第2話

それから3カ月ほど経った頃だろうか。

夏休みが終わり、あのインタビューがあったことを忘れかけていたころ、カオリから家に電話がかかってきた。


「はい、もしもし。」

うちは貧乏だったので、連絡手段は家の電話しかなかった。まるでサザエさんの家みたいだとときどき思っていた。


「あのさ!お父さんが病院とか色んなところで試したら、すごい効果が出たんだって!」

「すぐに治っちゃう、奇跡だ!!ってすごいことになっちゃってるんだって。」

そうなるとは思っていたけど、改めて説明されると、博士は本当にすごいんだなと単純に感心した。


「それでね。お父さんが明日の朝の報道番組で取り上げたいんだって。」

「博士にいいかどうか聞いてくれない?」


「あ、うん。ちょっと待ってて。」

私はすぐ博士に聞きに行き、戻ってまた受話器を取った。


「是非どうぞ、だって。でも『ココミキャップ』って名前だけは絶対に変えないでって。そこを守ってくれればだって。」


「うん、わかった。伝えとく!明日楽しみだね。」

私は特に楽しみではなかったが。全国ネットで博士が紹介させるなんて、ある意味悪夢だと思った。


朝の報道番組では異例となる10分間という長い尺で、ココミキャップが特集されていた。

私は「もしかすると、この商品すごく売れちゃうかも。」と思って見ていたが、翌日からは想像以上に大変なことになってしまった。


どこでどう調べたのだろうか。

機械メーカーや製薬会社、大学など、色々なところからの電話がひっきりなしにかかってくるようになった。なかには怪しそうな人からの連絡もあったし、脅しみたいなものもあった。


