放課後の保健室

flathead

放課後の保健室

 鉄棒で怪我をした。


 大技の着地に失敗して足を捻ったのだ。

 僕は一緒にいた友達に平気な顔で嘘をついて、ヨタヨタ歩きで保健室へ向かった。

 昼の喧騒が嘘のように静かな廊下、その窓から夕闇のかすかな光が降り注いでいる。

 それは痛みに耐えかね、助けを求める僕を誰かが見つけてくれるように照らしているようだった。

 言い換えれば自分の失敗で怪我をした僕を晒し者にするかのような……。

 僕は急に悔しくなって、捻った方の足の太ももを殴りつけた。

 けれども足の痛みは消えず、増すばかりだ。


 保健室の目の前に着くと、突然引き戸が開いた。


「あら、誰?」


 綺麗な保険医の先生が出てきて、僕に問いかけてきた。

 先生とは何回か話したことがあったのに、僕のことなんて忘れてしまったのかと、少し寂しい気持ちになった。

 先生は目の高さを僕に合わせ


「ああ、きみか。怪我したの?」


 と尋ねてきた。

 僕は苦虫を噛み潰したような気持ちで頷く。


「どこ? あぁこっち座って」


 ぼぉっと突っ立ている僕に反して、先生はキビキビと忙しなさそうに動く。

 その動きは先生の美しさと合間って蝶々のようだなと思った。

 僕が保健室の中に入り、引き戸を閉めたところで先生が話しかけてきた。


「足かな? 捻ったの?」


 言い当てられて、驚きを隠せない顔のまま頷いた。

 テレビで見たマジシャンのようだと思ったが、僕の様子を少し観察すればすぐに分かることだと気づいて合点がいき、先生の前の椅子に座った。

 先生はすでに湿布を用意していて、僕の靴下を抜がせて、足に貼り付けた。

 先生はじっと僕を見つめた後、こう切り出した。


「泣かないの、偉いね」


 僕は体の痛みと同じように痛んだ心が少し救われた気がして、思わず目が潤んでしまった。

 せっかく泣いていないことを褒められたのに、指を目に当ててしまっては泣いていることがばれてしまうと思い、僕は何も言わずに俯いた。


「でもね、痛いときは痛いって言わなくちゃ分からないよ」


 俯いたままでは頷くこともできず、


「……先生は何も言わなくても湿布貼ってくれたじゃない」


 と答えた。

「それは私がちゃんと察することができる大人だから。あと経験かな。いざという時に何かを伝えられないと色々困るよ?」


「困るって……何に?」


「うーん。例えば好きな人に告白出来ない、とかね」


「っ!」


 少し狼狽し顔を上げた僕の様子を見て、先生がにやけた。

 僕が何かを言おうとしていると


「例えばの話だよ。お年頃だねぇ」


 とからかうように言った。


「何?好きな人いるの?」


 と興味津々の顔で聞いてきた。

 僕はまた口を閉ざし、俯く。


「……まぁいたとしても言いたくないよね。うんうん」


 先生は一人納得し、


「しばらくは痛むだろうからここで休んでいきなさい。先生はちょっと出かけるから」


 と言うと、何かのプリントを持って出て行ってしまった。


 僕は潤んだ目が程よく乾くまで俯いていた。

 友達は帰ってしまったかな、と思い顔を上げ、窓の外を見る。

 外はさっきより暗くなっていた。

 窓の近くで見ようと思い、僕は椅子から立ち上がると足に鈍い痛みが走った。


「……いたいな」


 一人残された保健室で呟く。

 誰にも聞かれていない安心感と虚しさを感じた。

 外では一つ二つと街灯に灯りがついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後の保健室 flathead @flathead

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る