第12話 きよし、ただのヲタ芸だと見破る
既に夕焼け色になった空に立ち上る熱気、観客達の密度、そして行き交う怒号、歓声。どれをとっても俺のフルスロットルのエンジンには上質のガソリンだ。前の組の試合を間近で見せられ、闘争の本質を己の心臓の拍動で理解する。
「さぁ、続いて始まりますはブロックCの第一試合ィ。実況は私うさぴーがお送りさせていただきマスッ!」
闘争の舞台には不釣り合いな女の尖り声が、逆に頭を冷やしてくれる気さえする。俺、珍しく燃えてるぜ。 じいちゃんも上から覗いてんだろ? 蒙昧の豚どもに魅せてやるぜ。アンタから貰った力をな。
「解説わぁー、引き続きレミラスさんにお願いしておりますっ!」
「ハイ、よろしくデス」
パンパンに、エーリカ。お前らも最高にクールだぜ。特にパンパン、てめぇのレザーの上にレザーアーマー着てんのはやる気上等ってことかァ? エーリカ、おめぇのブーブスはまるで爆発寸前のTNT。敵にそいつをぶちかましてやれ。ハートの中で燃え上がるセクシャルボンバーにやつら大目玉するぜ。
「清、なんかキャラ変わってるクマ」
「緊張してんじゃねーの?」
「……はい、実は」
くーーーっ、強がってみたけどこんなの緊張しないほうが可笑しいだろ。生まれたての子鹿みたいな両足の単振動がさっきから止めれれねー。だいたいなあ、前のブロック試合怖すぎんよ。
なんでお互いにメリケンサックつけて仁王立ちで殴り合ってるの? ファンキーだとは思うけどさぁ。そのせいでどっちも血みどろになって勝った方も負傷棄権してんの馬鹿でしょ?
俺さぁ、痛い思いすんのせめて下した腹だけにしたいんだよね。
「緊張してるのは清だけじゃ無いクマ。さっ、手を出すクマ」
重なる俺達の手のひら、エーリカの白く繊細な肌が少し冷たく、パンパンの分厚い肉球はどこか温かい。しゃーない。俺が鬨の声、あげてやんよ。
「アナルパンダぶりぶりーずッ、三、二、一、行くぞっ、ウェイッ!」
「ウェイクマ!」 「うぇーい」
交差する視線はそれぞれの覚悟を孕む。この感じ悪くないね。俺らはチームだ。
「それでは、レッドサイド! アナルパンダぶりぶりーずぅ、かもーーおんんッ!」
足並み揃えて一歩を踏み出す。斜陽で燃え上がった闘技場に、まるで熱気で舞い上がったみたいに砂煙が吹き荒れる。さぁ、来いやナードども。俺は一人じゃあない。
「ブルゥゥゥーーーーーサイド! 日本からきますたww アアアアァァッ!」
オーガとオークみたいな物陰が砂煙の中に現れる。橙色に染め上げられた砂粒が次第に薄くなっていき、奴らの姿が明らかになる。
スタジアム全体がブーイングと歓声の入り混じった狂騒に包まれる。
「なんとぉぉ、これが異世界流かぁ? 日本からきますたの二人ィ。なんとも珍妙な格好をしているぞおおおお!」
砂煙から完全に暴かれた二人の姿、それは風にたなびく桃色鉢巻、そしてドンキに売ってそうな素材のハッピ。そして特筆すべきは、両手に握られた輝く双棒。そう、蛍光グリーンのサイリウムだ。
その足元には、つや消しブラックで輝く高級そうなオーディオコンポ。電源はどこ?
「兄者ッ!」
「弟者ッ!」
背の高いほうが背筋を伸ばして立って己の額に指をくっつける。小さい方は鷲がしゃがみ込み伏せるような姿勢をとる。
「「これが異世界流・舞踏打戦闘術ナリッッッ!」」
サイリウムの先端が夕日をギラリと反射する。二人が決めポーズで高らかに宣言する。
「「「オオオオオオオオオオオオ!」」」
会場が一気に沸き立つ。それに対して満更でもなさそうな二人のオタクッ。
――ッ。
これは、これはッ。
どっ、どう見ても二人のオタクがヲタ芸をしようとしているだけだッッ!
