第8話 きよし、うんこする自由を奪われる

「くぅ……はぁ、はぁ、はぁ、うぐっ」


 また来た。来やがった。これで何波目か。もう覚えていない。それでも、この波を凌がなければ俺に未来はない。


 ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ。


 止まらない腸の蠕動(ぜんどう)運動、それに合わせて波状攻撃を仕掛ける強烈な腹痛。もう何度目かも分からない地獄の責め苦に俺は大きく顔を歪める。


 ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ、ぐるるるるるるるるっ!


 俺の下腹部が唸り声を上げる。それと同時にキリキリと締め上げるような鈍い内臓痛が引き起こされ、俺は大量の冷や汗をダラダラと流す。


「――ッ、聞いてねえぞ。こんな苦しみ」


 全身全霊で外肛門括約筋を収縮させ、荒れ狂う濁流をせき止める最後のダムとする。


 ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ


「んがぁああああああああああああっ!」


 痛みの周期が加速する、それに同期させるように括約筋を締め上げ、凄まじい便意になんとか抵抗する。それでも痛みが留まることはない。今、俺を襲う苦痛に、そして今後増大するであろうその苦しみに、俺は絶望する。


「くそ、あのホモ野郎。ルアーナァァァ! 絶対に、絶対に許さんぞおおおおおおおおおお!」


 あいつ、ぜったいに許さねえ。あとで絶対に痛い目合わせる。この苦しみべんいの代償、きっちりと支払って貰うからな。


………………

…………

……。


 それは昨日のこと。


 ビッグ・シティ。ウェスト・フラワー地区。ここは、繁華街からは少し離れた郊外だ。広い敷地を持った小金持ちの屋敷がポツポツと点在していて比較的治安も良い。のどかな雰囲気で、暖かな日差しのもと鳥たちが歌声をあげている。


「さぁ、こっちがYOU(ユー)達の食堂よ」


 ルアーナが自分の屋敷を、俺、パンパン、エーリカたんの三人に案内する。薔薇が咲き誇る広い庭つきの豪華な洋館に到着した時、館の主以外の誰もが言葉を失った。真っ赤なカーペットが敷いてある長い廊下には、薔薇のいけられた花瓶や大理石でできたイケメン像が一定間隔で飾られている。


 ルアーナに導かれるまま、木製の豪奢な扉の向こうへ案内される。するとそこは、キャンドルの立てられた長机が中央に据えてある、広い会食場だった。


「めちゃめちゃ豪華クマー!」

「おー、すげーなー」


 エーリカたんはせわしなくキョロキョロと周りを見渡している。場違いの野球帽も合わせて、修学旅行に来た小学生みたいな雰囲気で可愛い。


「さ、好きな場所に座って頂戴」


 ホモに促されて全員が椅子につく。尻のところが妙にふわふわだ。めっちゃ高級な椅子かもしれない。


「本日は、アタシの屋敷にようこそ。衣食住はまかせなさい。そのかわり、本番までみっちりシゴいてあげるわ」


 ルアーナはじゅるりと舌なめずりする。うぇぇぇぇ、金持ちの癖に本当に気色の悪いやつだ。


 そもそも、どうしてこんなところに俺たちが連れてこられたかというと、ルアーナが昨晩こう提案したからだ。


『ギルドバトルを勝ち抜くには個人の実力も、チームワークも必要だわ。そのために特訓をするならアタシの屋敷を使いなさい。もちろんお風呂、食事、全部ついてるわよ♡ 』


 俺はこのホモを信用できないから断固反対したのだが、パンパンとエーリカたんに押し切られ、ルアーナの提案を受け入れることになってしまった。とくにエーリカたんが『おっさんのお屋敷……。いきたい! 』と、きらきらの瞳で期待を膨らませているのが可愛らしすぎて、最後まで反対派を貫くことはできなかった。


 そんなこんなで、ギルドバトルが開催されるまでの少なくとも二週間を、俺たちはこの屋敷で過ごすことになったのだ。


「先に紹介しておくけど、YOU達の身の回りの世話をしてくれるアキトとマキトよ。茶髪のほうがアキト、黒髪がマキトね。さ、昼食の準備をなさい」


 ルアーナがそう言うと、タキシード姿の二人の青年執事が俺らの前に手早くランチを並べ、深々とお辞儀をする。

 

