第966話さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ

さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて

うら折らむ 醜の醜手を  さし交へて 寝らむ君ゆゑ

あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに

この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも

                   (巻13-3170)

※昼はしみらに;一日中。「しみらに」は長時間に渡って、同じ状態が続くこと。

※夜はすがらに:夜通し。「すがらに」はその間ずっと。「しみらに」とほぼ同じ。


反歌

我が心 焼くも我れなり はしきやし 君に恋ふるも 我が心から

                   (巻13-3271)


ゴミのように焼き払ってしまいたい、醜く汚らわしい小屋の中で、

放り投げて捨ててやりたい破れ薦を敷いて、

へし折ってやりたい汚らしく醜い手を枕に交わし合って、

今頃は、あの女と共寝をしている貴方のおかげで、

昼は一日中、夜は夜通し、この床がビシビシとなるほど、悔しくて身悶えして嘆いているのです。


私の心、その心を焼くのも私自身。あんな男に恋するのも、同じ私の心なのです。


別の女の家で寝る男への嫉妬の歌。

とにかく憎らしいので、別の女の家も醜く汚らわしい、だから焼いてしまいたい。

敷いている薦も、破れ薦(実際はどうかわからない)と罵り、棄ててしまいたい。

共寝で抱き合う腕も、憎らしく醜いので、へし折ってやりたい。

そんな思いに苦しむばかりで、夜昼もなく、自分の家の床をビシビシ鳴らして、悶えている。


反歌では、やや冷静に自己分析をしながら、夫を寝取られた悔しさを嘆いている。


研究者の中には、この長歌を、万葉集でも最高に面白い歌と評する人もいる。

確かに、嫉妬の心そのものを詠んでいて、ここまでの歌は珍しい。

現代の歌でも、あまり見かけないほどの激しい嫉妬である。


ただ、実際は、これほどの嫉妬を真面目に詠んだのではなくて、酒席での戯れ歌とする研究者もいる。




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