イヴの黙示録

@kumainu

第1話『女帝エイラ』


鋼の剣5ゴールド、鋼鉄の鎧諸々合わせて3ゴールドと9シルバー。それなりに年季の入った名木で作られた弓2ゴールド、鉄の矢20本8シルバー、革の鎧諸々合わせて6ゴールドと4シルバー。


大体の冒険者というのは最初の装備には力を入れるものだ。前線に立ってで熱心に剣を振りオークと戦っている彼も御伽噺に出てくるような冒険者を夢見て、お金を貯めて村を飛び出したようなタイプだろう。

私の隣で弓を引く彼女も住んでいた地域ではそこそこ弓の名手として知られ、その腕をお金稼ぎに活かそうと思い冒険者になったに違いない。


二人のやる気のある冒険者、協会から派遣されたシスター、そして急遽飛び入り参加した私の四人のパーティー。締めて18G1Sのパーティーで受けた依頼は『山道に住み着いたオークの群れを殲滅』、報酬金は10Gで協会への寄付金として4G取られて6G。

それを三人で割った時に手元に来るのは2G。私達は2Gの為に食料や飲料水を買い、オークの群れのアジトを探す為に時間を浪費しながら戦闘までしなければならない。


「ぐっ!?」

「サム!?」


張り切ってオーク二体を相手に善戦していた剣士のサムも棒を持ったオークの薙ぎ払いをモロに受け、背中から木に叩き付けられるとその場で倒れ込んでしまい、オークはトドメを刺そうと棒を振り上げていた。


射手のマナも何とか気を引こうとオークの視界に入るように近付いて弓で射抜こうとしたけれど、さっきまでは間合いを開けて正確に狙う事で効果的だった矢も分厚い皮膚に弾かれる始末。


「エイラさん!」

「鉄階級じゃこんなものね……【火炎ファイア】」


初心者である鉄階級冒険者を死なせては銀階級である私の素養を疑われてしまうから、掌をオークに向けて初級魔法である【火炎ファイア】を放つとサムを殺そうとしていたオークは火に包まれ断末魔を上げていた。


鉄階級の依頼はお金の掛からない魔法使いじゃないとやってられないわね。





「はい!オークの耳が5つ、それでは確かに確認致しましたので報酬金の方をお受け取り下さい!」


大陸の大部分を占めるロスガルド連邦の西部地方。その地方都市グラードへ帰って来ると、流石はギルドの活動が活発な地方なだけはあって物騒な出で立ちの人通りが多く、怪しい旅商人から店を構えた鍛冶屋まで揃うこの街は冒険者に成り立ての人間には丁度いい街だろう。


そんな人気の多い街でも一際騒がしい連中ばかりが集まる大通りにギルドが運営する依頼委託所は建てられている。


緊急時の避難場所にもなる委託所は100人は余裕で入る待合所、ギルド職員達が仕事をするカウンターとその奥にある書類置き場、そして依頼を受ける為の掲示板とその周囲に確保された空間。


その広さと堅牢な壁の中は今日も大勢の冒険者達の活気と声で溢れ返っているけれど、それでもハッキリと聞こえるくらい馬鹿デカイ声で業務をこなす職員のナタリーがサムに報酬金を渡すと、サムは中身を確認してから私達が待つテーブルへと戻って来た。


「それじゃあ約束の2Gずつだ」

「ありがとうサム」

「それと、アンタには助けられたから俺の分の1Gも持っていってくれ」


席に戻って来たサムは報酬袋から金貨を取り出すとマナには約束の2Gを、そして私には2Gにプラスして1Gの金貨をサムは差し出してきた。一応彼なりにも一人で無茶をし過ぎたと反省して、その戒めと礼の意味を込めているのだろう。


けど、そんな物を受け取るつもりは毛頭ない。


「要らないわ」

「けど…!」

「けどもクソも無いわ、要らないと言ってるの。そんな事に気を使う暇があるなら周りを見て動きなさい。何の為に後方支援がいると思ってるの?私達は貴方の引き立て役じゃないの」

