セーブできそうな場所

「スマホを盗まれた」と伝えるとジョンは同情してくれた。しかし、太った日本人に盗まれたと言うと不思議そうな顔をした。うん、ここで日本人にスマホを盗まれる日本人は珍しいだろう。


それはともかく俺たちは泥棒ロリコンオークを探すためにスラム街で必死に聞き込みし、やがてそれらしい男を見たという住人を見つけ、足取りをたどってゆくと川沿いにある古い建物に着いた。


「ジョン、ここは何?」

「A church」

「チャーチ?あ、教会か」


ゲームに出てきた単語なのでわかった。

そういえばフィリピンについて調べた時にここはキリスト教徒が多いという記事を読んだ。これもスペインやアメリカに統治された過去に起因するそうだ。

あのオークめ。ここに逃げ込むとはどういうつもりだ。懺悔するわけでなく、路銀を貸してくれとか言うつもりだろう。スマホ決済するには暗証番号が必要だとやっと気づいたのか。

俺は今からオークスレイヤーになってやる。


「ケンゴ、ココ、カイラ、イル」

「カイラ?ええと、フー・イズ・カイラ?」


カイラとは誰ですか、と聞いたつもりだ。


「モンガ」

「モンガ?」

「She is a nun!」

「ナン?」


ナン?インドの食物じゃないよね?

翻訳魔法ことスマホがない今、俺の英語力では理解できない。


建物の中に入ると若いシスターがいた。訂正。若くて美人のシスターだ。心ときめくくらいにお美しい。


「カイラ!」

「ジョン?クンシノアンタオンイト?」


なにやらフィリピン語で会話が始まった。「この人は誰?」的なものにジョンは答え、俺が何者でなぜここに来たかを伝えてくれたのだろう。カイラさんは2階のほうを見て複雑な顔をし、何かを言った。


「なんて言ってる?」

「ニホンジン、ウエ、ゴハン、タベテル」

「は?」


ジョンの説明によると二階で食事中なんだと。この女性は道端で疲れ果てたオークを見つけて声をかけ、俺のスマホで翻訳して「悪い人にお金を奪われた」と言ったらしい。お前が言うな!

喉が渇いたというあいつを彼女は教会に連れてきて、腹も減ってるようなのでささやかな食事をあげたんだと。

なんという聖女。まさに美女と野獣だ。よし、野獣を狩ろう。


「Please don't hurt him!」


カイラさんは流暢な英語で何か言った。


「なんて?」

「ソノヒト、タタク、ダメ」


ぐぬぬ、暴力厳禁か。そりゃ教会の修道女だもんな。

わかった。オークスレイヤーになるのはやめよう。

そう約束すると彼女はほっとした顔になった。


「スマホ返せ!おらああああ!」

「うわああああっ!」


俺が怒鳴り込むとオークは口からチキンライスっぽいものを吹き出した。大丈夫だよ、カイラさん。必要がない限り叩かないから。

オークはスマホをいじってたらしい。幼女のエロ画像を検索してたんじゃないだろうな。俺の履歴に残るだろうが。

オークは窓からベランダの外へ逃げようとしたが、そこで躊躇した。

外は川だからだ。


「おい!飛び込むなよ!」


俺は叫んだ。

当然だがスマホを心配してだ。


「た、頼む!金を貸してくれ!大使館まででいいから!」

「またそれか!だから警察行けって!」

「それは嫌だ!」

「デリカド!」


カイラさんが何かを叫んだ。


「メイマガブワヤ!」

「え?」

「デリカド!」


カイラさんはまたデリカドと言った。

その時、古いベランダがみしりと音を立て、オークの姿が消えた。

うん、たぶん「あぶない」という意味だな。

ばちゃーんという水音が聞こえ、今度は俺が叫ぶ番だった。


「俺のスマホがー!」

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