 よく見るとどちらも長身痩躯で、恐ろしいくらい整った顔をしている。ちくしょう、こんなイケメンが二人もいたらエーリカたんを取られちゃうよ……ぐぬぬぬ。


 俺の心の機微を読み取ったのか、茶髪の方の執事がこちらの耳もとでこっそりと囁く。


「心配には及びません清様。私達はどちらもホモセクシャルですので」


「……」


 お陰様で別の心配事が増えましたよ。お気遣い本当にありがとうございます。この屋敷、主といい従者といい魔窟すぎますねぇ。


 歓談を交えながらの豪華なランチを摂り終わったあと、皆で屋敷の裏庭に出る。冒険者ギルドの酒場で出される食事なんかよりも、百倍美味しかったのがなんか地味にムカいた。


 テニスコート二面分くらいの芝生の庭で、かなり手入れが行き届いていた。あのBL執事たちが管理していると思うとゾワゾワしてくる。


「さて、YOU達がここでやることは唯(ただ)一つ。まずは己を鍛え上げることよっ!」


 妙なテンションでルアーナが宣言する。嫌な予感がするぜ。


「お~、修行するぞ! 修行するぞ!」

「オラ、強くなりてぇ、クマ!」


 大喜利大会かな? それはさておき、ギルドバトルに出場する以上、個々の能力を高める必要があるのは確かだ。本戦でルアーナ以上の相手と対峙した時、俺やパンパン、そしてエーリカたんでは太刀打ちできないだろう。


「それで具体的にはどうすればいいんだ?」


「YOU達にはそれぞれ別メニューを用意してあるわ。エーリはアタシと投げ込み練習。技の精度を高める必要があるわ」


「ほーい。投げ込みなんて師匠以外を相手するの初めてだー」


 ぐるんぐるんと腕を回して準備運動をしてる。ぴょんぴょんとジャンプすると、ぽよんぽよんとたわわが揺れる。うひょ、えっちだねぇ。


「パン君は……んー、YOUの能力は比較的完成されてるのよねえ。もともとサポート寄りだし、能力を応用することを中心に考えなさい」


 パン君ってパンダじゃなくてチンパンジーじゃん。


「了解クマー」


「あと、清。今朝うんこは済ませたわよね?」


「ああ、もうニワトリにはなりたくねぇからな」


 昨日食った分も含めて快調快便、まったく素晴らしくスッキリな朝だったぜ。


「なら丁度いいわ」


 ギラリとホモの瞳が輝く。ぞくりと背筋が凍りつく。こいつが何を企んでいるか分からないが、これは、“やばい”。酒場で感じた気配と同じだ。すかさず、俺が背を向けて逃走しようとすると、ルアーナはパチンッと高らかに指を鳴らす。


「アキトッ、マキトッ!」


「「はっ……旦那様」」


 長身痩躯のイケメン執事二人が、俺の逃走経路に回り込んでくる。くぅ、こいつら早えぞ。茶髪の方アキトに行くと見せかけ、黒髪マキトの脇を抜けようとしたが、踏ん張った右足を一瞬で払われる。


「――ッ!」


 重心が宙に舞い、体の自由が効かない。その隙きに茶髪のほうアキトが俺を羽交い締めにする。ちくしょう、捕まった!


「おい、離せッ!」


 四肢をバタつかせるが逃れられる気がしねえ。こいつら、早いだけでなく相当力も強いぞ。……と思ったけど、今朝うんこしたばっかりだし、俺がめちゃめちゃ弱いだけかもしれない。


「お客人に申し訳ありませんが、これも旦那様の命令ですので」


 手が空いている方、黒髪マキトが俺のズボンの腰のところに指をかけると、一気にそれを引きずり下ろす。豪華な洋館の庭先で、俺の下半身は丸裸の状態にされる。なんの罰ゲームだよ!


「あらぁ……♡」

「見せられないよ、だクマ」

「あ~、あたしはそういうの興味ないし」


 おいお前ら何呑気に感想漏らしてんだよ。エーリカたんも目を隠した指の隙間から何だかんだ見てるし! 


「ぬわああああああ、おい! 何するんだこのホモ野郎!」


 くそ! 動けねえ! こいつらほんとに俺に何をするつもりなんだ! 


 すると黒髪マキトは、後ろの籠から電極パッド(?)のようなものがついた黒いスパッツを出す。そして、そいつを下半身半裸の俺にスルリと履かせると、腰あたりでガシャンとロックをした。


「失礼いたしました。これで終わりでございます」


 黒髪マキトがそう言うと、茶髪アキトもすぐに俺を解放してくれた。強制的に履かされた謎の装具(スパッツ)を脱ごうとしてみても、きつく錠がしてあって腰から下に下ろすことができない。


「おい、これは何の真似だルアーナぁ!」


「フフ、それこそがYOUの修行よッ」


 ホモは俺の下半身をバチッと指差す。


「YOU、肛具って知ってるかしら?」


「いや知るわけねえだろ」


「肛具とは、肛門プレイ好きの皇帝アヌアンヌス六十九世が、多額の私財を投じて一流の職人に作らせた伝説の装具。世界にだいたい千個くらい存在すると言われております」


 丁寧に茶髪アキトが説明してくれる。もう突っ込みどころが多すぎる。まず千個って多すぎだろ! ぜってえ需要と供給が釣り合ってねえって! 