「さ、サムも私達を守ろうとしてくれてたじゃない!」

「貴女にも言ってるのよ。走りながら射つなんてやった事あるの?あの様子じゃ無いでしょうね、貴女はどんな状況でも自分の腕を信じて矢を放つのが仕事でしょ。あの状況でその手を止めて飛び出すなんて隣の彼を殺しかねない判断ミスよ」

「それは……」


この二人はまだ冒険者に成り立ての鉄階級。ミスをするなとは思っていないし、そんな事を求めているのならもっと上のランクの仕事を受ければいい。けど、この二人がシスター含めて三人だけで仕事を受けようとしていたから、一応入ってあげたら案の定死人が出る所だった。


こういうのは早い内に教えておかないと本人の為にならない、お金なら仕事をすればまた増えるけど命は一つしかないのだからそれだけ危険な状況だったと理解させておくのが本人の為だ。


『お二人も反省なさっていますし、この辺で止めませんか?』


依頼を完了したとは思えない重々しい空気が私達のテーブルに流れる中、ずっと黙って私の隣に座っていた黒の修道服を着た小さなシスターさんは私の顔を見上げるとそう切り出してきた。


冒険者が依頼を受ける際に必ず教会から派遣される支援役のシスター。鉄階級の依頼だから今回は『権天使』の若いシスターだったけれど、この歳で【癒し】の奇跡を扱える辺りこの子は同年代の子達と比べれば優秀な子なのだろう。


教会で神を崇め、世の中の汚れた部分を見らずに育った純真な眼差しで見つめられるとどうにも話を続ける気にはならず、ため息を吐きながらテーブルに置かれた2Gだけは受け取って残りの1Gはシスターの手元に置いた。


「ならこれは貴女が受け取りなさい」

「いえ、シスターはシルバー以外を持つことは禁じられていますので。そのお気持ちだけ受け取らせていただきます」

「はぁ………ならそれはここに置いてもう行きなさい。二人も、これからはもっと己の力量を計って動くことね」


もう喋る気にもならず此処でパーティーは解散にすると二人は私に頭を下げてからそそくさと委託所から出て行き、シスターも礼儀正しく深々と頭を下げると教会のある方角へと歩いていき、それを見届けてるとまた大きなため息が出た。


これだからシスターはやり辛い。冒険者とは違って教会から派遣されるシスター個人には報酬金は入らず、代わりに依頼主の報酬の何割かを教会に寄付という形で天引きされる。

シスター自身もそれを疑問にも思わないし、金や銅は俗物だと言って銀硬貨以外触ろうともしない。教会がどんな教育をしているのかは生憎縁の無い私は知らないけど、随分と教育の上手い大人も居たものだ。


『ダメよ私、あの二人だって冒険者に成り立てよ。あんな事を言っては可哀想よ』

『二人の為よ、優しくしても二人の身にならないわ』

『そんなだから誰も近寄って来ないのよ』

『今は一人の方が気が楽なのよ』

『そうは言っても寂しい癖に』

『頼るのも頼られるのも嫌なのよ』


一人になったテーブルで頬杖を突くと頭の中の天使と悪魔が言い争いを始め、思考を停止させて二人の言い争いを聞き流しながら窓から見える外を眺めていると、色んな冒険者がこの街には流れて来るのが見える。仲間達と報酬金片手に楽しげに話していたり、旅商人に少しでも値切りをしていたり、仲間を失って悲しみに打ち拉がれていたり。


冒険者は他の職業と比べて遥かにお金は稼げる。けどその分死と隣り合わせであり、死んでしまえばそこで終わりなのだから慎重に行動する事は決して悪いことじゃない。たかだか2Gの為に命を張るのは馬鹿げているというのは誰だって分かる話、ただ引き際を分かってない素人にとっては目の前の仕事を完遂する事の方がどうしても前に出てしまう。


そうやって真面目に仕事を熟そうとする人間からこの世界では死んでいくんだ。


『また女帝が御機嫌斜めだぞ……』

『素人イビリして何が楽しんだか…』

『銀の癖に銀の依頼なんて全く受けないじゃない……』


余計な感情まで引っ付いた所為で持て余した金貨を指でなぞりながらどうしようか悩んでいると、周りからは私の事を咎めるような声も聞こえてくる。

銀階級の人間が下位の依頼を受けてはいけないなんてルールは無いし、素人イビリのつもりもないけど少し居心地が悪くなったから今日はもう帰るとしよう。


取り敢えず指で遊んでいた金貨を握ってから席を立ち上がると、さっきまで陰口を言っていた連中は驚いたように私に背を向けたけど、面と向かわずに言われた言葉なんて気にする価値もないからそのまま委託所から出て街の大通りを歩いていった。


