第30話 柿本人麻呂 泣血哀働歌(4)

短歌二首

去年こぞ見てし 秋の月夜は 照らせども 相見し妹は いや年さか

                                (巻2-211)

衾道ふすまじを 引手ひきでの山に 妹を置きて 山道を行けば 生けるともなし

                                (巻2-212)


短歌二首

去年も眺めた秋の月は、今年も同じように空を照らしている。

それを一緒に眺めた妻は、ますます遠い日の人となっていく。


引手の山に妻を葬ったまま、山道を歩くけれど、まるで生きた心地がしない。

衾道ふすまじ:引手にかかる枕詞。

引手ひきで:葬送の地「羽易」の別名。


楽しかった妻との過去の生活。

取り残された寂寥感あふれる男を、秋の月が同じように照らす。


妻を葬った墓地に来たけれど、気がおさまらない。

まだまだ、妻を恋い慕う気持ちは消えない。

どうにもならないと、理性では理解しているけれど、それではおさまらない。

こんな寂しい山の中に妻を置いてくるなど、とても耐えられない。

妻と一緒でなければ、生きた心地がしない。

そして、そのまま山道をあてもなく、さまよい歩く。


泣血哀働歌、まさに血の涙を流して、血走った目をして、哀しみのあまり、歩き回る、動き回るしかない人麻呂の姿には、死した妻も涙したのではないだろうか。


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