第1114話由縁ある雑歌(4)葛城王

安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を わが思はなくに

                     (巻16-3807)

右の歌は、伝へて云はく

「葛城王、陸奥の国に遣かはされける時に、国司の祇承、緩怠にあること異に甚し。

時に、王の意悦びずして、怒りの色面に顕れぬ。飲馔を設くといへども、あへて宴楽せず。ここに前の采女あり。風流の娘子なり。左手にさかづきを捧げ、右手に水を持ち、王の膝を撃ちて、この歌を詠む。すなはち、王の意解け悦びて、楽飲すること終日なり」といふ。


※葛城王:二人存在する。葛城王から臣籍に下った橘諸兄が有力。(厳密には不明)

※祇承:慎み仕えること。



安積山の姿をさえ映し出す清らかな山の湖水、その安積山ではないけれど、そんな浅い気持ちで、あなたのことを思うのではないのです。


注訳 右の歌は、伝えて云うには「葛城王が陸奥国に派遣された時に、国司の応対が実に無礼であった。

そこで王はひどく不愉快に思い、怒りを顔に現した。

国司は酒席を設けたが、王は全く楽しまなかった。

その時、前に采女を勤めた女がいた。

都の風流をしっかり身につけた娘である。

左手に杯を捧げ、右手に水瓶を持ち、これで王の膝を叩き拍子を取って、この歌を詠った。

その王の頑な気持ちは、たちまち解けて喜び、宴席をすることは終日であった」という。


この話(歌)は、当時有名な話として、語り継がれていたようで、後の「古今和歌集仮名序」に、「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」と共にとりあげられ、歌の父母とまで、されている。

また、地方から都に赴いて内裏で帝に仕えた采女が、地方に戻り都の文化を伝え、地方の文化を高める役目を果たした、(この話の場合は、地方を救った)として、貴重である。

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