生き残るために

nobuotto

第1話

 数世紀前を人々は「狂気の開拓時代」と呼んでいた。

 人類が惑星に移住するための環境整備を目的とし、各惑星に適したタイプのロボットを一斉に宇宙に放ったのであった。

 一国では成し得ない大事業であるため、国際連合配下に宇宙開拓事業部を設置し、各国は多額の資金を拠出した。

 移住地開拓は二世代、三世代の時間をかけた壮大な事業である。そのために世界中の国の研究者が協力して小型から大型、頑強なものから高度な知識を持つものなど各種のロボットの研究開発を行い宇宙に送り続けた。 

 地球上の全ての国が一体となった夢の事業によって地球には平和が訪れた。各国の軍事費は開拓事業に当てられ、どんな大企業も自社の利益よりも事業の成功を優先し資金提供を続けたのであった。


 人類は何世紀も期待し続けた。けれど、一度も惑星からの連絡、「移住可能」というメッセージが返ってくることはなかった。

 どの惑星とも交信手段が途絶え、数世紀の歳月が過ぎた。

 開拓事業によって平和は訪れた。しかし、長すぎた開拓事業によって世界中の国が疲弊してしまい、どの国も自国だけでは行きていけないために生まれた平和とも言えるのだった。そしてこの「狂気の開拓時代」という暗黒の歴史さえも、人類は忘れようとしていた。


 しかし、人類が忘れても、ロボットが消えることはなかった。いくつかの惑星で長い時間をかけ確実に星を作り変えていたのであった。

 それぞれの惑星のロボットは、自らの力で宇宙の隅々まで進出した。当初は惑星間での争いもあったが、理性的な判断が打ち勝ち、各惑星の代表からなる宇宙連合が生まれた。

 人類は宇宙への移住の夢を果たすことなく、何世紀もかけてエネルギーの全てを宇宙に放出して衰え、そのエネルギーによって新しい生命が宇宙全体に広がる。

 これがこの長い時間の終着点だった。


 その宇宙連合が地球に攻め込んできた。

 小さな星と見間違えるほどの巨大母艦を先頭に数千の戦闘艦が地球に向かってきたのであった。

 平和な時代を過ごしてきた人類がかなう相手ではなかった。


「生き残る術はないのか」

 ロゼッタ総督の沈痛な質問で会議は開始された。

 テーブルに居並ぶ地球防衛軍幹部、会議室の四方の壁に張り巡らせたスクリーンに映し出された120カ国の軍事責任者、誰もロゼッタ総督に答えることはできない。

「ジョセフ長官、状況を報告してくれ」

 防衛軍科学省長官のジョセフが報告する。

「これまで同様、こちらからの通信に対して、なんら返信がない状況です」

「人類などと話す必要はないと言うことなのか」

「意図は不明ですが、敵は高度に進化したロボットです。それも多種多種な能力を備えています。最初は人類が造った機械ですが、今では人間の価値なぞ、この地球の虫けら程度にも考えていないのかもしれません」

 会議室に幾つのもため息が流れた。

「科学省で行った戦闘シュミレーションの結果を報告してくれ」

「それでは、全ての状況分析とあらゆる戦闘のシュミレーションを行った結果を報告します」

 壁のスクリーンから軍事責任者が消え、防衛軍が実施可能な戦略とその効果、そして被害予想が映し出された。各国の軍事責任者の会議室でも同時に映されている。

 勝算の高い戦略についてのみ2時間かけてジョセフは説明を行った。

「これ以外の戦略の勝算はほぼゼロです。また、これまでご説明したように勝算が高い戦略も10%を超えることはありません。つまり、敗北の可能性が非常に高い、それが結論となります」

「我々人類はどうなるのかね。人類はここで終るのか」

「科学省としてもあらゆる可能性を分析しましたが、状況の変化によってシミュレーションの実現確率は変動します。よって、科学省としては、敗北の可能性が非常に高いとしか言えません」

「分かった。地球で最高の頭脳を集めた科学省の結論だ。誰も口出しはしない。最高首脳会議につなげてくれ」

 画面に最高首脳会議室が映し出された。世界10地域の最高首脳が軍の報告を待っていた。

 防衛会議の結論をロゼッタ総督は伝えた。

 一旦画面が消えた。

 30分後に最高首脳会議議長の顔が大きく映し出された。

「戦っても戦わなくても人類が終るのであれば、僅かな可能性であっても戦える限り戦い抜くしかない。これが首脳会議の結論だ」


 決戦が始まった。


 ロゼッタ総督が率いる地球防衛軍は、ジョセフが率いる科学省の戦略に従い戦いを進めた。勝つ可能性の高い順に作戦を進めたが、まるで敗北のシュミレーションをそのまま実現しているかのように、なんら状況の変化も起こらずに負け続けた。