「そうそしてこれが千の中の一つ。肛具の中でも傑作と言われる【第六肛位継承之脚絆シックスアヌスパッド】よっ!」


「グォッグォッグォッ!清も災難クマねえ」


 おいくそパンダ、笑い事じゃねんだよ。


 あああああ……頭痛くなってきた。肛門プレイ好きの皇帝が作らせた代物なんてどうせ碌でもないに決まってる。そして、それが俺の股から抜けなくなっている……。絶望だ……。


「んで……それはどういう機能で、俺の訓練とどう関係があるんだ」


「習うより慣れろ、といったことわざがあるように体験するのが早いわ」


 ぽちっとな。ルアーナが手元にあるボタンを押す。なんだ……何も起きないじゃないか、そう思った束の間。


「ぐぎぎぎぎぎぎっぎぎぎいぎぎぎぎぎぎ!」


 ぎゃああああああああああ! スパッツのパッドから強烈な電流が流れ、俺の肛門が強制的に収縮させられる。俺はエビ反りになり芝生の上で悶絶する。なんで……なんで俺がこんな目に……。涙が出てきた。


「おまえ、大丈夫かー?」


 エーリカたんが心配してくれている。ごめん、大丈夫じゃない。もう、心が折れそうだ。じいちゃん助けて。助けてクレメンス。


「こんな風に、YOUの肛門に定期的に直接電気刺激を与え肛門括約筋を鍛え上げるわっ! もとは、皇帝アヌアンヌスの肛門プレイで、ガバガバになった男娼を矯正するために作られた肛具だそうよ」


 そんな狂気の代物をパーティーメンバーに装着するコイツのヤバさよ。うんこ界のうんこ掃除のほうがマシな気がしてきた。しかし脱げないとなると、これからどうやって過ごせばいいんだ?


「いい加減にしてくれ。これじゃあ、うんこすることもできない」


「それが狙いよ」

 

 はぁ? 何いってんだコイツ?


「今日から四日間、YOUはうんこを我慢するだけ、特訓はこれだけよ!」


 なるほど。俺の蓄便能力を高めて戦闘力を底上げしようという狙いか。しかし、四日間か。きつそうだがそれくらいなら何とかなる、のか? とりあえず定期的な電気刺激に慣れないといけない。


「言ったな、四日経ったらコイツを外せるんだな?」


「そう、我慢できたらね。ちなみに、途中で漏らしたらYOUは感電して死ぬわ。あと、YOUの昼食にだけ下剤を混ぜておいたから、楽しみにしておきなさい」


 死ぬ? はい?


「は? いまなんつった?」


 冗談にしてはきつすぎねーか? 流石に脱糞して死亡とかないって! 


「漏らしたらマジで死ぬわ。あとご飯は下剤入りよ」


 ズキンッ ズキンッ


 言うまでもなく腹が痛くなってきた。くそが。あいつの下剤の効果が早速現れているというのか。このままでは脱糞して確実に俺は死亡する。だからその前に。


「コロス。いまお前をここでコロして鍵を奪う」


 ゼッタイニコロス。人間が行っていい仕打ちじゃない。自分の身は自分で守れるはずです、たしか大物有名人もそう言ってたよな。俺は俺自身を守るためにここでコイツを討ち果たすッ!


 二人の執事がホモの脇を固めるが、ルアーナは手でそれを制止する。


「YOU。殺せるものなら殺してみなさいな」


 余裕の表情かよ。なめた面しやがって。俺をなめたことを今すぐにでも後悔させてやっぞ。


「いくぞおらぁっ!」


「清、やめるクマっ!」

「あーあー、やっちゃったよー」


 俺は拳を握りしめ全力で地面を蹴る。己の拳でこのふざけた男色野郎を打ち倒すッ!便神の…ッ


「ぽちっとな」

 

 ルアーナは笑顔で例のボタンを押した。


「あぎゃぎぎぎぎぎぎっぎいぎぎぎぎぎぎぎぎいぎぎぎ!」


 その瞬間、強烈な電流が尻に流れる。肛門と一緒に大腿も痙攣して前につんのめって転んでしまう。痺れて動けない!


 くそぉ、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 なんで、なんでこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃ!


「ま、これもYOUに必要な試練よ。さ、エーリ。練習しに行くわよ。あっちが広くて丁度いいわね」


「はーい。おっさん、あたしの球ほんとに受けられんの?」


「受けるのは慣れっこよ♡」


 惨めな俺にまったく興味もなさそうにエーリカたんも行ってしまう。ああ、エーリカたん、助けて。助けてよぉ。


「うう……。ううう……」


 悲しすぎて涙が溢れ出る。俺の異世界生活はどうなってしまうんだ。


「清、これで涙を拭くクマ」


 パンパンが渡してくれたハンカチで涙を拭く。こいつ、やっぱりいいヤツだなあ!


「パンパァン……!」


「四日間耐え抜いて、ルアーナを見返してやるクマ。おいらも清が耐えられるようにサポートするクマ」


 その優しさが眩しい。お前は、お前は俺の天使だ! 俺が冒険者を極めて王になったら、コイツを一番偉い家臣にしてあげよう。

 

「あああ! 心の友よーー!」


 そうして波乱の特訓一日目が始まったのだった。


………………

…………

……。

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