今日は雲行きから一日晴れだと予想していたけど、私の気分に合わせたかのように空は鈍色の雲で覆われていて、この様子じゃ今にも一雨降りそうだ。


『そこのべっぴんさんウチの杖見てくかい!』

『フローシアから仕入れた魔術書もあるよ!』

『ドルバニア産の測り付きカップ、限定入荷ですよー!』


大通りでは露天の店主達が威勢の良い誘い文句が飛び交わしていて、目立つ顔をしている私はよく声を掛けられるけどそれらを一切無視して宿へ急いだ。


普通に買えば相当な値段がするであろうこのドレスを雨で濡らすのは偲びないから早く宿へ帰ろうと歩を早めていると、ふと『どうしよう』というこの場には似つかわしくない幼い声が聞こえてきたような気がした。


こんな物騒な所で子供の声を聞くとは思わず立ち止まり、辺りを見回してみたけど大通りを行き交う人が多過ぎて少し先も見えやしない。そんな中に子供がいる訳がないから多分私の聞き間違い、きっとそうに違いない。


『1S6C………うぅ……』


私だって忙しいのだからさっさと立ち去ろうとしたけど、今度はハッキリとその声が聞こえ、無視して行こうと思ったけど私の足は言うことを聞かずその場に立ったままだった。


『ほら、助けに行きますよ』

『助けて何になるのよ』

『困っている人は放って置けないでしょ』

『私とは無関係よ』

『声が聞こえたなら関係あるわ』


此処はこの街の大通りだけれど依頼委託所がある所為で冒険者ばかりが集まる通りで、出店や商人も客を求めて所狭しと立ち並んでいて人混みが出来やすく、冒険者と盗賊の見分け方なんて分かる訳がない子供がこんな所居ては危ない。


『早く帰るべき』と嗾す私の中の悪魔と『危ないから探そう』という天使の間で葛藤してから、やっぱり親元に帰そうと微かに声を頼りに立ち並ぶ出店と人の波に逆らいながら少女を探していくと、声の持ち主である少女は意外にもすぐ近くの出店の前で見つかった。


私の背が高い方とはいえ私の肩程しかないその少女はフードを被っていて顔は見えないが、黒い修道服で身を包んでいるからシスターである事は間違いない。

『教会という強い後ろ盾があるシスターならそう犯罪には巻き込まれる事はないだろう』、そう思ってそのまま立ち去ろうとしたけど、シスターは何やら困った様子で出店の前をうろうろしていた。


シスターが困っている様子を見たのにこのまま無視するのはきっと目覚めが悪い。あまりシスターとは関わりたくないのだけど、仕方ないと割り切るとしよう。


「おっ、いらっしゃい!」

「どうかしたのかしら?」

「へっ、あ、ごめんなさい。別に並んでるわけじゃ……」

「私も別に何かを買いに来たわけじゃないわ」


善行を積む為に私から困っているシスターに声を掛けると、シスターは私が出店の客と思ったのか店の前から退いたけれど買い物に来たわけじゃないと伝えると、俯いていたシスターは顔を隠していたフードを外して私の顔を見上げた。


綺麗な金髪のショートヘアに蒼眼の少女は年相応の幼さはあるものの、その瞳は真っ直ぐと私の見つめ返してきた。私自身怖くしているつもりはないけど子供に怖がられる節のある私にそういう目をしてくる子は珍しく、キョトンとした表情からは少女の純朴さが感じ取れる。


けど、店員と客の声で賑わう喧騒の中で聞こえるくらいシスターのお腹が盛大に鳴ると、シスターは恥ずかしそうに頰を赤らめてお腹を押さえていた。


改めてシスターが立っていた出店の売り物を見てみると、間違いなく密猟だろうけどフェルナンド産のドラゴンステーキが売られていて、随分と脂っこそうだがお腹が空いているのならこれくらいボリュームがあるものを食べたくなるのも理解出来る。


