第6話 きよし、イキったあげく鶏になる

 青草に覆われた草原に雲一つない青空が広がる。鳥がさえずり、飼いならされた牛がゆっくりと目の前を横切っていく。ああ、なんて牧歌的な風景なんだろう。これ以上ない冒険日和だ。


 そう、あいつさえいなければ。


「あーーーーもう! なんでずっとついてきてるんだよ……!」


 後ろの方を向くと、ピンク色の人影がササッと木の後ろ側に姿を隠す。でかい体、ピンクの鎧、あのホモ野郎は気づかれずに尾行できていると思っているのだろうか。


「きっと清のことをすごく気に入ったんだクマ。グォッグォッ」


 いやお前にとっては笑い事でもよ。俺にとってはデンジャラスでしかないんだって。てか、お前の笑い声にそろそろ慣れてきた自分が嫌だよ。いつかお前が変態ケモナーに襲われても、笑うだけ笑って絶対に助けないから覚えとけよ。


「気に入っても普通は尾行とかしないから。変質者だから」


「たしかに、そうクマねー。今日の依頼は、この先の森クマねー」


 パンパンは手に持った依頼書を見て確認している。今日は、昨日に引き続いてパンパンと共にモンスター討伐の依頼だ。ギガスライムと言ったか、冒険者たちが手を焼いていたモンスターをなんなく討伐したということで、今日は割の良い依頼を優先的に回してもらえることになった。まぁ、ゴミ階級の俺じゃなくてパンパンが優遇されてるんだけどな。


 そんなわけで、朝早くから昨日の報酬金を使って装備を揃え、出発したわけだ。そんで、俺を尾行している変質者には街を出たあたりで気がついた。俺はわからなかったが、なんでもパンパンによれば宿を出てすぐからずっと付いてきているらしい。パンダ熊族は鼻が利くから、あの独特な匂いはわかるクマ、とか言ってた。どんな匂いかは死んでも想像したくねぇ……。てか早く教えろよ。


 草原の街道が丘のてっぺんまで差し掛かると、眼下に広大な森が広がっているのが見えた。シュリンマの森、そこが今回の仕事場のようだ。


「結構でかい森だな。簡単に見つかるのか、そのタイラントポア……だっけ?」


「タイラントボア クマ。タイラントでポアするとかいろいろヤバすぎだクマ」


 こいつに高度なボケが通じるとは! ちょっとはやるじゃん相棒。あれでもコイツって前世パンダ熊族だよね? まあいっか。


「まあ、こんだけ広かったらあいつを撒けるかもな」


 チラッと後ろを振り返ると、今度はババっと牧草に伏せてヤツは姿を隠す。否、ピンク色の鎧のケツの部分がとび出ていてバレバレである。はぁ、また不愉快なものを見てしまった。


「タイラントボアは、巨大で凶暴なイノシシみたいクマ。縄張りが広いから何にせよ探し回ることになりそうクマねえ」


「まっ、どうにかなるだろ。新しい装備もあるしな」


 俺は布地の動きやすい冒険者服を、パンパンはレザーアーマーを選んで着ていた。念の為、下はすぐ脱げるようなものを選んだ。あくまで念の為だからな。今後、漏らすつもりはない。


 武器は二人共買わなかった。俺はとりあえず能力と拳で、パンパンはタケノコを飛ばすだけだし必要なさそうだ。


「んふふ~、楽しみクマねー」


「ちゃんと、朝はうんこしなかったから準備万端だぜ!」


 そうこう無駄話をしているうちに森の入口についてしまう。木々が鬱蒼と生い茂った森には、草原から伸びた街道が続いており、入り口の前には木の看板が立っていて【危険生物出没注意】と書いてある。


「……なんか気味悪いクマね」


「お前昔は森に住んでたんじゃねーの」


「そうだったクマ」


 いやおかしいだろ。お前は何者なんだ。


「実はお前って天然?」


「パンダは天然記念物ではないクマ」


「……」


 こいつやたら人間の事情に詳しいのは何なんだろうな。何か深い闇がある気がしてあまり聞きたくない。

 

「よしとりあえず入って探すか」


 パンパンとの掛け合いで、いい感じに後ろのホモのことを忘れることができたので、スイスイと森の中を進んでいく。森の中は薄暗いが木々の間は結構あって歩きにくいわけではない。木のそれぞれ一本一本が相当太く、長い歴史を持つ森のようだった。


 三十分ほど探し回ると、ぬかるんだ泥のところに直径三十センチくらいの大きな足跡があるのを見つけた。あたりから獣の匂いがするし、泥も乾いてはいない。比較的新しいものだろう。


「これは、タイラントボアの足跡クマね」


 パンパンが依頼書に記してあるものと見比べるようにして確かめる。


「しかしでかい足跡だな。本体はどんくらいの大きさあるんだ?」


「4メートルくらいって書いてあるクマ」


「それ、ほんとに二人で勝てるのか?」


 いざ目の前にしたらデカすぎてビビってしまいそうだ。まあ、最悪の場合あいつが……と思って後ろを見たら例のホモの姿は見えなくなっている。嬉しいけど肝心なときにつかえねえ!


