第5話 きよし、肉体派オネエに狙われる


「はーい、こちらが追加報酬合わせて十万アピアになりまーす。パンパンさん流石ですねえ。あのスライムのボスは他の冒険者も手を焼いていたモンスターなんですよぉ」


 カウンターで冒険者ギルドのお姉さんがパンパンに微笑む。パンパンは照れくさそうに、グォッグォッと笑うと、貨幣のたっぷり詰まった布袋を受け取った。


「これは清のおかげクマ。おいらはいい仲間を持ったクマ」


「あはは……、ゴミ階級冒険者のことなんてパンパンさんなら構わなくても仕事はできるでしょうに」


 くそ、こっちまで聞こえてるぞクソアマ。そのデカイ乳をいつかうんこまみれにしてやる、と俺は決意する。いま俺は、冒険者ギルドに併設された酒場で夕食をとっている。もちろん、あの後いったん宿に戻り着替えた上で、ご飯と報酬受取を兼ねてパンパンとここにやってきた。


「清、待たせたクマ。これだけあれば、好きなものを頼めるクマよー」


 パンパンは持ってきた布袋をジャリンと机の上に置くと、そのまま俺の向かいになるように椅子に腰掛けた。なんか大きな体と落ち着いた性格のせいか、風格だけはベテラン冒険者っぽくなっている。


「おぉ、結構貰えたっぽいな」


 俺は布袋をひょいひょいと持ち上げてみる。腕にずっしり来る重さだ。これだけあれば、当分の食費や必需品の購入は間に合うだろう。


「約束通り、半分ずつクマ。ところで」


 パンパンはお金を袋から取り出すと、ちょうど半分の額に取り分けた。倒したのはほぼ俺なのに半分取られるのは少しムカつくが、まぁこいつのタケノコが無かったら死んでたし許す。


「ん、なんだ?」


「清の能力は、結局あきらかになったクマ? スライムの胃袋の中から出てきたときは凄い気迫で強そうだったのに、“脱糞”してから会ったときよりも弱そうになったクマ」

 

 パンパンは俺のことをからかっているのか、脱糞のところをやたら強調してデカイ声で言いやがった。おかげで周りのやつまで、「あいつゴミ級冒険者のうえに脱糞までしたのか、笑えるな。」とかコソコソ言われてる。畜生。


「おい、でかい声で脱糞とか言うなバカ!」


「グォッグォッグォッ!」


 出たその邪悪な笑い方。ほんと気味悪いんだよなあ。動物園のシンボルみたいな見た目しといて、笑う時だけ凶悪になるとか、キッズたち涙目だよ、ホント。


「しゃーない。お前は仲間だし教えてやるよ。耳貸せや」


 俺は椅子から立ってパンパンの横に言って耳に顔を近づける。パンパンは「ん~? 」といった風にパンダ耳をピクピク動かしている。こいつ地味にあざとい。


「……俺の能力は、うんこが溜まっているほど強くなる能力で、どうやらうんこの成分によって付加能力が発現するらしい」


 小さい声でそれだけ言って俺は椅子に戻る。能力は周りに知られていないほうが仕事はしやすいだろう。もっとも、本音は知られるのが恥ずかしいだけだが。


「なるほどクマ。それじゃあ、あの吸収能力みたいなのも……」


 パンパンは肉球の上に顎を乗っけて考え込んでいる。


「そういうことだ。あれはお前のタケノコを沢山食ったから、その生命力と吸収力が付加能力になった、ということじゃねーかな」


 それを聞いたパンパンの顔がパァァッと笑顔になる。


「すごいクマ、こんびねーしょんクマ! どうやらおいらの能力は清の能力と相性がかなり良いクマねぇ」


「たしかにそうかもしれねーな。あの吸収能力なかなかつええぞ」


 パンパンのように無限に食べ物を生み出せる能力は、便の量に強さが依存する俺と非常に相性がいい。その上、タケノコの付加能力もそれほど悪いものではなさそうだ。


 だが、吸収能力に関しては、強力な分リスクもデカそうに感じた。なぜなら、吸えば吸うほどお腹がいっぱいになって栄養分が腸に貯まる。つまり、一時的には最強になれるが、一度肛門が決壊すればそこらへんの羽虫以下の弱さになってしまう。


