おわりに

 以上から号令篇に見える都市住民の性格とその上下関係が明らかになった。都市住民は厳罰・重賞を駆使する「王公」を中心とする支配層に利害を誘導されて守城に協力した。もちろん都市住民が自らの生活を防衛するために自発的に守城に協力することもあったと思われるが、しかし号令篇に見られる都市防衛は基本的に政府による強力な戦争指導を受けていた。そしてその戦争指導の権限は「王公」の賞罰を保証する権利から発生していた。このため、あくまで利害によって結ばれた上下関係であるが故に、現場の指揮官である「守」は現地の有力者の意向を無視することはできず、彼らを優遇することで協力を誘導する必要に迫られ、また「吏卒民」への褒賞・慰労を通じて「守」への個人的信望を集める必要があった。号令篇に見られる守城は上下の利害一致によって支えられ、住民の性格は多分に功利的であった。その背景には貨幣経済の影響が強かったように思われる。

 ここで問題となるのは、吉本氏の主張の通り号令篇が秦の都市の様子を伝えるものであるならば、『韓非子』に「耕戦之士」と呼ばれ、『呂氏春秋』上農篇(注12)に描かれる自営小農民を主体とする秦の住民も、貨幣経済の影響を免れ得なかったということになる。秦は商業抑制策を採用したとされるが、少なくとも褒賞金を使用する市場は存在したのであろうか。秦の住民の性格の再検討が必要であるかもしれない。




(注12)『呂氏春秋』上農篇の研究については渡辺信一郎氏のものがある。

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