ガチなモンスターバトル

「スマホーー!!」


恋人の名前を呼ぶように俺は叫び、窓から下を見た。

そこにはずぶぬれになったオーク野郎の姿があった。幸い、岸のそばなので腰にも届かない水位だったからおぼれていない。

肝心のスマホは手に持ったままだ。無事か?


「おい!スマホどうなった!?」

「痛い!足が痛いいいい!」


着地した姿勢が悪かったらしく、オークは足を押さえた。

お前の足はいいんだよ。スマホはどうなんだ。

そう思ってる俺の横でカイラさんがまた叫んだ。


「メイマガブワヤ!ブワヤ!」

「ブワヤ?」


ブワヤを連呼してるけど、なんて意味だ?


「ブワヤ!chrocodile!」


ジョンが翻訳してくれた。

クラカァダァィルみたいな発音だったが俺の英語力でもわかった。

クロコダイル。ワニだ。俺はフィリピン旅行サイトの注意事項を思い出す。東南アジアに生息するイリエワニ。海水から淡水まで広く適応し、ワニの中でも特に攻撃的な種類で人食いワニとしても有名らしい。


そんな化け物とに都合悪くエンカウントしないだろう。

俺はそう思ったのだが、オークの後ろから変なコブがゆらゆらと近づいていた。

人間ではない。人は身長が3m以上もあったりしないのだから。


「痛いよおおお!」


戦争映画で衛生兵を呼ぶ兵士みたくオークは泣き叫んでいた。

俺たちは日本語とフィリピン語で「ワニだぞ!」「ブワヤ!ブワヤ!」と上から叫び、ようやく気づいたオークはさらに大きな悲鳴をあげて逃げようとしたが、人間とワニでは水中の機動力が違う。

陸に逃げようとしたオークの上着の裾に噛み付いたワニはデスロールと呼ばれる胴体ひねりをしながら獲物を水中へ引きずり込もうとした。


「いやだあああああ!」


水中に持っていかれようとするオーク。

それを見てさすがに俺も胸が痛くなった。

海外まで幼女を買いに来た変態だが、これは天罰なのだろうか。

そんな俺の考えを全否定する出来事が起こった。

いつの間にか1階に降りていたカイラさんが箒を持って川に飛び出たのだ。彼女は俺にはわからないフィリピン語を叫びながらワニの頭をばしばしと叩いた。


「カイラー!」


ジョンが叫んだ。

まさに聖女だと俺は思った。少しも善人でない男を助けるために彼女はか細い手でワニと戦ってる。そんな彼女を見て俺は何もしないでいいのか。

ジョンが俺の顔を見た。

わかってる。ここで行かなきゃ男じゃないよな。

オークの手にあったスマホはとっくに川に水没しており、奴を助ける理由はどこにもないのだが、綺麗な女性のためなら命を賭けるしかない。


(リザードマンとの初戦闘ってか?ははは……)


「うおおおおおっ!」


俺は2階から川に飛び降りるとワニの尻尾にしがみついた。

ワニ革のゴツゴツした感触と変な臭いを感じながらカイラさんに近づかせないよう必死に引っ張ったのだ。ワニの暴れること暴れること。ワニショーの飼育員もびっくりだ。


この時、俺は一つのことを念じながらワニと戦っていた。

なぜ俺はフィリピンに転移したかをずっと考えてたんだが、俺に瞬間移動能力が芽生えたのではないだろうか?危機に瀕すると地球のどこかに転移するパワーがあるならワニを連れてどこかに転移できるかもしれない。

だからまた転移するように念じたのだ。

その結果、俺とワニはニューヨークに転移……したりしなかった。ああ、わかってる!そんなことが起きるわけないよな!まあ、運が良ければって思っただけさ!チキショー!


「うおおおおおっ!」

「ケンジー!」


二回からジョンのエールが聞こえてきた。

怖い。でも、カイラさんの俺への株は上がりっぱなしだろうな。

俺が尻尾を引っ張ってる間にオークとカイラさんは陸へ逃げられたらしく、彼女がどこか頼もしそうに俺を見たのでガッツポーズしたくなった。

よし、あとは俺が逃げるだけだ。

そう思った瞬間、俺の背中を何かが引っ張った。こんな時に誰だよ。そう思って後ろを見ると新たに4m近いワニが俺のベルトに噛み付いていた。


「うわあああああっ!」


2匹目のデスロール。それによって俺は水中に引きずり込まれた。洗濯機に入るとこんな感じだろうという勢いで俺は回転し、ごぼごぼと空気を吐きながら「あ、これ、駄目なやつだ」と思った。

濁った水の中で「さっきのお返しだ」といわんばかりにもう一匹もがぱっと口を開けて俺の目の前にいた。

いい歯並びだ。

どういうわけか俺は幼少時に読んだワニが歯磨きする児童書を思い出し、そこで視界は真っ暗になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る