第3話「得意料理はかき氷ですっ!」

 場所を移して彼の部屋。お邪魔するにあたって、彼は暖房のスイッチを入れなかった。やっぱりカイくんは優しいのだ。


「そうだな。まずは、飯だ。夕飯、何がつくれるんだ?」

「得意料理はかき氷です!」

「待てそれは料理じゃねぇ」


 満面の笑みで腕まくりをした私を彼が制していた。何故だろう。任せてくれれば、精のつくウナギ味のかき氷や、高級感あるお寿司風。あるいは家庭的な肉じゃが味なんてものも披露できるのに。まぁ本物食べたことないけれど。


「あー、熱は? 熱の入った料理は何が出来るんだ」

「熱ですか。苦手ですけど、大丈夫です。頑張ります」

「いや、何が出来るんだ」

「任せてください!」


 熱を使う料理だって知っている。私は出来る女なので。捨ててあったお料理本を拾って熟読済みだ。残念ながら私の生活圏内にコンロなんてなかったので実践したことはない。誰にだってはじめてはあるから大丈夫。


「……まぁいいや。やってみろ」

「はい! まずハンバーグですね簡単です」

「なんだそのチョイスは」


 昔、彼が好きだと言った料理だった。お互い子供だったし。彼にはハンバーグや揚げ物が御馳走だったみたい。

 私は食べたことがなかったので、とても興味深そうに話を聞いていた覚えがある。ともかく好きなことを語る彼はキラキラしていて、私の好きなカイくん、ベスト10に入るシーンだ。


「まずは玉ねぎですね!」

「おい。おいおい」


 玉ねぎは何だかみじん切りにした冷凍のものがあったのでそれを使った。冷凍って親近感がわくよね。凍ってるって素晴らしいので、そのままが美味しいはずだ。ガスの節約、出来る女のたしなみ。


 ひき肉を出したボウルに入れて、他にも塩コショウばさー。凍っていると味付けは濃い目じゃないとって私は知っているから任せて。


「まて。まてまてストップ」

「え、どうしたのカイくん?」


 私がタネをよいしょよいしょと捏ねているとまたもや制止された。私は犬じゃないけれど待つ。忠実で出来る女だから。


「凍って、ないか?」

「あれ、本当だ」


 ボウルに入れられたタネは捏ねれば捏ねるほど、どんどん硬くなっていた。おかしいな、料理本にそんな記述はなかったはずなのに。


「わかった。料理はもういい」

「あれ、お腹空いてなかった?」

「そうだな。とりあえず、あれだ。俺が作っておくから、風呂を沸かしてみてくれ」

「うん。わかった。やってみる!」


 これも知っている。ちゃんと修行してきたのだ。確か拾った小説でそんなシーンがあったから。適温を見ないといけなかったはず。


 私は得意気に浴室へと入り、スポンジを手に取った。まずは湯舟を洗って、それから水をはって沸かせばいいはずだ。湯船の隣の、ハンドルを。あれ、ない。まぁいいか。


「おま……」

 ごしごし。ごしごしごし。数分、お掃除をしていると浴室の扉が開いてカイくんが現れた。


「それは、身体を洗うスポンジだ。俺の。で、多分使ってる洗剤もボディウォッシュだろこの匂い」

「良い匂いですね! オレンジって奴でしょうか!」

「そうじゃねぇよ。ああ、わかった。わかったからとりあえず出ろ。冷める前に食おう」

「あれ、もう出来たんですか? カイくん凄い」


 私は上機嫌に部屋へと戻る。部屋の真ん中、小さな机にはお皿が二つ。すごい、本で見たハンバーグそっくりだ。私の分も、ある。やっぱりカイくんは優しいのだ。

 私は飛び込むように勝手に座ってしまった。カイくんと初めて食べるお食事。自分のウデマエを披露できなかったけど、それでも嬉しい。今日は良い日だ。


「すげぇ楽しそうだなお前……」

「え、うん。だって、こういうの憧れだったし嬉しいよ!」

「無邪気な奴」


 立ったままこちらを呆れ顔で見ていたカイくんが、少しだけ。少しだけ優しく笑ってくれた。今日は本当に良い日だ。若干疲れているようにも見えるけれど。


「まぁ、いただきます」

「いただきます!」


 カイくんも座って食べ始めた。私はにやにやしながら料理をあちこち、色んな角度で眺めまわしてから箸を手に取った。


「箸は使えるんだな」

「ひどい。私を何だと思ってるんですか!」


 箸で割ってみたハンバーグからは透明な御汁が出てきた。これが、噂に名高い肉汁という奴だろうか。そのまま逃さないよう、切り分けたお肉を口へと運ぶ。はふはふ。


「これがハンバーグ! 玉ねぎがぴりっとして、お肉がほろほろって奴ですね!」

「そりゃ多分冷凍だったから甘みが。いや、なんでもねぇ。うまいか?」

「はい! ほっぺたが落ちそうです!!」

「そりゃ良かった。よか……、おい」

「なんでふか?」


 はじめて食べるハンバーグに私は夢中になっていた。ついついがっついて食べてしまう。カイくんの前であまりはしたないところは見せたくなかったけれど、ほっぺたが落ちそうなんだもの。


「溶けてる。溶けてるぞお前! 顔!!」

「ふぇ?」


 言われて顔に手をやった。本当にほっぺが落ちてる。美味し過ぎたんだきっと。


「やっぱ熱のある食べ物無理なんじゃねーか! なんで食った!!」

「いやだって。美味しかったし! はじめて食べたから!」

「いや良い。まずはそれ何とかしろ! 消えたらどうするんだ。なんだ、どうすりゃいいんだ? 氷か!?」

「ひゃい!」


 急に走り出したカイくんは冷凍庫から氷を引っ張り出して、私の顔面に叩きつけてきた。ちょっと痛いよ!? そのうえ食べかけのハンバーグまで取り上げられてしまった。


「無理に食うんじゃない馬鹿」

「だってー」

「……顔が戻ってからにしろ。あともうちょい冷ませ先に」

「うん!」


 やっぱりカイくんは優しいのだ。

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