第5話「こっそりコロッケ貯金っ!」

 その日、私は密かにカイくんの部屋へと忍び込んでいた。ふふふ。私にかかればドアの鍵なんて、ちょっと溶かしてちょっと凍らせれば簡単簡単。とはいえこれまでこんな実力行使はしてこなかった。


 そんなことでカイくんの信用を失くすのは嫌だったし、私はあくまで押しかけだし、嫌がることはしたくない。でも今日は仕方がないのだ。タイムリミットも迫っている。


 カイくんとは随分打ち解けて来て、色々と出かけるようにもなったのに。初日のあれ以来、絶対に私を台所に立たせてくれなかった。

 私の野望のひとつに、手料理を食べてもらうというのがあるのに。なので、このまま終わらせるわけにはいかない。


「ふふふ、完璧です」


 カイくんは今日夕方まで帰って来ない。平日は学生という奴らしく、授業というもので不定期だったけれど、カレンダーによれば今日はアルバイトという奴で遅い。何度かあったけど、その印の意味に気付いた私に死角はなかった。


 今日挑戦するのはコロッケという奴。こっそり色々と拝借して食材は確保済み。犯罪じゃないよ!? カイくんからお小遣いのようなものを貰っていたので少しずつ貯金していたのです。コロッケ貯金。


 使い方を教わったタブレットでお料理動画も履修済み。完璧に出来る女になった私。帰ってきたカイくんもきっと大喜び。


 今回のメニューもかつてのカイくんが大好きと豪語していたメニュー。まずはジャガイモを切ってと。

 ごろごろとしたジャガイモ。あ、皮と芽とかいう奴をとってと。玉ねぎもキャベツも千切り。今度は冷凍のままじゃなく、きちんと火を通すのだ。


「ふむふむ。ヒタヒタってなに?」


 よくわからないけれど、とりあえず鍋に切ったジャガイモと水を入れて火をつけてみた。むむむ、なんたる熱気。でも私だって負けません。次はフライパンにバター投入。玉ねぎを炒めますっと。


「あめ色? うーんうーん。とりあえず動画と同じ感じにすればいっか」


 彼の居ない部屋で、一人料理に悪戦苦闘。でも、それが楽しかった。はじめてのチャレンジも、食べたことのないチョイスも。カイくんがちょっと困ったような顔で、喜んでくれたら嬉しい。

 それを思えば多少熱くったって大丈夫。軽く失敗しても笑えればそれでOK。もちろん失敗しないに越したことはないけれど。


「よし、今回は凍らなかった!」


 私は具材で小判形を作る事にどうにか成功していた。要は冷気を遮断すればいいのだから、厚手のゴム手袋をすれば良かったのだ。簡単簡単。小麦粉、卵、パン粉も準備よし。油もそろそろ良い温度。良い温度?


「うーんわかんない」


 油の温度ってどうやって測るんだろう。あがってくる熱気で判断するのだろうか。顔を近づけてみても、ただただ熱い。私には灼熱なのは間違いない。コロッケにとってはどのくらいだろうか。


「なんで開いてって、お前」

「ふい?」

「顔おぉぉぉ!! 溶けてるぞお前!!」

「ふぁい? だ、大丈夫大丈夫ってあれ?」


 溶けかけるくらい覚悟のうえだ。だから、安心させるために笑って振り向いたはずなんだけど、どうやら思っていたより溶けていたらしい。手も腕もヨワヨワになっていて、するっと手にしていたフライパンの取手が。


「あ」

「危ねぇ!!」


 ひっくり返ったフライパン。その油が飛び出して。呆気にとられている間に、私は床へと大きな音をたてて倒れ込んでいた。がらんと床を転がっていくフライパン。


「え、え?」


 ああ、違う。どうして。倒れ込んだ私のうえに、覆いかぶさるようにカイくんが居た。飛び込んで、私を庇って。その身に焼ける油を受けていた。


「カイくん! カイくん!! しっかりして!?」


 呼びかけへの返事は苦悶の声。じゅうっと肉が焼ける臭いが立ち込めている。こんなはずじゃなかったのに。

 私は、力の入りにくい手でどうにかカイくんの服を脱がす。べりっと、皮が剥がれる嫌な感触があった。

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