第108話 額田王とその姉鏡王女
額田王の、近江天皇を思ひて作りし歌一首
君待つと 我が恋ひすれば 我がやどの 簾動かし 秋の風吹く
(巻4-488)
あなたのおいでをお待ちして 恋しい思いをしているけれど
家の簾を動かすのは 秋の風が吹いているから
鏡王女の作りし歌一首
風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ
(巻4-489)
風であったとしても、待ち恋することができるのなら、それはうらやましい。
風となって来ること思って待てるのなら、何を嘆くことがあるの?
鏡王女は近江天皇(天智天皇)と交した相聞歌があることなどから、天智天皇の妃であったとの説がある。
しかし天智天皇の愛は、やがて鏡王女の妹であり、天智天皇の弟の大海人皇子(後の天武天皇)の妻の額田王へと移ることになる。
そして、鏡王女はその後、藤原鎌足の妻となった。
現代の男女間の恋愛と異なり、古代では、姉妹でひとりの男性の愛を受けることはそれほど不自然なこととは考えられていなかった。
それでも妹が自分のかつての夫であった天智天皇の訪れを期待して詠む恋歌を聞かされる鏡王女としては、複雑。
「風を待てるだけでも、幸せなの」
「私には、風の動きさえもないの」
「さすがに姉」といった、見事とも思える切り返しと思う。
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