3、刑罰

 号令篇に見られる刑罰の登場数を内容別に分類して並べると次のようになる(注8)。


【表1】号令篇に見られる刑罰の内容別分類

Ⅰ、死刑    「戮」              2

        「斬」              12

        「殺」              5

        「梟」              1

        「三日徇」            2

        「車裂」             2

        「伍人斬」            4

        「三族」             2

        「父母妻子同産車裂」       1

Ⅱ、肉体損壊形 「射」              7

Ⅲ、奴隷    「父母妻子悉挙」         1

Ⅳ、財産没収  「王公有之」           1

Ⅴ、降格処分  「令丞尉奪爵各二級」       1

        「令丞尉免」           1

Ⅵ、刑罰内容不明「断」              33

        「行其罪」            1

        「有罪」             2

        「如法」             1

        「父母妻子同産断」        1

        「父母妻子皆断」         2

Ⅶ、法令の処罰外「杼廁」             1

Ⅷ、連帯刑   「伍人斬」            4

        「伍有罪」            1

        「三族」             2

        「父母妻子同産車裂」       1

        「父母妻子同産断」        1

        「父母妻子皆断」         2

        「父母妻子悉挙」         1

Ⅸ、監督責任  「将率……失法、殺」       1

        「正与父老及吏主部者不得、皆斬」 1

        「隊吏斬」            1

        「隊将斬」            1

        「令丞尉奪爵各二級」       1

        「令丞尉免」           1

        「有司……代之服罪」       1


 全体を見ると刑罰は死刑の数が31例と飛び抜けて多く、その種類も豊富であり、法令が厳罰であったことが理解できる。これに比べ死刑以外の内容のわかる刑罰は12例と少ない。しかし「城旦じょうたん」(注9)という労働刑からの免罪規程や、他にも「自死罪以上しざいよりいじょう」という表現もあり、死刑以外の刑罰も多数の種類があったと推測され、それらは「断」などの表現に含まれているものと推測される。号令篇以外の『墨子』兵技巧書の各篇での刑罰は「斬」がほとんどで、『墨子』兵技巧書では特に死刑以上の重要な罰則について詳述されているものと判断してよいだろう。

 ここで注目するのは連帯刑と監督責任である。城内の住人は「伍」と呼ばれる5人からなる連帯責任組織に編制され、「伍」の中で法令の違反者を出すと、「伍」の全員が連帯責任による処罰を受けた。「伍」は小隊であるとともに相互監視による治安システムであり、「伍」の同僚の罪を上に報告、つまり密告をすれば連帯の罪を免れ、場合によっては褒賞を受けた。このため城内では、自らの身を修めるとともに、絶えず他人に注意を払わなければならない情況が発生した。また監督責任は専ら部下や監督下の部署で脱走兵を出した場合に発生し、刑罰は「斬」などでその罪は重く、彼らもまた部下の行動を絶えず監視しなければならなかった。そして密告の方法と思われるものが次の史料である。


諸可以便事者、亟以疏伝言守。吏卒民欲言事者、亟為伝言請之。吏稽留不言請者断。


もろもろの以て事に便ず可き者、すみやかにを以て守に伝言す。吏卒民、事を言わんと欲する者は、すみやかに伝言を為して之を請ふ。吏の稽留けいりゅうして請ふを言わざる者は断ず】


 ここでは身分役職を問わず役に立つことがあれば、意見書である「疏」を書いて担当の役人に渡すことで「守」に対して意見ができた。「守」は役に立つ意見を広く求めたが、その意見書の大半の内容は密告であると推測され、密告される対象は上官も含まれたようである。そのため「吏の稽留」という役人が訴えの報告を遅らせる(恐らく故意の隠蔽も想定している)事態の発生が予想され、それに対する罰則が求められたのだろう。あくまで密告の制度によるものであろうが、ここから城内の命令系統は単純な上意下達の構造だけではなく、下から上に意見をする構造も持っていたことがわかる。

 城内の刑罰は「守」を中心に執行されたが、財産没収は、


某県某里某子家、食口二人、積粟六百石。某里某子家、食口十人、積粟百石。出粟米有期日、過期不出者、王公有之、有能得若告之、賞之什三。慎無令民知吾粟米多少。


【某県某里某子の家、食口二人、積粟六百石。某里某子の家、食口十人、積粟百石。粟米を出だすに期日有り、期を過ぎて出ださざる者は、王公之を有し、能く得若しくは之を告ぐる有れば、之に什の三を賞す。慎みて民をして吾が粟米の多少を知ら令しむること無かれ】


 と、「王公は之を有し」とあって「守」のものにならなかった。これは先に指摘した「守」の権限が「王公」に委譲されたものに過ぎないことをよく示している。




(注8)【表1】にある各種刑罰の内容。

「戮」:死刑のこと。「戮人於市」という表現が号令篇に見られ、市での公開処刑である「棄市」のことか。

「斬」:「腰斬」のこと。身体を腰から二つに斬る。吉本氏は「車裂」に次ぐ重刑であるとしている。

「殺」:死刑であるが具体的な処刑法はわからない。

「梟」:さらし首。

「三日徇」 処刑した死体を見せしめに三日間、市にさらす。

「車裂」:(注3)参照。

「三族」:(注3)参照。

「射」:『墨子間詰』によると元の字は耳偏に矢であり、矢で耳を貫く刑とする。

「父母妻子同産」:父母妻子兄弟。

「悉挙」:奴隷にする。

「断」:『墨子間詰』では斬首刑とあり、吉本氏もこれを支持するが、一方で『墨子城守各変簡注』では受罰と解釈され、李学勤氏は睡虎地『法律問答』から論罪の意味としており、見解が分かれる。私見では謀叛罪を「車裂」で処理している部分がありながら、別の箇所で同じ罪を「断」で処理している部分があり、「断」を斬首刑と解すると、罰が軽くなっていることになり内容が矛盾する。また「如法」という表現があり、この言葉は法令に従って処罰することを指していると思われるから、『墨子』には書かれていない別の法令書の存在を推測することができる。そうであれば「断」とは処断のことであり、法令書に従って死刑を含む様々な処罰を下したと理解する方が自然なように思われる。本文での分類はその理解に従う。

「杼廁」:便所掃除。「杼」は「抒」であり、除くという意味(『墨子間詰』)。

(注9)「城旦」とは毎朝城を修理する労働を課せられる刑のこと。

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