攻撃の威力では一撃で倒せないし、締めて落とすにも確実にもう一人兄者の邪魔が入る。


 視界の橋で膝をつくパンパンを認識する。俺のパフォーマンスがいかに優れていっても、現在進行系でパンパンとエーリカに多大な負担をかけている。つまり、戦闘継続をして俺が兄者と弟者に体力の差で最終的に勝利したとしても、パンパンとエーリカが次戦に備えることができなくなるだろう。


 つまり、俺が弟者を倒す以外で実践的な打倒案を考え無くてはならない。何か良い策はないものか。奴らの会話を振り返る。要するにあの強化状態をなんとかできればいいのだが。


『我らはその相手への気持の分に応じて対象を強化できる。なるたんのサイン入り限定円盤の代償ぶん、きっちり支払って貰うぞぉ、ぶひょっ! 』


 なるたんというのは、椿坂49の練浜なるのことだろう。俺のダチの武ちゃんも追っかけてたアイドルだ。まあそれはいい、大事なのは【その相手への気持の分に応じて対象を強化】ということ。これは、二人の信頼関係がモロに反映される能力ということなんだろう。


 信頼関係ねえ。そこを上手く突ければ楽なんだが。


 ……! 


 俺の脳裏に名案が思い浮かび、自分でも分かるくらい邪悪な笑顔が漏れてしまう。


 迅速果断って言うし、いっちょ一芝居かましてみるか!


 弟者の拳をスウェーで避けると、右足の甲で金的を蹴り上げる。耐えがたい内臓痛に弟者が其の場でうずくまる。これでちょっとは止まってくれるだろ。俺は、彼に背を向けるとエーリカの方へ駆け出した。


「パンパン、ちょっとエーリ借りるわ」


「えっ、清!」


 俺はエーリの軽い身体をお姫様抱っこして突然拉致する。パンパンは一瞬動揺したが、俺に何か策があるのだと察してくれたのか、すぐに兄者へ向き直る。


「お、おい、清。これは何の真似だ?」


 俺の腕の中でエーリカたんが目を白黒させている。サラサラの金髪が俺の素肌を撫でる。困ってるエーリカたんも天使だよ。


 俺は疾走感の中で、大声で叫ぶ。


「エーリ、今、お前が欲しかったんだ!」


「な、なんと御手洗い選手、ゴミ階級のくせに愛の告白かぁーーーーーっ!」


「「おおおおおおおおおおーーーー!」」


 おい、ゴミ階級のくせにってなんやねん。一言余計やねん。


 会場が全く別方向で湧き上がる。俺的にはそういうつもりで言ったんじゃないんだけどなあ。要するに、この策にはエーリカたんが不可欠なのだ。だから我慢してくれエーリカたん、すぐに終わる!


「なっ、なっ。いきなりそんなことぃわれても……」


 腕の中の少女は、動揺を隠せず語尾を消え入るような小さな声にして、頬を真っ赤に染める。彼女の心臓の鼓動が腕を通して感じられるくらいだ。彼女の潤んだ瞳が俺の視線に絡みつく。しっとりと湿った桜色の唇が細かく震える。彼女は恥ずかしそうに帽子のつばで顔を隠す。


 うんうん。かわいいぞエーリカたん。でも今はそれどころじゃないんだ。


 俺は、うずくまる弟者の数メートル前に、エーリカたんを腕に抱いて仁王立ちする。


「聞けぇぇぇ、二人のオタクよぉぉぉぉ!」


 俺は出せる限りの声を張らの奥からひねり出す。数千人の視線が俺とエーリカたんに釘付けになる。地に手をついた弟者が鋭い目つきで俺を睨む。


「今更、そんなリア充見せつけられただけじゃ信頼は揺らがないですぞっ……」


 それは知ってる。俺だってそうだ。リア充見せつけられても心は揺らがない。だからもっと強烈なの用意してあるぜ。お前らの仲を引き裂くくらいのな!


 ごめんな、エーリカたん。これは君のためでもあるんだ。


 もう一度腹の奥から全力で叫ぶ。仲間のためにッ、俺はアリーナの中心で歪んだ愛を叫ぶッ。


「お前らがここで降参したら、エーリカたんのたゆたゆおっぱい・・・・、死ぬほど触らせてやんよおおおおお!」

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