「ま、無理そうなら逃げればいいクマよ」


「逃げ切れればいいけどな」


 俺がそう言うと同時に、東側の茂みの向こう側からドォォンと何かが崩れるような爆音が鳴り響いた。それに驚いた鳥たちが、ぎゃあぎゃあと一斉に飛び立つ。


「あっちか」


 パンパンに目配せすると、パンパンも察して頷く。タイラントボアに違いない。俺ら二人はすぐに音の方向へ駆け出した。一分にも満たないうちに震源地にたどり着く。しかしそこにあったのは予想外の光景だった。


「魔法使い?」

 

 思わず呟いちまった。そうだよ。あの深夜アニメでよく出てくるアレだ。僕と契約してよとかいうヤベー奴に騙された女の子ほどではないにしても、それなりに魔法使いっぽいミニスカの服(でも下にスパッツを履いてる)と真紅のマントの少女がそこにいた。そして、なぜかミスマッチな野球帽を被っている。


 身長は低くて百五十センチくらいだろうか、野球帽の下からは金髪のツインテールがそのまま飛び出ている。そしていちばん大切なのが、おっぱいが大きい上に目も大きくて、かわいい系美少女だということだ。


 しかし、その正面には体高四メートルを超えた巨大なイノシシがそびえ立っていて、少女とその一匹は睨み合っていた。


 どういう状況だよ。俺にはさっぱり理解できねえ。でも目の保養ではあるな、むひょひょw。えっちなお乳ありがとうございます!


「やるなおまえ。次こそは当てる!」


 野球帽の魔法少女(?)は俺たちに気づく素振りもなく、足元をに落ちている石を拾い上げると、大きなテイクバックを取って叫んだ。


「あたしの全力投球、喰らいやがれ!」


 すると、握っている石が真紅の光で輝く。高い位置からのリリース、全身を使った美しいフォームで少女はそれを全力で投擲した。少女の手元から石がリリースされた瞬間、パアンッと銃を発砲したような小気味よい破裂音が周囲に響き渡る。射出された石は紅い軌跡となり強烈な勢いで、イノシシの方……とは程遠いとんちんかんな方向へ剛速で飛翔する。


「だめやん」


 全くあたってないやん。ノーコンかよ。的がデカイだけに残念すぎる。あんなん俺でも当たるわ。


「ブルルワッ! ぶひょぶひょぶひょw」


 タイラントボアも少女を馬鹿にするように鼻で笑っているみたいだった。しかし飛翔した石ははるか後方の大樹に直撃すると、ドゴォォォォォンという爆音を立てて一撃で粉砕させた。


 たしかに威力はすげえな。さっきの爆音はこの音か。


「うーー、どうして当たらないんだろ! 師匠の教え通りに投げているのに!」

 

 苔むした森の土の上で、少女は悔しそうに膝をつく。美少女がぐぬぬってしてる姿っていいよなあ!


「ぶひょぶひょぶひょーん!」


 その少女のスキを見た巨大イノシシは、ザッザッと二本の後ろ足で地面を掻いて突進の準備をしている。そしてガッと一気に体重を預けると、少女を跳ね飛ばそうと爆進してくる。


「あぅ……」


 これはまずい。少女の瞳に恐怖の色が映る。さっきの全力投球で体力を使って動けないのだろうか。俺は咄嗟に叫ぶ。


「パンパンッ!」


「わかってるクマ、タケバースト・二連撃(デュアル)!」


 パンパンが両手をイノシシの方に向けると、両方からタケノコを一本ずつ射出する。発射されたタケノコ弾はそのまま頭部にぶつかり破裂する。その衝撃で突進の方向が少し外れ、少女の真横を素通りし大樹に激突する。