それに私の手元には丁度1Gある訳だし、これも何かの巡り合わせだろう。


「それ一つ貰えるかしら?」

「はいよ!姉さんは美人さんだからオマケしとくよ!」

「どうも」


1S6Cとそこそこな値段のするステーキとオマケとして切れ端まで追加で紙袋に入れられ店員に手渡されると、その重量感もさる事ながら濃厚な肉汁と胡椒の匂いは袋越しにも漂ってきて、健康に悪いと分かっていても食欲が唆られる。


それはシスターも同じだったようで私が受け取った紙袋を見るとまた「ぐぅ」とお腹が鳴り、恥ずかしそうにしていたから私が紙袋を差し出すとシスターは素っ頓狂な顔をして私と紙袋を見比べていた。


「あげるわ」

「そ、そんな悪いですよ!?見ず知らずの人に買って貰うなんて!?」

「丁度お金の使い道に困ってたのよ。世の為人の為に祈りを捧げているシスターがお腹を空かせているのよ、この位買ってあげるのは当然よ」

「うぅ……本当に良いんですか?」

「要らないなら私が食べるわよ?」

「い、要ります!」


さっきの子なら断るのだろうけどこの子は素直に紙袋を受け取ろうとはしていて、一度は申し訳なさそうにして手を引っ込めてしまったから私が紙袋を開ける素振りを見せると、シスターは目にも留まらぬ速さで私から紙袋を掻っ攫った。


そしてすぐに我に帰ったのかペコペコ頭を下げているけど、この歳の子に怖がられないなんて久しぶりだからそれも可愛く見える。

それとなく頭を撫でてあげてもいいのかしら?それに金髪碧眼って事はかなり家柄も良い筈なのにシスターだなんて、優しい子なのね。


「あの、御名前を聞かせて貰っても……?」

「えっ、ああ……エイラよ」

「エイラさん……私は『イヴ』、シスターのイヴと申します。この御恩は必ずお返しします」

「気にしなくていいわよ。困っていたらお互い様、でしょ?」

「それじゃあその、今日の所は……」

「気を付けて帰るのよ」


話の流れに乗じて頭を撫でようと画策していると不意に名前を尋ねられ、咄嗟の事でガラの悪い声色で名前を伝えると、イヴと名乗ったシスターは改めて深々と頭を下げてから人混みの中を器用に避けて走り去っていった。


この辺じゃあまり見ない顔だったけど、教会は定期的にシスターの人事異動なんかもしてるらしいから最近他所から来た子だったのかもしれない。


「エイラって……あの『女帝エイラ』なのか姉ちゃん!?通りで美人な訳だ!」

「はい、お代」


さっきから私に気付いた店員が話し掛けてくるけど、それ等を一切無視して代金の1Gを渡してから私もその場から立ち去った。


千載一遇の折角の機会だったのに頭を撫でられず終わり、少し肩を落としながら歩いていたけどふと空を見上げるとさっきまで曇天が嘘のように雲が裂けていき街には光が降り注いでいた。


「……善行も積んでみるものね」


『さっきのシスターのお陰で服を濡らす羽目にならずに済んだ』、そう気持ちを切り替えると私の気分も少し晴れたから軽くなったその足取りで宿へと帰り、ようやく怖がらずに挨拶をしてくれるようになった看板娘に会釈だけして自室に入った。


部屋に入りようやく気が休まるとその場でドレスを脱いでベッドの上に投げ捨ててから風呂場に入り、下級炎魔法で張っていた水を一瞬で炊き上げ、少し冷める間に洗面所の鏡と向き合うと其処には確かにかなり美形の顔が映っていた。


顔立ちは優しかったと聞いているお母様に似ているらしいけど、あの人に『威厳を損なうような面をするな』と叩き込まれた所為で人を威嚇してるが如く目つきが鋭く、元来の口下手もあって碌に友人が出来た試しがない。


食事や健康にはかなり気を遣ってきたから身体も美しい体型を維持出来ていて、街を歩いていても綺麗だとはよく言われる。けど声を掛けられるのが少ないのはそういった外面と内気な性格の所為なんだろう。