「……俺の緊張と覚悟はなんだったのか」
あまりの拍子抜けに前につんのめってズッコケそうになる。異世界から来た俺には簡単すぎる答えだ。
「な、なんだあの格好は。大規模魔術でも行使するクマ?」
「これが、師匠の言ってた忌避すべき禁断の存在ッ! “あにぶた”なのかっ!」
この世界的にはそういう認識なのか。エーリカの方は汚れた師匠のおかげで歪みに歪んでるけど。
おそらく奴らの能力はヲタ芸に由来するものなんだろう。なら話は簡単だ。ヲタ芸を“打たせなきゃ”いい。
カーーーーーーーンッ、高らかにゴングの音が鳴り響く。試合開始だ。ヲタ芸を打たせないだけなら簡単だ、どんな電波ソングが流れるか知らねえが、あのオーディオコンポをぶっ壊してやればいい。
「パンパン、エーリカよく聞け。あいつらの能力は、魔法舞踏家のような相互バフだ」
「なんでわかったクマ?」
「理屈は後だ。あの黒い箱みたいなのにタケノコをぶちかませ。エーリもあれを狙え」
「おっけー。“あにぶた”は殺せって師匠が言ってたからねー。容赦はしないよ」
エーリカは足元の小石を拾い上げると歪に口角を引き上げる。薄ピンク色の唇から白い犬歯が小さく覗く。左手で帽子のつばを持って深くかぶり直すと、可憐な横顔は影に覆われた。
いやいやちょっとまってよ。ちょまてよ。君のまじでコンポごとオタクを肉片にするつもりだよね、その邪悪な顔さぁ。
「いや、(殺したら)いかんでしょ」
ルール上敗北するし、君が間違えて観客席に投げ込んだらドナドナだよ。いつか、師匠によって歪められたエーリカの思想を矯正する機会が必要かもしれない。
「いかんのか?」
「いかんのです。ってこんなコントやってる場合じゃなーーいっ!」
しょうもないやり取りをしているうちに、ぶひょひょ隙ありですぞw、と小さい方のオタクがコンポのスイッチを押そうとしている。
「パンパンッ、早く!」
「タケバースト、
咄嗟に突き出したパンパンの指先から、ショットシェルくらいの小型タケノコが射出される。これはおそらく新技だ。従来のタケノコよりも質量が小さいために弾速が圧倒的に速い。
小型タケノコ弾は渦を巻くように砂埃を切って
「弟者ッ!」
しかし、
「兄者ァッ!」
吹き飛ばされつつも、衝撃をなんとかガードしている兄者は声を荒げる。
「私のことより早く音源をお願いしますっ!」
パンパンが牙で唇を噛み締めてに俺の方を見る。次弾が届くまでに……くそッ、間に合わないか。
「承知致しましたぞぉぉぉぉッ」
はっぴを風に揺らした弟者の人差し指が一度大きく茜色の天を指し、そのままコンポの再生ボタンに吸い込まれてゆく。
刹那、軽やかな、どこかコメディ地味たプーンという音が一瞬通り過ぎたと思ったら、次の瞬間には弟者の悲痛の叫びが辺りに響いていた。
「うがあああああああっ、ゆっ、指がああッ!」
なぜか弟者は“何もない地面”を全力の力をもってして、人差し指で押し込んでいた。
「少女エーリカッ、何と凄まじい精密射撃だぁぁッ」
「「「おおおおおおおおおおおおおおお!」」」
俺の理解が追いつく前に、実況と共に会場が怒涛の如き興奮の渦に巻き込まれる。観客の視線の先、それを確認し、そこではじめて俺は状況を完全に把握する。
弟者の遙か後方、一直線上。スタジアムの壁際で例のオーディオコンポが完全に粉砕破壊されていた。そして、その直線上に在る者がもう一人、不敵な笑みで小石を握る金髪ツインテールの野球帽。
マウンドに立つが如く砂埃を纏う、少女エーリカである。
「エーリ!」
興奮して思わず名前を呼んじまった。すげえぞエーリ! オーディオコンポだけ狙い撃ちして、しかもあの威力。あのムカつく煮玉子解説は割りかし正しかったかもしれない。
「まっ、あたしの制球力舐めちゃだめだかんね。打たせて取ろうと思えばこんなもん」
ドヤ顔で言ってることは割と支離滅裂だけど、この際どうでもいい。ヲタ芸の要である音楽装置を破壊した。これでほぼ勝利したようなものだ。
「ふむ、どうやらあなたも異世界の方だったということですね。私達について事前知識があったということですか」
砂まみれのハッピを払いのけながら兄者が起き上がる。両手にはまだサイリウムが握られている。
「まあな。ダチがドルオタでな」
昔のことを思い出す。俺の友達の武ちゃんは狂ったくらいドルオタで、野球部のユニフォームを買うお金でライブに行き、母親にシバかれていた。まったく懐かしいぜ。
「そうですか。それなら音源を狙うのは当然ですね」
「さしずめお前らの能力がヲタ芸に関するものと容易に想像できるからな」
「でしょうねぇ。さっ、弟者。立ち上がるのです」
指を痛めた弟者の重い体躯を、乾いた土から兄者の腕が引き剥がす。指を痛めてなお、彼の手にはサイリウムがしっかりと握られている。
「ありがたいですぞ……。兄者」
髪まで砂まみれの弟者が俺らの方へ向き直る。こいつも俺の話聞いてたよな?
「というわけだ。同郷のよしみもあるし、お前らを痛めつけるのは好かねえ。エーリの威力見ただろ。そのサイリウム置いて降参してくんねーかな?」
風が吹く。激しく砂埃が舞い上がる。一瞬奴らの姿が完全に見えなくなる。微かに見えるのは揺らめくサイリウムの光。緑の光の軌跡は激しく大きな弧を描き、機敏に動きを反芻する。
粉塵の中から兄者はゆっくりとした言い様で語りだす。
「あなたは大きな勘違いをしています」
「なに?」
奴らは能力を封じられたはず。それでまだ戦闘継続する理由があるというのだろうか?
「ヲタ芸に
砂塵の中で揺らめく緑の光線の角度はどんどん鋭くなり、速度が上昇する。閃光は砂塵を切り裂き、やがてそれだけで舞いとなる。大きな光の弧は連続し、線となり、まるで命を与えられた生物のように蠢く。
「まずいっ」
兄者と弟者の声は共鳴し、木霊する。
「弟者ッ!」 「兄者ッ!」
互いが互いの呼吸を完全に合わせる。
「「
「「死してなお推すこの忠誠心ッ」」
「「
「「推して推して推し続けてッ」」
「「あなたの歌は我が心中に在りッ!」」
「
「
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