第9話 きよし、うんこしたすぎて理性を失う

 嵐の夜、暗闇の客室の中でパンダ獣人は一人佇む。風雨がガラス戸を激しく打ち付け、稲妻が部屋中を一瞬だけ真っ白に染める。遅れて重厚な雷鳴の音が轟く。パンダ獣人ことパンパンは、その笹を食べやすそうな口をゆっくりと開いた――。


 ――どうも、おいらはパンパン。突然だけど、みんなにとても悲しいお知らせがあるクマ。うん。これはとっても言いにくいことなんだクマ。それでも伝えなくちゃいけないことなんだクマ。

 

 なんでお前が地の文で語ってるんだよって?


 それもお知らせの内容と深く関わっていることクマ。


 いやおかしいだろって?今までに一回もお前主観で話が書かれていないって?


 それはその通りなんだクマ。でもね、おいらが語らなかったら誰が語るクマ?つまりそういうことなんだクマ。


 はっきり言わなくちゃ伝わらないよなあ、とでも言いたい様子クマね。


 おいらは、清の最初の仲間として、清の相棒としてこれを言うのは躊躇われるんだクマ。誰にだって認めたくないものってあるクマ? 


 とくに今回の件は、おいらにとって本当に認めたくないもの、に当たるんだクマ。


 お前意外と清に思い入れあるんだな、とか思ってるクマ?


 恥ずかしい話それは否定できないクマ。なんせおいらはパンダ熊族でも異端の輩。皆が笹食ってる中、タケノコだけ食ってるんだから友達も出来ないクマ。


 それで異世界に飛ばされてきて、清はおいらの初めての仲間なんだクマ。


 ごたくはいいから、早く教えろ?


 しょうがないクマね。覚悟して聞くクマよ。端的にいうとクマね、清は“完全に壊れてしまった“クマ。それこそ、主人公として語ることが出来ないくらいに……クマ。ま、百聞は一見にしかずクマね。


 清の様子を見るクマ。それでわかって貰えると思うクマ。


 これが今の清クマ。数日前の活気はもうない、惨めな青年クマ。


「うんこうんこ……。うんこうんこうんこ……。うんち」


 目の焦点も合ってないクマ。今日はルアーナに肛具をつけられて四日目だけど、ついに今朝から清は「うんこ」しか呟けなくなったクマ。


 あ、今うんちって言ったから、厳密にはうんこだけじゃないクマね。


 二日目までは、健気にも清は苦痛(べんい)と勇敢に戦っていたクマ。もう痛えんだから、少し食ってもどうせ腹の痛みは変わらねえよ、とか言って下剤入りの食事も自分から摂取していたクマ。

 

 おいらも笑い事で済ませられると思っていたクマ。


 でも三日目あたりから、急に様子がおかしくなたんだクマ。顔面蒼白で急に口数が少なくなったんだクマ。


 流石においらも不安になって「大丈夫?」って聞いてみたけど、「俺は毘盧遮那仏びるしゃなぶつを理解しつつある」なんて言い始めたクマ。


 挙げ句の果に、「肛門にかかる正のフィードバックのおかげで漏らすことはない」とか「チンコビンビンですよ、神」みたいな支離滅裂なことしか言わなくなったクマ。


 まずいと思って、ルアーナとかエーリに取り合ってみたクマ。


 けど「あいつがおかしいのは最初からだろー?」とか「アタシはあの子を信じてる。だから心配しないで」とか言って話にならないんだクマ。


 そうこうしているうちに日は変わって、朝になったときには、清はすでに今の状態だったクマ。


 ルアーナが言った約束の四日間まであと数秒。結果的に清はただの一度もうんこを漏らすことはなかったクマ。彼は本当の戦士クマ。だけど、だけど……。


 ごめんクマ。ちょっと、おいらも感情的になってるクマ。ちょっと……言葉が出にくくなってるクマ。見苦しいかもしれないけれど、寛大な心で許してほしいクマ。


 ……。


 ……三秒、二、一。零。はい。清、四日間お疲れ様クマ。清の頑張りはおじいちゃんもきっと見ていてくれているクマ。もちろん、おいらだって一番近くでそれを見ていたクマ。だから……だからこそ、おいら悔しいクマ。


「うんこうんこ……うんち」


 ふふっ、そうクマね。一番悔しいのは、おいらじゃなくて清クマね。耐えて耐えて耐え抜いた末の結末が、こんな状況なのなんだから。


「うんこ……うんこうんち、うっ、うううんうんうんん」


 いきなりどうしたクマ?


