異世界転移かと思ったけど、ここフィリピンだ!

M.M.M

マガンダンハーポン!

ざざぁ、ざざぁ、と波の音が聞こえた。

潮の香りもする。


俺がその次に感じたのは「暑い」、そして「眩しい」だった。

瞼を閉じてるのに日光がそこを貫いて眩しいとわかる。肌もじりじりと焼ける。

俺は炎天下の中にいた。


「う……うう……暑いわっ!」


俺が体を起こすと綺麗な蒼い海と美しい空が目の前に広がっていた。

南の島でバカンスをするならここだというような場所だ。


「え……ここ、どこだ?」


俺、健吾は記憶を辿って現況を整理してみた。

すぐに脳内に蘇ったのは「キキィ」というタイヤのこすれる音と目の前に迫るトラックだった。


(そうだ……子供が飛び出たところを助けようとしたんだっけ……)


俺は子供を突き飛ばした瞬間を覚えている。

ドラマみたいに家族の顔や走馬灯など流れなかった。

痛みもなく、視界が真っ白になって意識はそこでフェードアウトした。


「まさか……これって……」


俺はすくっと立ち上がって右側を見た。

砂浜と細い木々が立ち並ぶ林がずっと続いてる。


「異世界転移ってやつか!」


ラノベ脳の俺はこの事態をすぐに飲み込んだ。

異世界転移。チート能力。なんちゃって中世世界。冒険者組合。

そんな単語がいくつも浮かんですぐに1つの確認をした。


「ステータスオープン!」


俺が手をかざすとウィンドウが現れ……たりはしなかった。


(あ……出ないパターンか……異世界転移が全部ゲーム方式なわけじゃないもんな……うん……)


すごく恥ずかしくなった俺は周囲を見回した。

モンスターが急に襲ってきたら大変だ。魔法が使えるかどうかもわからない。都合よくサブキャラが助けに来てこの世界の仕組みを説明してくれると決まったわけじゃない。


「マガンダンハーポン!」

「うわあっ!」


俺は背中から声をかけられて飛び上がった。

いつのまにか小学生くらいの少年が接近していたのだ。


(気配消しのスキルか!?)


俺はあどけない子供の姿を観察した。

黒い髪と瞳。真っ赤に焼けた肌。赤いTシャツ。半ズボン。

第一異世界人との遭遇だが、やけに「アジア人っぽい」と思った。異世界ファンタジーは常に西洋風であるという決まりはないが、やけに現実味のあるアジア感だった。


「マガンダンハーポン」


少年は笑顔でまた言った。

翻訳魔法は働いてないらしいので俺は途方に暮れた。無粋な輩がよくいう「異世界で言語をどうするの?」問題に直面してしまった。言葉を一から覚えることの面倒さ。その過程も大事だと思ってたが我が身になるとやはり「翻訳魔法くれよ」と思う。

俺がそう思っていると少年はとんでもないことを口にした。


「コンニチハ!」

「ええええっ!?」

「コンニチハ!」


その子供は間違いなく日本語を喋った。


(なんで日本語!?かつて転移してきた日本人が教えたパターンか!?)


そう思ってると少年は別の言葉をしゃべった。


「Hello!」

「英語まで!?」


なんかおかしいぞと俺は思い始めた。

その時、空からキイイイインという金属が空気を切り裂く音が聞こえた。

上を見上げるとはるか上空に飛行機雲を描きながら旅客機が飛んでいた。


(え?飛行機!?中世的な時代じゃなくて?まさか……)


俺はポケットにスマホが入っていることをやっと思い出し、GPSを作動させた。そして驚天動地というよりむしろ平凡的な事実を突きつけられた。


「ここ、フィリピンじゃねーか!!」


現在地はフィリピン国のボホール島。マビーニという地域を指していた。

異世界転移ではなく思いっきり日本のそばだったのだ。


(なんてこった!ここは地球だったんだーーー!)


どっかの映画のような台詞を思いながら俺は砂浜に膝をついた。

異世界転移ならぬフィリピン転移。これってどういうことだ?




「船に乗りたいんだけど、どこでタクシーに乗れる?」


俺はスマホの翻訳機を作動させて少年に尋ねた。

俺がフィリピンに「転移」したこと自体は間違いない。なにしろトラックに轢かれた時から約10分しか経過していないのだから。科学的な手段では不可能だ。

しかしなぜフィリピン?理由はわからないがここに冒険者組合はないので俺は仕方なく首都マニラの日本大使館を目指すことにした。帰ろう。


「あちらの方角へ行けば道路に出ます。通りかかるタクシーを拾ってください」


電子音が子供の言葉を翻訳した。

便利な時代だなと俺は思う。ついでに「支払いは電子マネーでできるかな?」と聞いたらたぶん大丈夫と言われた。


(ハイテク時代に生まれたおかげで言語やお金も心配なし……本当にすごい時代だ……)


俺は万能魔法にも等しいスマホをじっと見つめた。

これじゃあスマホでチートするラノベも生まれるわけだ。


「お兄さんは観光客ですか?」


砂浜を並んで歩きながら少年は聞いた。

ちなみに彼はジョンという名前だ。「めっちゃ英語風だな」と思ったがスマホで調べてみるとフィリピンという国はスペインやアメリカに統治されていた時期があったからスペイン語やアメリカ英語がかなり浸透したとわかった。

うーん、歴史の授業でそういうのを習ったはずだがさっぱり覚えてないぞ。


「観光客……まあ、そんなところだよ。コンニチハって言ってたけどジョンは日本語がわかるの?」

「はい、少しです。いろんな国の観光客が来るから覚えました」


学習意欲の高い少年だと俺は思った。


しばらく歩いていると車が行き交う街に着いた。

もっと早くタクシーに乗れたのだが俺はこの子に何かお礼をしたいと思った。しかし、あいにくポケットには小額の日本円しかない。電子マネーが使えるお店が近くにあればいいのだが。


「ジョン、スマホで支払いできる店って近くにある?」

「知っています」


ジョンが案内した場所には24時間営業のスーパーマーケットがあり、電子マネーが使えるという英語の張り紙があった。うん、スマホで調べたんだ。

そこでいくつかお菓子を買って彼に渡した。このくらいのほうがジョンも恐縮しなくて済むだろう。


「アリガト!」


翻訳する必要はなかった。

普通に喜んでくれたので俺はほっとした。

さあ、日本大使館に行くぞと思って道端に停まってるタクシーの所へ行き、翻訳機で交渉した。フィリピンでタクシーを使う時はメーターをつけてるか確認しろとかネットに書いてあったことを気にしながら車に乗り込こむ。

その時だ。奇妙な男が車内に飛び込んできた。


「す、すぐに出してくれ!追われてるんだ!」


完璧な日本語をしゃべる日本人のおっさんだった。

こいつはいわゆるお助けイベントか?モンスターに襲われる村人を助ける的な。

でも、俺はすごく嫌な予感がした。

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