📖 正義のヒーローと 愛を知らない少女で 『君はどうしたら笑うのか気になった』



 普通なら、こんな事態に巻き込まれたとき、逃げ惑い、立ち竦み、泣き叫んでは許しを乞い救いを求め、現れたヒーローに惜しみ無い信頼と応援を──もっと必死に生き残ろうとするもんだ。ところがどうだ、今僕が背に庇うのは無気力な少女。飛んできた流れ弾にも崩れる瓦礫にも悲鳴ひとつ上げない。手足のかすり傷から血が流れてもまるで知らん顔。


「ねえ。テンションが上がらない」

「そんなの知らない。あなたが勝手にやって来ただけで、私助けてなんて言ってない」


 暴れ狂うヴィランが無差別に辺りを破壊していく。ヒーローはヴィランから人々を救わなくちゃいけない。助けてと言われなくても、勝手にヴィランと戦うのさ。


「こわくない?」


 僕が振り替えって少女の顔を覗き込むと彼女は不機嫌そうに僕を睨んだ。


「今日死ぬか、明日死ぬかの違いでしょ。生き延びて何があるって言うの」

「家族は?」

「とっくに死んだわ。いくらヒーローが頑張っても人は死ぬのよ」


 なるほど。


 僕は危険なヴィランに視線を戻した。彼女一人守るのは簡単だけど、その間にもヴィランは次々と手当たり次第破壊する。逃げ遅れた人や、彼女のように逃げもしない人がいたら標的にされてしまう。


「私の家族は逃げ遅れた馬鹿な娘を庇って死んだのよ。さっさと逃げてくれれば良かったのに。ヒーローが遅れて助けに来たから役立たずの娘だけ助かったの。笑えないでしょう?」

「とはいえ。君に無事でいてほしかったご両親の気持ちを僕は大事にしたい。君の願いは叶わなかったかもしれないけれど、ご両親やヒーローを恨むのは筋違いだからね」

「ヒーローは嫌いよ。皆正論しか言わない」

「はは、そりゃそうだ。君みたいな泣いてる女の子がいたら、笑顔をあげたくなるのがヒーローだからね」


 じゅうぶんに安全距離を確保して、頑丈なバリケードの陰に彼女を運んでから頭を撫でた。


「僕がヴィランと戦っている間にたくさん泣いてヒーローの悪口を言えばいい。たいして聞こえないし、僕も俄然やる気が出る」

「私がヴィランかもしれないのに、随分呑気なのね」

「その時は全力で君を止めてあげるよ」


 彼女のように希望も救いも必要としないくらい絶望してしまうと、人はヴィランになってしまう。だから僕らヒーローはヴィランと戦う以上に、絶望した人々を見過ごせない。


「今殺してよ。ヴィランになる前に。そしたら笑って死ねるじゃない」


 笑わない。泣かない。全くの真顔で彼女は僕をまっすぐ見上げた。


「残念だけど君の願いは叶わない。パパとママが生かした命だ」

「やっぱりヒーローなんか大嫌い。せっかくヴィランがいるのに私また死ねない」

「そうさ。君は今日も明日も生きるんだ」


 ふてくされた少女に背を向け僕はヴィランに意識を切り換える。まずはこいつを始末して、そのあともう一度考えよう。君が笑うにはどうすればいいかを。


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