「ううんのうん、うんこ、んうんうんうん、ううううう」


「ううううんこうんこうんちッ……大便ッ!」


 き、清。いきなりどこに行こうとするクマ。そっちは壁クマ。トイレに行く入り口はあっち……


「ァァァ大便ッッ!」


 かべが……壁が、一撃で消し飛んだクマ。生身の拳で……なんて威力クマ。ああ、そしてトイレはそっちじゃないクマ。そっちは、ルアーナの部屋だクマ。


 ――ま、まさか、清。こんなになってまでも、あの肛具を外しルアーナを打ち倒そうとしているクマ? 正気の沙汰じゃないクマ。倒さなくてもきっと後で外してくれるクマ。


「あ、パンパンと清じゃん。うぃーすっ」


 エーリ! やばいクマ! 清が止まらなくなっているクマ!


「DDDDDDDA、大便……」


「うわっ……たしかにすごい魔力だなー。こりゃあたしには手に負えないわー」


 だからと言ってこのままにしておけないクマよ。屋敷ごと吹き飛ばしてしまうかもしれないクマ。


「つっても、あたしの屋敷じゃないしなー。おっさんが責任もってなんとかしてくれるでしょ」


「んじゃ、おやすみー」


 あああーー! エーリ。君もたいがいマイペースすぎるクマ! あっ、清、走っちゃだめクマ! 床を吹き飛ばすのを止めるクマ! あああーー!


      ◇

 

 今、アタシルアーナはとんでもない戦士(バケモノ)を生み出してしまったのだと、改めて確信したわ。


 アタシが貴族のお坊ちゃまから冒険者になって、はや二十年。当時、ゴミ階級冒険者の烙印を押されたアタシは、大きく落胆したものだったわ。でもね、この右腕に輝く白金の腕輪があたしの努力と経験を証明してくれているの。


 ときに数多の危険種や危険能力者と渡り合い、大切な仲間を失ったこともあったわ。アタシ自身が命の危機に瀕したことだってあるわ。


 だから、冒険家業を舐めてはいけない。アタシは当時のアタシと清を重ね合わせて強く当たってしまったのかもしれないわ。


 アタシが駆け出しでゴミ階級冒険者と評された時、アタシにもパンパンのような仲間がいたわ。それはもう気立てのいい女の子でね、彼女は銀階級だったけどゴミ階級のあたしにも分け隔てなく接してくれたの。


 家出した貴族の坊っちゃんだったアタシはね、当然恋愛なんてしたことがなかったからね。凹んでる時に可愛らしい女の子に助けて貰ったりしたら、そりゃ惚れちゃうわよね。


 ま、馬鹿な話ね。それから、舞い上がっちゃったアタシは彼女にパーティを組もうなんて申し込んじゃって。今思うと、受けてもらえるはずもないんだけど彼女は笑顔でそれを受け入れてくれたわ。


 ゴミ階級と銀階級。ちぐはぐなコンビが出来上がったわ。アタシが敵に無理して突っ込んで、彼女が能力でそれを癒やす。能力だけ見たら前衛と後衛でバランスとれていたかもね。不器用ながらなんだかんだ上手く回っていたわ。


 そうしていろんな依頼をクリアして、少し危ない橋も渡って、アタシがゴミ階級から鉄階級に上がったとき彼女はアタシと一緒に本心から喜んでいたわ。

 

 この時、アタシは馬鹿だったからね。このまま彼女と一緒に金階級にでもなって、お金を稼いだら郊外に家でも建てて、家庭を持つのも悪くないな、なんて妄想してたりしたわ。


 ま、そういうのも幸せだって今も思ったりするわ。彼女も、若いアタシのことをきっと好きでいてくれたし、今でも彼女への気持ちがない、と言えばそれは嘘になるから。


 実際、アタシは銅階級に上がった時、すでに金階級になっていた彼女にプロポーズをしたわ。


 銅階級のあなたにはまだ早いって、彼女には笑ってごまかされたわ。本気だったアタシは傷心したものだけれど、年を重ねた今思うと、彼女は照れ隠しをしていただけできっと本気で考えていてくれたわね。