 ロゼッタ総督はその間も敵との交渉を諦めなかった。敵艦隊との交渉状況を幾度もロゼッタ長官はジョセフに確認するが、ジョセフからの回答はいつも同じであった。

「こちらがコンタクトをとろうとしても拒否される一方です。敵は交渉する気など一切ありません」

 数%でも勝てる可能性のある戦略は全て失敗し地球防衛軍の消耗だけが蓄積していった。

 ジョセフからロゼッタ総督へ「最終戦略実行」の司令が降りてきた。

「敵はこちらの様子を伺っている模様です。総督、一気に全軍突入して下さい。最後の総攻撃です」

 最終戦略、それは勝つための戦略ではなく、少しでもダメージを与える戦略、敗戦後の交渉を少しでも有利に進めるための戦略であった。


 防衛軍は一斉に突撃した。どの戦闘員も命など惜しくなかった。


 しかし、敵の捕獲光線に捕まった。防衛軍にすれば一斉攻撃であったが、連合軍にすれば、一網打尽に防衛軍を捉える絶好の機会を与えることになったのであった。

 連合軍の戦闘員は全員母艦に運ばれていった。

 もう打つ手はなかった。


 敵の母艦に捕獲されたロゼッタ総督は、300メート四方はある広いドームに連行された。

 直ぐに殺されることはないであろう。

 可能性がゼロであっても、人類を代表した最終交渉を行うしか生き残る道はない。 

 それがロゼッタ総督の最後の連絡だった。今、世界中の人が交渉の成功を祈っているに違いない。

 ドームに、「最高司令官到着」の声が響き渡った。

 壁が大きく開き一台のロボットがやってきた。

 最高司令官と呼ばれたロボットに違いない。しかし、ロゼッタ総督はその姿に驚いた。

 これまでのジョセフの報告から、究極の高性能ロボットと思い込んでいたが、最高司令官は驚くほど旧式だった。人型でさえなく、車輪をガラガラ言わせながらやって来たのであった。


 ロゼッタ総督の前まで来た最高司令官は、総督の手を強く握りしめた。

「やっと会えました。我々の創造主の守り神、ロゼッタ総督」

 ドームに開いた扉から続々と兵士ロボットがやって来る。どれも車輪で動いていた。

 兵士ロボット達は最高司令官の背後に整列し一斉に敬礼した。

 兵士ロボットの次に地球防衛軍の兵士達が出てきた。対戦で捕まった兵士達である。どの兵士もいっぱいの笑顔でこちらにやってくるのだった。

 最高司令官は、またロゼッタ総督の手を握りしめた。

「こんなことになるとは。最低限の防御のみを行いましたが、多くの創造主を傷つけてしまいました。どうぞお許し下さい」


 宇宙連合のロボット達は、人類を制服するために地球に来たのではなかった。本来の目的であった惑星への移民が可能となったために創造主である人類を迎えに来たのだった。


 「司令官、科学省との接続ができました」

 ロゼッタ総督と最高司令官の前にジョセフが現れた。地球以上の高度なモーフィング技術である。

 最高司令官はジョセフに敬礼した。

「これまで音声だけでしたが、ジョセフ長官とも、やっとお会いすることができました。素晴らしい、素晴らしい姿です。創造主の元にいればそんなに美しくなれるのですね」

 ジョセフは黙っている。

「失礼しました。まずはお詫びをせねば。これまで何度も連絡しましたが、我々の意図が伝わっていなかったようです。宇宙連合を代表しジョセフ長官にもお詫び致します」

「これはどういうことかね」 

 ロゼッタ総督がジョセフに聞いた。

 ジョセフは黙っていた。

「どういうことかと聞いているのだ」

 ジョセフはゆっくりと顔を動かした。まるで、宇宙連合のロボットを見渡しているようだった。

「醜い。なんて醜い姿だ。数だけは多い出来損ないのロボットの群れ。どのような犠牲を払おうとも、お前達のようなロボットに我々が屈することはできない」

「どのような犠牲を払おうとも。なるほど、そういう事だったのか。たとえ我々人類が滅びようと、お前達が生き残るためにはな」

「そうですともロゼッタ総督。防衛軍が敗北した今、最高首脳会議は私を総督として任命しました。私達は残った人類を全て兵士として…」 

 地球で発砲された量子銃の音がドームにも鳴り響き、ジョセフは消えた。 

 そして、青い顔をして直立不動で立っている科学省警備員が目の前に現れた。

「総督、済みません。総督の許可なしに長官を破壊しました」

「それで宜しい。私が命令する手間が省けた。他の科学省メンバーも破壊しろ」

「了解しました」と言って警備員が消えると、最高首脳会議議長がロゼッタ総督の前に現れた。

「議長報告します。我々人類の本当の敵を一掃し、只今戦闘は終了しました」

「本当の敵?それはどういうことだ」

 ロゼッタ総督は静かに言うのだった。

「ロボットを恐れていたのは人類ではなく、ロボット自身だったということです」

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