第229話夕闇は 道たづたづし

豊前国の娘子大宅女の歌一首 未だ姓氏を審らかにせず


夕闇は 道たづたづし 月待ちて いませ我が背子 その間にも見む

                          (巻4-709)


夕闇という時間は、道がぼんやりとしていて不安なのです。

もう少し月が出るのをお待ちになり、お出かけください。

私は、それまでの間だけでも、貴方と一緒にいたいのです。



珍しい夕闇の別れの歌。

女は帰る男を、夕闇は道が危ない、月が出るまでと、引き留める。

宴席で客人に贈った歌との説もある。

とにかく、もう少し、一緒にいたいと、せがむ。

夕闇は、日中と夜の境にして、魔物が出没するというような、俗信もあったようだ。

ただ、夜とて、危険がないだけではない。

ただ単に、引き留めるだけの、口実に過ぎない。


なお、源氏物語にも、この歌が見える。

光源氏が、体調の優れない女三宮の部屋を訪れ、あれこれ物語をした後、夕方になったので、着物を着なおしながら、こう言って自分の部屋に戻ろうとする。

 『さらば、「道たどたどし」からぬほどに』

すると、女がこう応じる。

 『「月待ちて」ともいふなるものを』


さて、この時点で、女三宮は、柏木との不義密通の子(薫)をおなかに宿していた。

しかし、源氏も女三の宮も、その不義密通をあからさまには、お互いにしない。

作者紫式部は、結局は紫上のところに戻ろうとする光源氏と、それを不安を感じながら見送るしかできない女三宮の場面で、この歌を使った。

ほとんど名誉のためだけに、女三宮を正妻とした光源氏、無防備にも柏木に犯された女三宮の軽率さ、宴会歌として紫式部がこの歌を考えていたのなら、相当なアイロニー、「結局、光源氏と女三宮は、結ばれない、結ばさせない、単なる愛のない調朝廷安定という宴での男女である」を、辛辣に表現しているような気がする。





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