 二人共、階級が上がり冒険者として仕事をすることに慣れていったころ、冒険者ギルドにある依頼が届けられたの。


 闇夜の烏ナイトクロウ討伐の依頼。当時、闇夜の烏ナイトクロウは精鋭揃いの暗殺者集団としてその悪名が知れ渡っていたわ。それを叩くため王都から特別に発せられた依頼ね。


 成功報奨は、無条件の白金階級への昇格、そして二千万アピアだったわ。今思うとホントアホだと思うけど、思い上がったアタシ達はそれに参加したわ。多パーティ参加型の依頼だったから多くの冒険者が我先にと駆けつけた。


 そりゃそうね、参加するだけならタダなんだから。本気で狩ろうと思ってるやつがどれほどいたことか。


 ごめんね、話が長くなったわね。ま、アタシもこのときの事、詳しく思い出したりしたくないんだけどね。手短に言うと、彼女はこの依頼で死んだわ。


 相手は狡猾な暗殺者。アタシが突っ込んで、彼女が癒やす。相性は最悪ね。アタシが振り返ったときには、彼女の腹部は真っ赤に染まり彼女はそのまま地に伏していたわ。


 彼女は消えゆく命の灯火の中で、こう言ったわ。



「ルアくん、ごめんね。ほんとは……。わたし、ルアくんと、ずっと……過ごせたらいいな、って。……結婚式、二人で、あげたかったね」

 


 ……。


 ……あたしは、彼女を救うことも出来ず、一人で惨めに逃げ帰ったわ。


 こうして……アタシには女性を愛する資格はない。そう思うようになったの。


 ま、心が折れそうになったこともあるけど、その後も闇夜の烏ナイトクロウを倒すためだけに、鍛錬も冒険も続けて、この白金の腕輪をつけるまでになったというわけね。


 ちなみに、彼女が良くやっていた慈善事業その他もろもろ全てあたしが引き継いだわ、せめてもの罪滅しね。


 ふふ、ま、こんだけ自分語りして、何を言いたいかっていうとね。アタシは……昔のアタシによく似た清に、アタシと同じ痛みを味わって欲しくない。



 YOUと、YOUの仲間たちのキラキラと煌くその時間を、大切にしてほしい。


 それだけなのよ。



「ルーアナさん! 清が、清が止まらないクマ!」


「ダイダイダイダイ、大便ッッ!」


 YOUを纏う膨大な魔力、天に立ち上る気迫、強化された肉体。全てが白金階級以上ね。軽く見積もって透金ミスリル階級に匹敵する能力。もしかしたらアタシの冒険家人生で一番の難敵かもしれないわね。


 雷鳴が轟く。大粒の雨がお互いの肌を打ち付ける。大暴れするには嵐の屋上(ここ)は良い舞台。


 YOUはアタシとは違った。YOUの能力は間違いなく強い。


 そしてこれはYOUの天賦の才と、アタシの意地・時間・経験のぶつかり合いッ!


「清、全力で来なさい。YOUに仲間を守れる力があるか、アタシが試してあげるわ」


 これはアタシからYOUに送る挑戦状。持てる全てを出し尽くして、アタシに力を示しなさいッ!


「ダダダ、DIEッッ!」


「――早いッ!」


 強烈な右足の踏み込みと突進から、左足を軸にした低い姿勢での足払い。寸分の差で宙へ逃れ躱したが、予測がなければ確実にバランスを崩されていた。


 否、衝撃で足の骨が折れていたかもしれない。


 そのまま清の背側に着地し、彼の襟元を掴み、背負い、巻き込むように屋上の床に叩きつける。


 しかし、清は叩きつけられたにも関わらず、空いた両腕で足首を刈り取ろうとしてきた。


「――ッ、効いてないのね」


 そのまま後方に飛び距離を取る。清は猛獣のような構えで飛びかからんと機を伺う。


「出し惜しみしてられないわね」


 獲物の鉄棍棒をゆらりと下段に構える。次の一撃がこの勝負を決める。


「この桃色は、あたしの決意」


「この白銀は、かつての理想」


「守れるものを守れずに」


「己の力を過信して」


「失う時は、ただ一瞬だけ」


「誰があたしを赦そうか」


あたしあたしを赦さない」


「この生が尽きる最期の一瞬そのせつなまで」


あたしの懺悔は止められない」



「「懺悔滅罪ざんげめつざい金剛五体弘誓之鎧こんごうごたいぐぜいのよろいッ!」」

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