「このまま、一流冒険者街道まっしぐらクマー! グォッグォッグォッ!」


 いや何度もしつこいようだけど、その笑い方ホントキモいから。


 そうこう喋っていると、ギルドの扉が勢い良くバァンと開いて、かなり大柄の男が入ってきた。身長は百八十センチを超える長身で、ド派手なピンク色の鎧を着ている。腕には白銀に輝く腕輪をつけている。


「あら、ルアーナさん。あの依頼は長くかかるかと思ったんですが、早かったですね。流石です」


 受付のお姉ちゃんが男に向けて親しげに声をかけていた。ある程度信頼のある冒険者なのかもしれない。


「ん、アリガト。報酬はいつもどおり孤児院に送っておいて頂戴」


「いつもありがとうございます。子供たちも喜んでいましたよ、たまには会ってあげてくださいね」


「わかったわ。それより、骨のある冒険者が新しくここに来てないかしら。変わったスキルを持った子を帰り道に見たのよ。アタシ、その子のことが気になっちゃってね」


 青ひげピンク鎧のオネエ風冒険者は、ンフフと気味の悪い笑みを浮かべている。なんか俺は嫌な予感がした。自意識過剰? いや、俺のこういうときの悪い予感は当たるんだ。ぜったいにこいつは“ヤバい”。俺は、パンパンに目配せする。早くここを抜け出すぞ、とアイコンタクトで伝えようとするが、「?? 」と首をかしげるだけで全く伝わっていない。


「ああ、最近登録された方で有望なのは、あちらに座られているパンパンさんですよ。今日も、初依頼でギガスライムを討伐されたんです」


 お姉ちゃんがこっちの机の方を指差す。あいつまた余計なことを!!と、キレそうになるが、ここは我慢だ。絶対にやつに注目されてはならない。我慢だ、己を空気にして、絶対に気配を消す。あいつは“やばい”。


「どもどもクマー」


 ……パンパンが空気を読まずにピンク巨漢に手を振っている。勘弁してくれよ。まじでさ。俺は目を伏せて見つからないようにする。これは俺の得意技だ、授業中、先生に当てられたくないとき、いつもこれを使ってしのいできた。名付けて教室同化の術クラスハイディング、俺の隠れパッシブスキルみたいなもんだ。


「たしかに、キュートな見た目してるけど、アタシのタイプじゃないわ。アタシが好きなのは……」


 よしそろそろいいだろう。あいつが目を離したスキにパンパンに耳打ちしてこの店を出る。少し様子を……、そう俺があいつの方を確認しようとしたのが失敗だった。


 その瞬間、完全に、青ひげロン毛オネエ戦士の視線と俺の視線がぶつかる。


YOUユーだわ」

 

 オオオオオーーーマイガーーーー! オネエは確実に俺に向けて言ってきた。あれは、野獣の眼光。獲物を見定める目。俺の背筋にゾクゾクゾクと悪寒が迸る。ああ、これが巨乳猫耳美少女だったら俺の方からダイブ、イン、ザ、おっぱいするのに。なんでこうなってしまうんだ畜生!


「パンパン、今すぐ逃げるぞッ!」


「えっ、清いきなりどうしたクマ?」


 立ち上げってパンパンの手を引こうとするが、驚いているだけで動こうとしない。あああああああ、察せよ鈍感パンダ野郎。おめえのケツの穴にタケノコ打ち込むぞコラ。このままだと、俺のケツの穴にタケノコ類似様物質をぶち込まれるかもしれないんだよ!


