第3話 リリィ

なに、この空気。私のせい?

私の嘘偽りない気持ちを、薬師寺君に告白しただけなのに。

荒野に佇むサボテンの如き目前の二人。この状況を説明するには、時は数分前に遡る。


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「私は、ずっと君のことがっ!」

「ごめんなさい!」


予想だにせぬ展開に、思わず反射的に断ってしまった。

いやいや待って。薬師寺君、今、私に告白しようとしなかった?

おかしい……彼は後輩の伊藤君のことを愛しているはずで、伊藤君はそんな薬師寺君の気持ちを分かっていながらも小悪魔的に翻弄していて……


思えば伊藤君は、結構前から薬師寺君にご執心だった。

書展だったり、文化祭だったり。様々なイベントで、彼らは常に一緒にいた。

冷静で堅物な薬師寺君と、お調子者で軽い伊藤君。その組み合わせは一見すると意外で、部内でも不思議なコンビと言われていたのだが。

二人をずっと観察してきた私は知っている。彼らが熱々のカップルだということを!


そう、証拠はあるのだ。

年末の忘年会の後、私はそのまま直帰したのだが、後に後輩女子から聞いた話がある。

飲み足りない男子たちが二次会として、薬師寺君の家に集ったこと。

その後、他の男子部員たちが帰宅しても伊藤君は居残り、泊まったこと。

まさかわざわざ同性の先輩の家にお邪魔しておいて、一緒にお酒を飲むだけで終わるはずがない!


あ、分かった。

「薬師寺君が私に告白した」というイベントを部内に流布し、彼らが付き合っている事実を効果的に隠蔽する、そういうことね。

流石は伊藤君……高度な知謀だわ。

けれど私がOKしてしまった場合はどうするんだろう。薬師寺君は顔が良く、そのどこか文語的でつっけんどんな物言いが、実は後輩女子にも人気だったりする。

彼らの事情を汲める私だから良いものの、普通の女の子は男性カップルの隠れ蓑にされるなんてひどく傷つくだろうし、そんな行為をあの優しい薬師寺君が許可するとは思えない。


……断られると確信している?

それだ。そういえば薬師寺君、「キミ」とか「なあ」と呼びかけてくるばかりで、私の名前を覚えている様子もなかったし。興味のない相手に告白とか、まるで罰ゲームみたいだと不憫に思った。


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三秒程度で思考を整理した私は、噂になっても誤解を招かないような表現で言い直す。


「薬師寺君とのお付き合いはできません。貴方たちのコトは応援してるから、お幸せに」


彼らの目論見に乗りつつ、ファンであることを表明する、簡潔かつ確実な鶴の一声……


の、はずだったのだが。

数秒凍り付いたあと、伊藤君が切り出してきた。


「あのう。薬師寺さんがリリィ先輩のことを好き、というのは理解してますか?」

「勿論よ」

そういう設定よね。

「では薬師寺さんのことは付き合うほど好きではない、と」

「顔は好みだけど、付き合うわけにはいかない。分かってるでしょ?」

途端、彼らの顔が曇る。薬師寺君は今にも泣きそう。迫真の演技といったところ。

「先輩、彼氏いたんですか……そういうのは早く言ってくださいよぉ〜」

彼氏はいないけど、その方が彼らの名声も傷つかずに済むだろうし、合わせるか。

どうせ当分作る気もないし。

「いつから付き合ってるんだ……?」

「先週からよ」

伊藤君のリサーチ不足ってことにするのも悪いので、あくまで最近ってことで。

「ああ……そうか。時間を取らせて済まなかった」

ひどく落胆した顔で、薬師寺君はその場を去った。……演技、よね?

「はぁぁ〜、一足遅かったかぁ。覆水盆に返らず……薬師寺さんのことは諦めて、僕も告白に行くとしますか」

は?

「待って。今の、おかしくない?

 貴方、薬師寺君がいながら誰に告白するというの」


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「まさか伊藤君と薬師寺君がデキてないなんて……」

「リリィ先輩の趣味も驚きですけどね!?

 僕は学科の先輩待たせてるんでもう行きますけど、リリィ先輩は薬師寺さんを追いかけて!」

「えっ。なんでよ」

「4年間もリリィ先輩のことが好きだった薬師寺先輩が浮かばれないじゃないですか!

 薬師寺さん、無駄に堅物でチキンだけど、顔は良いし。お試しで付き合ってあげてくださいよ!」

その理論はどうだろう。

というか、推しのカップルが妄想でしかなかったショックが大きいんだけど。


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仕方がないので薬師寺君を追いかけたのだが、彼は存外足が早い。

走り回って上がった息を整えていたら、窓から見える屋上に伊藤君らしき姿を見かけた。

何となく興味が湧いて、手持ちの双眼鏡で"先輩"とやらを覗く。


伊藤君が顔を赤らめて告白している相手は、筋骨隆々でよく日焼けした肌のーーー


ーーーは?



~完~

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