「前を向くって決めたのに……」


一人で考えても答えが出ないから前を向くって決めたのに、相変わらずウジウジしている自分の情けなさにため息を吐き、少しは冷めたであろう湯船に浸かるとここ数日の疲れが溶けていくのを感じた。


2Gの為に3日も費やしたのは少し効率が悪かった。二人の為にはなっただろうけど、私だって目的があってお金を貯めているんだから明日からは暫く銅クラスの仕事をこなさなきゃいけないわね。


大体一回80G位だから……


「はぁ……」


1000万Gにはまだまだ届きそうにないわね……





まだまだ目標には程遠いという現実に打ちのめされてお風呂でボンヤリしていると、いつの間にか眠っていたのか沈んでいく夕日が見えていた窓からは明けの藍色の空が見えていた。


すっかり水となってしまった湯船をもう一度炊き直し、身体を温めてから風呂から出たけど何だか思考がボンヤリとしていて、当たり前だが風邪を引いてしまったんだろう。

普段の格好だけでは少し寒いからドレスの上から黒のコートも追加で羽織ってみると少しマシになったが、余計に第一印象を悪くするコーディネートになってしまったけど背に腹は変えられない。


「うわっ、エイラさんどうしたんですかその格好!?」


背に腹は変えられないけど、私が座るテーブルに遊びに来たナタリーの直球過ぎるこの反応には流石に傷つくわよ。


「うわって……もうちょっとオブラートに包みなさいよ」

「なんか悪女って感じですね」

「包めって言ってるでしょ」

「いはいれふ〜」


少しは気を遣った言い方をするように注意したその場でまた胸を突き刺してきたからその頰を抓るとナタリーは痛がっているが、そもそも人が少なくなるのを待ってる私の席に遊びに来てる時点でサボってるじゃない。


ナタリー以外の職員と話すのは苦手だから私としては有り難いのだけど、田舎から飛び出して受けたギルド職員の試験に一発で受かったというのに早速職を無くす気なのかしら?


「仕事に戻りなさいよ」

「ふふーん、今日こそエイラさんに銀の依頼を受けて貰う為に何とこんな所から依頼書が!」


優しく抓ってるのにあんまりにも痛そうにするから離してあげると、ナタリーは少し赤くなった頰を手で撫でていたけど、私が仕事に戻れと言った瞬間得意げな笑みを浮かべた。そして、その無駄に大きな胸の谷間に手を突っ込むと其処からは6枚の依頼書が取り出された。


本人はただ便利な収納スペースから紙を取り出しただけで気にした様子はないけど、それを見ていた男共は私達のテーブルに擦り寄って来ようとしたから我が家に伝わる伝家の眼力で脅すと、そそくさと依頼書が貼られた掲示板へと戻っていった。


こういう事をするから私の良からぬ噂ばかりが立ち回るんだろう。


「ナタリーはもう少し恥じらいを持ちなさい」

「失礼な!こう見えても体重は気にしてますよ!」

「………それで、何があるの?」


折角の可愛らしい顔立ちもこの様子じゃ当分陽の目を見ることないだろうと心の中で思いながらどんな依頼があるのか一応訊ねると、ようやく私が銀の依頼に興味を示したからかナタリーも身を乗り出して依頼書を差し出してきた。


「まずは国境線に飛び交うワイバーンの群れの掃討です!何処かに巣を作ってる筈なのでそれも破壊してください!」

「却下」

「それじゃあ、隣街シュガシヴィリに現れたゾンビ退治!並びにその首謀者と思わしきネクロマンサーの特定と捕獲」

「………却下」

「ええっと、旅団の護衛」

「却下」

「………なんとなんと!あのロスマニア王国からの直々の依頼が舞い込んで参りました!さてさて気になるその中身とは!?」

「言い方の問題じゃないわよ。そこら辺の依頼は受けるつもりは一切無いわ」


銀階級なだけはあって一つ800G以上の報酬金の高い依頼を提示してきたけど、そのどれもが私が受けるには人手もやる気もないモノだから却下すると、ナタリーは手に持っていた他の依頼書を投げ出して机を手で叩いた。