 グダグダになっているうちに、オネエ戦士が俺の右腕をガシッと太い腕で捕まえると、こちらの顔を覗き込んでくる。ものすごい力だ、全く振り払える気がしない。


「ひゃだっ! 近くで見るともっと可愛いじゃないっ!」


 うおおおおおおお! 青ひげ近ぇよ。てかきもいよぉぉぉ。とにかく、とにかく俺は俺の操を守らねばならない。絶対にだ。


「お、おい。いきなりそれは失礼なんじゃないか」


 こいつはオネエな以外は紳士そうだから、こういう言葉が効くはず。俺の咄嗟の機転だ。どうだ賢いだろう。すると想定通り、オネエ戦士は俺の手を握ると真面目な顔に戻って言った。


「あら、確かにごめんなさいね。アタシ興奮しちゃって。アタシはルアーナ。見ての通り冒険者よ」


「お、おう、俺は御手洗清だ」


「おいらはパンパン、クマー」


 こいつは危険だ。しかしどうやったらここから逃げられる。コイツの背に掛かってある鉄こんぼうを見るに、相当な怪力の持ち主だ。単純な身体能力の勝負では巻くことすらできないだろう。


「アタシね。こっそりYOUの活躍見てたのよ。YOU達だけでどうにもならなそうだったら、助太刀するつもりだったの。最後はチョットあれだったけど、セクシーな勝利だったわ!」


 オネエ戦士ことルアーナは、自分の胸を両手で抱くとクネクネと体を動かして頬を紅色に染めている。こいつが、おれの脱糞を思い出して興奮していると思うと、気味が悪すぎる。ていうか、性癖やばすぎでしょ。


「そ、そうか。ありがとな。じゃあな。行くぞパンパン」


 華麗にスルーして建物の外にパンパンを連れて逃げようとするが、再び腕をガシりと掴まれ動きを止められる。ルアーナは、ハァハァハァと息を荒くして潤んだ瞳でこっちを見ている。勘弁してよ。

 

 じいちゃん。お前は俺にこんな目に合わせたくて転生させたのかよ。たしかに永遠の便所掃除よりはマシ、いやマシなのか? わからないけど、あまりにも残酷じゃねーの? 


「逃さないわ」


 こいつ、まじで俺を離さない気だ。Re:野獣の眼光。ゼロから始まる同性間生活……っじゃない! 違うんだ、俺が望んでいるのは、俺ツエーからの異世界えちえち!w チーレム物語なんだよ! どうしてこうなったし。


「マダナニカゴヨウデスカ?」


 俺は緊張しきった声で返事をする。パンパンも和んだ顔してないでなんとかしろよぉ! お前は他人事だからいいかもしれないけどよぉ!


「アタシを、YOUたちの仲間に入れなさい」


 このオカマ、真剣な顔だった。そこまで、真剣に頼まれたら俺も断りにくいよなあ。うんうん。


「嫌です」


 即答だ。


「入れなさい」


 もう一回言っておこう。


「嫌です」


 もう、礼儀正しさとかどうでもいい。嫌なものは、嫌だって。俺は、普通に女の子が好きなんだし。


「入れてくださいぃぃぃ!」


 おい汚いケツをこっちに向けるな、だんだん意味が変わって来てるぞコラ。


「お断り致します」


「アタシ、絶対に諦めないッ!」


「さいですか」


 うわあああああ、という叫び声を上げてルアーナは酒場を飛び出していった。もう帰ってこなくていいよ。


 つくづく騒がしい男だ。反応する気力すら俺には残されていなかった。もういいよ俺は疲れたよ。いろいろありすぎてさ、今日はもう寝たいんだ。


「戦力はあったほうがいいクマ。清も考え直してもいいかもしれないクマよ」


 パンパンがなんかグダグダ言ってるけど、無視だ。もう疲れた。戦力がほしいなら、お前がタケノコ魔獣でも使役して敵を駆逐してくれ。


「ルアーナさんは、白金階級の敏腕冒険者。ゴミのくせに断るなんて恐れ多いやつですね」


 カウンターの受付嬢が言う。こいつはほんと一言多い!


 はあああああああ! どいつもこいつもぉぉぉやかましいんだよおおおおおお!


「くそ、先に寝る。また明日な」


 俺は、パンパンにそう言い残してそのまま酒場を去った。路地の空気が薄ら寒い。背筋がざわめくような感覚に襲われる。


 あのさぁ、明日も依頼をこなしていかなきゃなのに、気味の悪いホモに狙われてさぁ。この先どうすりゃいいんだよ! 


 そうこの時、俺は想像さえしなかったんだ。これから起こる出来事を。このホモに付け狙われて、しまいには半強制的に仲間に組み込まれる未来をな。とほほ。

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