第22話 柿本人麻呂 石見相聞歌(3)
つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なる
いくりにそ 深海松生ふる 荒磯にそ 玉藻は生ふる
玉藻なす なびき寝し児を 深海松の 深めて思へど
さ寝し夜は いくだもあらず 這ふつたの 別れし来れば
肝向かふ 心を痛み 思ひつつ かへりみすれど
大船の 渡の山の 黄葉の 散りのまがひに
妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の山の
雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠ろひ来れば
天つたふ 入日さしぬれ 丈夫と 思へるわれも
しきたへの 衣の袖は 通りて濡れぬ
(巻2-135)
石見の海の辛の崎の 海の中の深く 海松が生えている。
荒磯に 玉藻が生えている。
その玉藻のように寄り添って来た妻を
心の底から愛しく思うけれど
共に寝た夜は それほど長くもないのに 別れて来てしまった。
心の痛みに 妻を思い偲んで 振り返って見るけれど
渡の山の黄葉が散り乱れてしまって
妻が袖を振る姿を しっかりと見ることができない。
屋上の山の雲間から 空を渡っていく月のように
惜しくて仕方がないけれど だんだんと妻の姿は見えなくなってしまう
夕日がさしてきてしまった
強い男と自分では思っていたけれど 衣の袖は 涙で濡れ通してしまった。
※つのさはふ:「石見」の石にかかる枕詞
※言さへく:辛にかかる枕詞
※いくりにそ:海の底深くの岩礁
※深海松は磯の玉藻とは対語をなし、それぞれ、「深めて思へど」「なびき寝し」を招く。
※這ふつたの:別れにかかる枕詞
※肝向かふ:心にかかる枕詞
※大船の:渡りにかかる枕詞
※しきたへの:床 、枕、衣、袖、袂 、黒髪、家などにかかる枕詞。
※渡りの山:その山を越えれば妻も子も見えなくなってしまう。
「石見相聞歌」として知られる歌群の二首目の長歌。
妻との別れを惜しみながら、何度も振り返りながら、柿本人麻呂は黄葉の散る山を歩く。
そして家がだんだんと遠ざかる。
黄葉が散るから見えないのではない。
涙で目が開けられないから 見ることができない。
以前の長歌では「なびけ この山」と山に命令した人麻呂。
この歌ではそんな強さもなく、ただ泣き濡れて、振り返りつつ歩く、ただの男になっている。
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