第2話 伊藤
西日が差し込む部室棟、室内に響く男女の声。
小窓から伸びる影は、扉前に隠れる僕の不審さを助長しているようだった。
「私としても………会えなくなるのは…残念に思っているよ。」
聞こえづらいが、男らしさのかけらもないこの声は薬師寺さんだ。
そして、その会話相手は部の高嶺の花であるリリィ先輩。
会えなくなるのが残念…かぁ。
"残念"…憾み、悔恨、無念。
一流大手企業に進み、社会的には誰もが羨む成功者。
しかしながら、たった一人の想い人には振り向いてもらえず 、プライドの高さ故に他の女性で妥協もできず毎日独り暗い家に帰る日々……
そんな先輩の陰鬱な人生を想像することなどとても容易かった。
つまり、今日この瞬間を逃せば彼は後悔と自責の念に駆られ続けることは必至だろう………
二人は両思い。これは部内の人間なら誰でも知る共通認識である。
例えば、冷静沈着な薬師寺さんはひとたびリリィ先輩の話題になると驚くほど慌てふためいてしまう。
またその一方で、リリィ先輩は薬師寺さんのいない時にはいつも決まって仲の良い僕に色々と薬師寺さんについて質問をしてくるのだ。あれで興味がないとは言わせまい。
そして、そんな二人は僕にとっては娯楽の対象でしかない。書展や文化祭などイベントの度に薬師寺さんを世話好きのリリィ先輩にけしかけるため色々画策したっけ。
彼らを弄んだこの3年間は、喜劇、いや奇劇とも言うべきものであった。なんたって、面白いほどにこの男女はすれ違うのである。
しかし、どんな演劇も幕は必ず閉じるのである。そんな二人の幕引きについて話をしよう。
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「薬師寺さん!いくらなんでも飲みすぎですって」
「キサマ、私に歯向かうとは良い度胸だな!」
真夜中に轟く怒号。
薬師寺さんは酔うと冷静さを欠いてしまう類いの人種なのだ。
というか、シラフとのギャップありすぎじゃないか。
将来絶対お酒失敗するタイプだな。(僕が失敗させてやりたい)
今回酒に溺れる切っ掛けとなったのは、どうやら忘年会でリリィ先輩に上手く話しかけられなかったことらしい…
理由がショボすぎだって?
いや、まったく薬師寺さんの器の小ささと言ったら…まぁ、その小ささが僕にとっては滑稽でたまらなくツボなんだけどね。
じゃないと、こんな万年中二病末期患者の愚痴を延々と聞かされる二次会だって罰ゲームでしかない。
「ねぇ薬師寺さん、実は僕気になってる人がいるんですよ。」
僕は単刀直入に娯楽に興じるとする。まどろっこしいのは苦手である。
愉悦を味わうことに関しては常に貪欲なのが僕なのだ。
「ん、いっ伊藤が恋だと!?で、ど、どんな女性なんだ?参考までに聞いてやらんこともないぞ。」
動揺の仕方があまりにも分かりやす過ぎだろ。
そんな反応をされると僕も仕掛けた甲斐があるというものだ。
それにしても参考って、僕が言うことは先輩の恋路には何の参考にもならないだけにいささか先輩には申し訳ないなぁ
「え~。やっぱり薬師寺さんも恋愛に興味があるんですね~」
「まっ、まぁ多少はな。で、誰なんだ?」
せっかちな人だなぁ。先輩、そんなんじゃリリィ先輩には嫌われちゃうよ??
「う~ん、ヒントくらいあげましょうか。
ヒント-僕の先輩ですっ」
その時、一瞬で先輩の顔が青ざめたのを僕は見逃さなかった。これだから先輩は面白い。先輩は先輩でも僕の学科の先輩のことであって、リリィ先輩のことではない。
続けて僕は言う。
「前々から僕のこと良く見てるんですよね~、なんていうか~目が合うっていうんですか?絶対好意ありますよね~」
ちなみに僕の沽券に関わるので注釈しておくと学科の先輩に見つめられるのは事実である。
実は僕はモテるのだ。
あの視線は、さながら薬師寺さんを一途に見つめるリリィ先輩のごとく…
まぁ、僕と違って薬師寺さんにその熱い眼差しが届くことはなさそうだけど。
リリィ先輩もなかなか不憫な人である。どうしてこんな朴念仁が良いのか…甚だ疑問だ。
「ちなみに僕は脈もありそうだし、卒業する前にそろそろ告白しよっかな~って」
それ以降先輩が口を開くことはなかった。
ここまで予想どおりになるとは、僕って人の心を読む才能があるのかな。
いや、それとも先輩が分かりやすすぎるだけか。
何はともあれ、僕は先輩の燻ってる恋心を焚き付けることに成功したわけだ
だけどまぁ、奥手な薬師寺さんは一生リリィ先輩に胸の内を吐露することはないだろうけど…
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「私は君のことが…」
それが一体全体どういうことだ!
気がつくと先輩が告白を始めているではないか!!
最後の記念に先輩をこきつかっておこうと部室のカメラを取りに行かせただけなのに…
まっ、でもこれはこれで部内ゴシップとしては申し分ないか。
面白ければなんでもよしとしよう!
二人が両思いである以上薬師寺さんの告白が成功するのは目に見えてるし、僕もそろそろ第1学舎の屋上庭園で待たせてる学科の先輩に想いを伝えるとするかな。
お幸せにね、せんぱっ…
「えっ、伊藤くん…?」
ア、バレタ。
リリィ先輩もよりにもよって今僕に気付いちゃうんだ。
大事な瞬間だよ?一生を左右しかねないよ?普通、スルーするとこだよね。少しは薬師寺さんの気持ち考えてあげようよ。
流石の僕もこればっかりは同じ男として薬師寺さんの肩を持ってしまう。
彼らは絶対に結ばれない運命なのか?
これにはさすがの僕も大宇宙の意思を感じざるを得ないかな…
冗談はさておき、ここでコソコソしても仕方ない。
意図していないとは言え、薬師寺さんの一世一代の大勝負に水を差しちゃったのは事実だし、このままでは末代まで呪われかねない。それにまぁ、薬師寺さんの恋路の生き証人になるのもまた一興か。
僕は入室の覚悟を決めた。
「改めましてお二人ともご卒業おめでとうございまーす!」
「私は、ずっと君のことが……!」
急な僕の登場にもっと動揺するかと思っていたら見当違いである。
まるで僕の存在を遮るかのように早々と告白の続きを始める先輩。
反応薄っ!僕が見えてないのか、この人は。緊張のし過ぎでまるでロボットだな
「薬師寺君…私」
まぁ、いつもは先輩をからかう僕でも最後くらいは祝福してやるか。
ーーーだが。
リリィ先輩の口から出た言葉は予想だにしないものであった。
「ごめんなさい。」
~第3話に続く~
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