第118話柿本人麻呂 玉衣の

玉衣の さゐさゐしづみ 家の妹に 物言わず来にて 思ひかねつも

                         (巻4-503)

玉衣がさわさわとしなだれるように美しく、そして、愛する妻と言葉をかわすこともなく、出て来てしまった。

それが、どうにも気にかかる。


玉衣は、庶民の着る麻衣ではなく、高価な絹の衣。

さやさやと衣ずれの音も美しく、手に取ればしなやかに沈む。

麻衣では、ゴワゴワとして、とても沈むなどという実感は得られない。

人麻呂氏は、本当に大切に、そして美しいと思っていた家の愛する妻と、帝の行幸のお供、あるいは何らかの事情があって、言葉を交わすことができない状態で、別れて出て来てしまったのだと思う。

「本当は、何か一言でも、言葉を交わしたかったなあ」との心理に、今度は自分が沈み込んでしまう。

実は、気の進まない出張でもあったのだろうか、そんな出張などせずに、家に妻といたかったのだろうか。

家の妻は、本当に人麻呂氏に、しなだれかかって抱きついたのかもしれない。

人麻呂氏にも、何か言えない事情があったのかもしれない。


なかなか、いろんな想像ができる歌で、古来、難解とされているのも、よくわかる。



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