第84話 筑紫娘子の、行旅に贈りし歌

筑紫娘子の、行旅に贈りし歌一首 娘子、字を児島と曰ふ

家思ふと 心進むな 風まもり よくしていませ 荒しその道

                       (巻3-381)

家を恋しがって、そんなに大急ぎしないでください。

風向きを、しっかりと見ていただきたいのです。

大和への海路は荒く危険なのですから。


作者の筑紫娘子は、遊行女婦。

おそらく大宰府官人たちの帰京を見送る時の歌。高位の官僚は陸路使用を義務付けられていたため、坂上郎女を送った時とも言われている。

天平二年十二月に大伴旅人が筑紫から大和に帰京する際にも、同じ児島という女性が、送別の歌を贈っている。


交代でまた新しい官人が来ると言っても、慣れ親しんだ官人が去るのは寂しい。

また、都までの危険な旅路は用心して、欲しい。

怪我や命を落とすことがないように、慎重にとの心を歌う。

定例的な送別言葉と言ってしまえば、それまでだけれど。お互いに「気持ち」が全くなかったとは、思いたくない。

人間のと人間の心は、情が移るものであるし、辞令が出たから「はい、それでは」と気持ちを切り替えるような杓子定規には、進まない。


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