その音に驚いた他の連中は私達の方に目を向けてきたけどナタリーの話し相手が私だと気付くと、また各々の会話に戻っていった。


「何で嫌がるんですか!」

「私一人でそんなものどうやってこなせって言うのよ」

「パーテイー組めばいいでしょ!その為のギルドですよ!」

「それじゃあ聞くけど、銀階級で空きのあるパーティーなんてあるの?」


ギルドの依頼は特別な依頼を除いてはシスターを含めて最大四人までという制限がある。それはパーテイー内で前衛後衛がまともに成立する最小の人数であり、そのパーティーには見合っていない大型のモンスターが現れても被害を最小限に抑えられるという理由がある。


だけど、それ以上の人数で組めないようにしているのは大人数で高位の依頼をこなして実力に見合っていない階級に上がった場合、これまでは大人数で囲んで叩いていたパーティーがドラゴン一体に全滅するという例があったからだ。

だから銀階級に上がっている者達の殆どは既に腕があり気の合った者達と組んでいて、そこに階級に応じたシスターが加わるのだから私が横から入る余裕なんてない。


頭の中の天使が『だからボッチなのよ』と煩いから悪魔に殴らせたけど現にナタリーも「ぐぬぬ」と唸っていて、思い付く限りの銀の冒険者は全員パーティーを組んでいるのだろう。


「ああ言えばこう言う人ですね……!」

「悪かったわね」

「…………あっ、良い事思い付いた!」


諦めてさっさと銅階級の依頼書を持って来させようとすると、腕を組んで唸っていたナタリーが如何にも「名案が浮かんだ」と言わんばかりの閃き顔を見せ、カウンターに依頼書を持っていくと依頼書に何かを書き加えていた。


そしてその依頼書を持って掲示板に向かい、その中でも一番目立つ高い位置にハシゴを使ってその依頼書を貼り付け、ハシゴの上で振り返ると手を叩いて他の冒険者の気を引いた。


「はーい!皆さーん聞いて下さーい!此処に銀階級で2名限定の依頼『ゾンビ退治とネクロマンサーの確保』がありますよー!何とこの依頼は教会への寄付金は0.5割、報酬金はなんと800ゴールド、そしてネクロマンサーを生け捕りにすればプラスして200ゴールドをギルドから進呈しまーす!」

「「「おおー!」」」


ナタリーが何を思い浮かんだのかと思えばその依頼を受けさせる為に報酬金や寄付金の割合を弄ったらしく、他のギルド職員が騒ついているけどギルドが特別手当を出したり寄付金の額を調整するのはそう珍しい事ではない。


そこにプラスして冒険者二人ということは生け捕りにすれば一年は過ごせる報酬が手に入るのだから冒険者が湧き立つのも無理はない。現に集まっている中からも何人かが名乗りを上げていて、これならすぐに


「ただし、『エイラさんをパーティーに入れる』事が前提条件なので留意して下さーい!」


………は?


相変わらず思い立ったら行動する子だと思いながらその様子を眺めていると、突然私の名前が出されてしかもパーティーを組む事が前提なんて言い出した。それには他の冒険者達も耳を疑って騒がしい委託所内は静まり返り、私も思わず立ち上がった。


「ちょっと!?聞いてないわよ!」

「エイラさんが駄々を捏ねるから悪いんです!エイラさんは炎の魔法が得意なんだからゾンビ相手にピッタリです!」

「っ、だから私はそんなの受けるつもりは…!」

「『冒険者が実力の見合っていない場合、ギルド職員には冒険者を降格させる権利がある』、これ以上銀階級として義務を果たさないのなら適用させますよ!」


個人の意思に関係なく依頼を受けさせるなんて横暴がギルドに出来るわけないと反論しようとしたけど、ナタリーもギルドに入会する際に読まされる契約条項の一文を持ち出してきて、二年程銀の依頼を受けていない私にならそれを適用させるのは容易だと脅されると黙らざるを得なかった。


階級が上がればギルドと提携している宿の宿泊代が割引されたり、依頼で使う小物等を無償で提供して貰えたりとその恩恵は決して少なくない。それを失えばそれだけ目標の額から遠ざかってしまう。

