野生のオークが現れた

「おい!これは俺のタクシーだぞ!」


俺は小太りな中年男を拒絶した。

モンスターに襲われてる善良な村人なら助けるが、こいつは良い人オーラがない。なんか卑しい顔なんだよ。いや、ブサイクとかではなく。


「早く出してくれ!奴らが来ちまう!」


運転手にはフィリピン語で言わないとわからないだろ。翻訳機ないのか。

俺がそう思ってるとそいつは後ろを見て「ひいっ」と悲鳴を上げた。

荒くれ者という表現がぴったりのお兄さんたちが走ってくるからだ。


「あいつらに追われてるのか?」

「車を出してくれ!」


俺はしぶしぶ運転手に車を出すように言った。こいつが悪人とは限らないしな。数秒で荒くれ者たちは見えなくなり、小太り男は安堵の息を吐いた。


「で、あんた誰?何をやったんだ?」

「……俺は奥だ」

「オク?」

「奥って名字だ。奥村とかの奥」


名前と太った体形から俺は失礼ながら「オークっぽいな」と思った。

ちなみに某ゲームのせいでオークは豚と思う日本人が多いが本来は土色や緑色の肌をした強い人型生物らしい。


「あいつらは……その……ご、強盗だよ」

「嘘つけ。あんな派手な強盗がいるか。正直に言わないと降ろすぞ」

「待て!わかった!正直に話す!」


はよ話さんかい。


「お、女の子といいことができるって客引きに言われてついていったんだ。建物で選んだ子と個室に入ったんだけど急に泣き出して……怒った男たちにスマホと財布を奪われて、ヤバイ所に連れて行かれそうになったから逃げた……」


「お前、なんかまだ隠してるな」

「え?」


男はぎくっとした。


「まともな店ならそこまで酷いことにならないだろ。どんな店だ?」

「……すごく……若い子とも遊べる店」

「どのくらい若い子?」

「中学生前半くらいの……」


おまわりさん、この人です!

ある意味でモンスターじゃないか。助けるんじゃなかったよ。

お前の名前は奥じゃなくてオークに決定だ。


「ハメられたんだ。あいつら、難癖つけて財布とスマホを奪う気だったんだ。これだから野蛮人は……」


恨みがましく言うこいつを俺は討伐したくなった。

日本の恥をこのまま生かしておいていいんだろうか。無論、貧しい少女を売り物にしてるマフィア的な連中も悪いが、こいつは異世界で奴隷を買っちゃう陰キャ主人公より酷い。


「なあ、あんた、金を貸してくれないか?」

「やだよ。自業自得だろ」


はよ降りろ。

そう思って俺はタクシーを止めさせた。


「降りろ」

「頼むよ!見捨てないでくれ!」

「降りろ」


俺はゲームのNPCみたく同じセリフを言い、オーク君は縋るような目をしていたがやがて諦めたらしい。


「わかった……最後に地図だけ見せてくれよ?歩いて港まで行くから……」


それくらいならいいかと思って俺はスマホで近辺の地図を出してやった。奥がそれを見て、港の位置を確かめているので俺はなにげなく運転手を見た。

その時だ。オークは腐れ根性を発揮して俺のスマホを奪って走り出した。

俺は一瞬呆気にとられ、そして海外旅行サイトの注意書きを思い出す。

「スマホを手に持って歩くと盗まれやすいからやめましょう」

日本人に盗まれるとはそのサイトも思わないだろう。


「ちょっ!返せえええ!」


俺は太ったロリコンを追いかけねばならなかった。

後ろから運転手が何か叫んだ。言いたいことはわかるが、俺は悪くない。

スラムっぽい街中をオークが走り、俺は全力で追いかける。

こいつ、デブのくせにけっこう素早いぞ!ハイオークか!


「待てえええ!」

「いやだああああ!」


スマホを奪ってどうする気だ。パスワードがなきゃ決済できないだろう。

そう思いながら俺は必死に追いかけたがやがて見失ってしまった。


(やばい!いかにも治安が悪そうな所じゃないか!)


人が多い繁華街以外に決して行くな。

これも旅行サイトで読んだ注意事項だ。スマホがないので言葉の翻訳もできない。俺は暑さと別に不安からどっと汗が吹き出てきた。


丸腰でダンジョンに踏み込んだような気分で俺はスラム街を走った。

しかし、スラムから抜けるどころかどんどん深みへ潜り込んでしまったらしく、現地人は不思議そうに俺を見てくる。その視線が怖く、俺はへとへとになりながらも足を動かした。


(誰か助けて!神様仏様!)


天の助けを待つ。

その時、本当に救世主が現れた。


「ケンゴ!マガンダンハーポン!」

「ジョーーーン!」


日本語がちょっとわかるジョン君と再会し、俺は泣きそうになった。

マガンダンハーポン!

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