第186話湯原王と娘子(3)

湯原王のまた贈りし歌一首

はしけやし 間近き里を 雲居にや 恋ひつつ居らむ 月も経なくに

                          (巻4-640)


娘子のまた報贈せし歌一首

絶つといはば わびしせむと 焼き大刀の へつかふことは 辛しや我が君

                          (巻4-641)



湯原王がまた贈った歌一首

もう、どうしたらいいのだろうか。これほど近くに住んでいるのに、はるかかなたの雲の上のお方のように、貴方を恋している。お逢いしてから、またほとんど時も経っていないのに。


娘子がまた返した歌一首

関係を断ちますと言ったなら、私が悲しく思うだろうと、あたりさわりのないうわべだけの言葉をかけてくる貴方が辛いのです。





至近の場所にいながら、なかなか逢瀬が遂げられず、湯原王も断念しはじめたのかもしれない、私が恋する貴方は雲居のように、はるかかなたのお人と思うようになった、それほどの長い期間の恋ではないけれど。

つまり、遠回しに娘子への想いも、薄れつつあるとの歌になる。


娘子は、湯原王の微妙な心境の変化を娘子も感じ取った。

焼大刀:火に焼いて鍛えた大刀。身につけることから、「へつかふ:側に近づく、寄り添う」の枕詞。

「うわべだけの関係を続けるなら、それは幸せとは思いません」と、湯原王に別れの決断を遠回しに迫る。

湯原王の心変わりを感じてしまった娘子は、実は気持ちが無いのに、恋の歌を贈って来る湯原王を、「結局は口先だけ」の男と捉えたようだ。

関係を断つと言われても、私は寂しくはない、そんな見せかけの関係を続けようとする、言葉をかけてくる貴方が辛い、実は好きになれませんと返す。


天武系の血筋が強い時代、干されている天智系の湯原王であったとしても、娘子にとっては、湯原王こと、「雲の上」の人のはず。

それを、ほとんど相手にせず、諦めさせるというのは、よほどしっかりした強い女性なのだと思う。



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