「やったか?」


 タケノコ飛ばすだけでも意外と効くんだな。こりゃパンパンも意外とやるもんだ。


「ブッヒャアアアアアアアア!」


 しかし何事もなかったかのようにボアは起き上がり、物凄い剣幕でこちらを威嚇してきた。くっそ、フラグ立てなきゃよかったぜ。てか、めっちゃ怒ってるよ。やばいよやばいよ。


 しかし! しかしだ。これはチャーーーーンス。えちえちチャンスなのだよ諸君。


 先人はこう言った。ピンチはチャンスである、と。


 なぜなら、こうだ。大ピンチの美少女、仲間の攻撃が効かない!? 、かーらーの真打ち登場。そしてヒーローは、こう言った。


 『お嬢ちゃん、大丈夫かい?』


 『ああ、あなたは王子様。素敵です好きです好きです、私のすべてあげちゃいます』


 エッチな未来まってます!w イキるは恥だが役に立つ。だから俺はここでやる。さあさあ、やるぞイノシシ野郎。 きっちり仕留めてあげますよ。


「そこの嬢ちゃん、危ないから下がってな」


「う、うん」


 この女、俺に魅入ってやがるぜ。いいぜ、見せてやるよ俺の本気。昨日から貯めた便の力、まさしく一級神の力ッ! 燃え上がれ俺の魂、着火しろエッチコンロ!エチチチチチチチチチ(勃ッ)!


「「便性変換ブリブリストルコンヴァージョンッッ!」」


 きた、きたきたきたきたぁ、これが俺の能力、俺の力、みなぎるパワー。誰にも負ける気がしない。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……おおお?


 ……お?


 コケッコーコケッコー


 なんか鶏の声がするんだが。自分の頭の上を触るとなにかブニブニしたものがついている。なんか昨日と様子が違うんだが。


「清の頭の上に鶏のトサカがついてるクマ?」


「コッコケココッケッコー(え? どういうこと? )」


 出したつもりの声もちゃんと出ない、鶏の声しか出なくなっている。自分の口を触ると完全に嘴になっていた。もしかして、これは。


 や、やっちまったーーー! 完全に下手こいた! なぜ顔だけ鶏になっちまったかって? 昨日のパンパンとの会話を思い出す。


………………

…………

……。


「報酬って結構貰えるんだな! 今晩は初勝利のお祝いでフライドチキン祭りだ!」


 はぁ~やっぱりチキンって最高だわーー。滴る肉汁カリカリの衣。たまんねえ。


「もっと食えクマ~! おかわりもいいぞクマー!」


「はぁああ、うんめぇ! パンパンも食えよ!」


「遠慮しとくクマ。おいらは草食なんで」


………………

…………

……。


コココッククエ!(やっちまった)」


「うわああ、清、そんなギャグかましてる場合じゃないクマ! 向かってきてるクマー!」


「あ、あんた何やってんの?」


 美少女ちゃんにも叱られる。そういうのもイイけど、なんか思い描いてたのと違いすぎる!


「ぶっひょおおおおおおおお!」


 俺が混乱してるうちに、タイラントボアが物凄い勢いでこっちへ突撃してきている。あれに吹き飛ばされたら重症とかで済まされないだろう。あるのは、死、否、永遠の便所掃除だ。


「ッッククックククエエエエエエエエエ!(ひええええええええええ)」


「クマアアアアアアアアア!」


「きゃああああああああ!」




――その時だった。



「……堅きを堅く、天より高く。アタシの中に脈打つ波動は何より強く、逞しい」



 囁くような色っぽい声、そして天へと舞い上がるピンクの残像。煌めく白銀の腕輪。



「薔薇色は恋色。あなたの強さはアタシ色。二人の恋路を邪魔するものは、誰一人だって許さない」



 飛翔した残像は、そのままイノシシの頭部へぶつかる軌跡で落下する。



天誅てんちゅう金剛棒割兜打ダイヤモンドソリッドブロウッッ!」



「ブヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 一閃。ピンクの戦士が振り下ろした鉄製こんぼうはタイラントボアの脳天に直撃し、確実に頭蓋骨を粉砕した。致死の一撃である。超火力の打撃を受けたそれは、全身を弛緩させドスンと大地に沈む。


 ひいいいいいい、ありがたいけどありがたくない。この不思議な気持ちをなんと表現したらいいのだろう。


 全身ピンク鎧のオネエ戦士、またの名を破壊棍のルアーナ、彼は振り返ると爽やかな笑顔で言った。


「待たせたわね」


「コッコクエ(待ってねえよ)」


 くそ、やっぱり俺はこのホモから逃れられないのだろうか。南無三。

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