身体的な問題がある訳でもないのに二年も放置されていたのはそれだけ私に実績があったから、けどそれも我慢の限界という訳だろう。


滅多に見せないナタリーの真面目な表情と周囲からの視線に今回は折れるしかないと不服ながらに腕を組んで席に座ると、冒険者達も私がようやく銀の依頼を受けるともあって普段以上の騒ぎを起こしていた。


「はーい!先着2名ですよー!」

『はいはーい!それアタシ達二人でもいいですかー?』

『オイ、マジで言ってんのか?女帝のお供なんかやりたくねぇよ』

『大丈夫だって、女帝さんには後ろの方でお茶でもして貰えば良いんだし』


銀の依頼だから誰でも受けれる訳じゃなく、既にパーティーを組んでいる銀階級の連中も誰が行くかを話し合っている中、わざわざ私にも聞こえるように大きな声で丁度委託所に来たばかりの女が名乗りを上げた。

周りの連中がその二人の装備を見ると感嘆とした声を出していて、確かに自信たっぷりなだけはあってその装備はそこらでは到底お目にかかれない物だった。


「えーと、ヒロさんとマカさんでしたっけ?」

「正解!その依頼はアタシ達で受けるよ、いいよね?答えなんて聞いてないけどね!」

「そういう訳なんで、俺達が受けるよ」

「畏まりましたー!それではカウンターへどうぞー!」


背が小さく童顔に茶髪のポニーテール、腰から提げたドルバニア製の旧式六連装リボルバー『アリゲーター』を扱うマカ。この辺では滅多に見ない東洋の顔立ちに細い目をしていて、腰に差している二本の刀を扱うヒロ。

最近この街にやって来たばかりで鎧を纏わず軽装にも関わらず、瞬く間に銀階級に上がって順調に成果を残している実力派冒険者『銀狐』の二人がパーティーであれば役不足という事はないだろう。


この依頼には少し気掛かりがあるとはいえ、隣街なら幾らでも態勢は立て直せるからいざという時の為の装備を少し揃えておかないといけないわね。


「いやぁ、すみませんねー。エイラさんったら人見知りで誰と組みたくないーってワガママ言うから」

「良いって良いって。それよりさ、もしも役に立たなくて報告したら降格になっちゃったりするの?」

「それは勿論!虚偽の申告だった場合はマカさんがギルドから追放になりますけど、そこは派遣されるシスターの意見を聞いてから此方で」

『ハイッ!その依頼には私が同行しますッ!』


強制とはいえ依頼を受けたのだから手を抜く訳がないのに、マカはニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべながら余計な事まで聞いていて、側から聞いていて呆れていると入口の方から聞き覚えのある少女の声が響いてきた。


その黒い修道服の少女を見ると詰め寄せていた冒険者達は避けるように道を開け、少女がマカの居るカウンターへ走り寄ると身を乗り出しながら依頼書を掴んだ。


「これ、私がシスターとして派遣されたいです!」

「えーと、因みに君は『権天使』ちゃんなのかな?」

「シスターです!」

「えっとね、この依頼は銀階級だから君にはちょっと無理だと思うよ?」

「いえ、構いませんよ。それでは御名前とロザリオの提示をお願いします」

「イヴ、シスターのイヴです!」

「え、ちょっと!?」


マカの言う通り銀階級ならせめて一つ上のランクの能天使、欲を言えば力天使程の実力が無ければ前線に立つ事は無いとはいえ命に関わる。ましてや10代前半くらいの権天使にこの依頼は無理なのは誰でも分かる筈なのに、ナタリーはそのままイヴを派遣してシスターとして登録するとマカは頭を抱えていた。


その気持ちは痛いほど分かるし悪魔も『早く止めに行け』と言っているが、無事に登録されたイヴは喜んだ様子でぴょんぴょん跳ねていて、愛らしい笑顔を振り撒きながら私の元にやって来た。


ただ一度話しただけなのに、私に恩を返そうと張り切っている子を無下にはできない。


「御恩を返す機会がこんなに早く来るとは思いませんでしたが、必ずやエイラさんのお役に立ってみせます!」

「全く、貴女は変わった子ね」

「えへへ、よく言われます!」


今度こそ私が守り切ってあげないと。











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