大概は「是非うちで商品化させてください。」という依頼で、家の電話はパンクした。

煙が出ちゃうくらいに、切ったらかかり切ったらかかりと、私は大忙しになった。

博士が全く出ようとしないものだから、もう大変だった。


「博士、大変。売り込みの電話が鳴りっぱなしだよ。」

「たまには出てよね。なんで私ばっかり!」

と言うと、博士は喜ぶどころか、うかない返事をした。


「うーん。別にこの機械はうちに1台あればいいだけなんだよね。」

「だから売り込みの電話なんて出なくてもいいよ。」

「わざわざ、商品化しなくてもいいんだ。もうある意味役割は終えているわけだし。」


「でもさ、世の中の人をたくさん救えるだったら、やるべきじゃない?」

また、廊下の電話がジジジジと音を立てていた。


「また誰かに真似されちゃうよ。掃除機の時みたいに。」


「うん、別にいいんだけよ。真似されても。」

「真似されるだけの価値があったってことだしさ。」


「もう、博士はいつもそうなんだから。」

「私が勝手にやっちゃうからね。」

博士は相変わらず世間知らずだった。


私がうまくやってやるから、と思うと俄然やる気が出てきた。



「どのような条件でしょうか。」

「権利の保有はどのように。」

私はキャリアウーマンさながらに、各企業の提案をエクセルにまとめ、その中で最も好条件だった大手の製薬会社と契約をすることにした。


もちろん、前回の失敗の轍を踏まないように、権利がきちんと博士に残るような形でまとめた。


そして、しばらくすると、私は大金を手にした。

今は中学生の私が死ぬまで豪遊しても使いきれないような、ケタ違いのものだった。

私は達成感を味わいつつ、これでもう食べるものに困ることはないんだろうな、とつまらないことを考えていた。


製薬会社との契約が知られたせいか、それからは売り込みの電話は来なくなった。

一方で、今度は投資話など、色々なところからの電話がかかってくるようになった。

どこから電話番号が漏れているのか、とても不思議に思った。


電話がなるとビクっとするようになり、汗が出るようになってしまった。


「もういいよ、心美。電話になんて出なくていい。」

「ほら。お金が入ったから幸せってことはないだろ。」

と私の頭に手を乗せてきた。


「僕はね。心美が元気でいてくれるだけで十分幸せなんだ。」

「大金を得るよりもずっと幸せなんだ。」


「もう電話に出るのはやめなさい。」

そう言って電話線を抜いてしまった。


博士は私の頭をなでながら言った。


「お父さんは天才なんだ!だからいつでも大金を手に入れることもできる!」


「でも、どうしようもないくらいの馬鹿なんだ。だから大切なものを一つなくしてしまった。」

「いや、2つかな。」


大切なものって、お母さんのことだろうか。

確かにどうしようもないくらいの馬鹿だよ。大金は入ったけど。


「あっ!」

と突然私はひらめいた。

さすがに発明家の娘、

よく「山口はひらめきだけはいい」、と先生に褒められていたことを思い出した。

博士は私が突然叫んだので、驚いた顔をして顔をのぞきこんできた。


「どうした!?」


「うん。」


「博士、行こう。」

私は少し大きな声で、博士に言った。


「え。どこにさ。」


「いいから、いいから。」


私はココミキャップ(自分で言うのは恥ずかしいが)とパソコンを持って、荷物を持って少し嫌そうな博士を連れて新幹線に乗った。

博士は暇なくせに、「出不精」だから、出かけることを極端に嫌がる性格だった。


新幹線に乗ってもまだ聞いて来た。

「なんでなんで?」


「いいから、いいから。」


宇都宮につくと、タクシーに乗り、家の前で降りた。

博士は大分前から気付いているようだったが、ついに嫌がり始めた。

いまさらお母さんに会うのはバツが悪いという様子だった。


「いやだよ。絶対に帰れって言われちゃうよ。」

と言っている間に、タクシーはお母さんの実家の前に止まった。


私はタクシーの運転手にお金を払い、車を降りた。


博士は駄々っ子のように家に入るのを拒否した。

私はそれを無視しながらインターホンを押した___。



しばらくすると、

「はーい。」

とおばあちゃんの声がして、ドアが開いた。


「あんれ、まあ!心美ちゃん、靖男さん。どしたの!?」

「最近大変なことになってたけど大丈夫かい。」

「それよりどうしたん?」


私はそれに返事をせずに

「いいから、いいから。」

と、靴を脱ぎ、博士の手を引いて勝手に家の中に入っていった。


「お母さん、お母さん。」

と言いながらリビングのドアを開けると、お母さんはソファに横になっていた。


「小枝子、どうしたんだ!?病気か。」

苦しそうなお母さんの姿を見た博士が大きな声をあげた。


「あなた、急に何しに来たの?」

とお母さんはお父さんの言葉に返事もせずに、少し体を起こした。


放っておくと何やらいい争いが始まりそうな様子だった。

そんなことより、私はとにかく早く用を済ませたいと思っていた。


「お母さん、こんにちは。」

「いきなりごめんだけど、ちょっとこれかぶってね。」


「なによ、いったい。どうしたの?」

私はお母さんにココミキャップをかぶせ、博士のやっていた通りにパソコンをいじると、お母さんの意識がふーっと抜けたように見えた。


10分ほどして、お母さんは目を覚ました。

先ほどまでの不機嫌な様子はなくなって、見慣れた穏やかな顔になっていた。


お母さんは改めて、私たちの方を向いた。

「心美さん、やっちゃん、どしたの?何しに来たの。」


私は小さな声で「迎えに来たんだよ、って言って。」と博士にささやいた。

「なんでさ。」

博士は少し恥ずかしがっていたが、渋々と小さな声で言った。


「ええ、ああ、む・か・えに、来たんだ。」


お母さんはポカーンとしたような表情になり、しばらくするとすすり泣きを始めた。


「えーん。」

子供のようななき声をあげて博士に飛びついた。


「待ってたんだよ、ずっと。普通追いかけて来るでしょ、妻が出て行ったら。いつまで待たせるわけ!もうー!」


お母さんは子供のように泣いた。博士の胸に顔をうずめて。

そんなお母さんの姿を見るのはそれが初めてだった。


実を言うと、私は大分前からおばあちゃんから聞いていたんだ。


お母さんは嫌になって家を出たのではなく、家事のこと、家計のこと、私の世話と色んなことが重なりすぎて、もうどうしようもなくなり、ストレスが原因か、持病の腰痛がひどくなって動くのも苦痛になっていたんだそう。


もう何もしなくない、何もできない、と黙って実家に帰ることにしたんだそうだ。


宇都宮に戻ってからは、薬を飲んで落ち着いてはいたけど、すっかり動かなくなってしまい、ますます腰が痛くなっちゃったんだとおばあちゃんから聞いていた。


私も突然出てしまうなんて妻らしくないと思っていたから、その話を聞いてなんだか納得いった感じがした。


博士が家のことを何もしない、なんて結婚するずっと前からお母さんは知っていたはずだし、発明に没頭しちゃうと他のものが何も見えなくなっちゃうっていうのもわかっていたはずだったから。


今回のキャップの効果を見て、これをお母さんに持っていかなきゃと突然気付いて、私は博士を連れてここまでやってきたの。

お父さんは、全くお母さんの状態なんて知らなかったと思うけど。どうなっているのか気になっているくせに、おばあちゃんたちに連絡も取らない、というのも博士らしいとは思うけど


それにしても博士はやっぱり天才だった。

お母さんの腰は本当に治ってしまったようだった。あっと言う間に。


「もう。世間を騒がせて!いい加減にしなさいよ。」

「また調子に乗りすぎなんじゃないの?」

とすっかり元気を取り戻したお母さんが言うと、お父さんうれしそうに頭をかいた。


私たちは今回の発明で得たお金の大半を、お父さんの希望通りに父子家庭の教育基金に寄付した。まさに、この前の私たちみたいな人たちを助けるために。


そして、普通に暮らせるだけのお金を残して、また3人の生活に戻った。

お金があれば今の不幸から抜け出せる、と思っていたけどそうでもなかったらしい。お金は最低限で十分だった。何よりみんなの健康(心と体の両方ね)が大事なんだって良くわかった。


寄付しちゃうなんてもったいない、と思いつつう、そんなことにお金を使うお父さんってやっぱりいいな、とも思った。


お父さんがなくしたって言っていたもの。

1つはお母さん、2つ目はきっと私。


明日は、博士のことを「お父さん」って呼んであげてもいいかも、と思った。

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博士 usagi @unop7035

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