2018年に読んだ本のこと

鹿紙 路

第1話 9世紀日本史・北方史の本

2018年の前半、わたしは「〈渡り〉の城柵――Citadel for Peacebuilding――」https://kakuyomu.jp/works/1177354054885566376 というお話を書いていました。古代日本・北方風の異世界ファンタジーですが、実在の史料を参考にし、史実として認知されている事象をモチーフにした小説です。作品の末尾に参考文献が載っていますが、まずはこのリストに載っている本について、わたしの作品にとくに興味がないひとでも、「こんな面白そうな本があるのか!」と思ってもらえるような紹介・感想を書いていきたいと思います。


蓑島栄紀『「もの」と交易の古代北方史―奈良・平安日本と北海道・アイヌ―』勉誠出版、二〇一五。


定価税抜7000円の本です。地域の図書館にはないところのほうが多そうです(さきほど、わたしの地元の図書館を検索してみたら所蔵はありませんでした)。しかし、この本を理解し、生かすために拙作があったんだ、という感慨があるほど、わたしにとって重要な本です。ジャンルとしては、歴史学の学術書・論文集であり、地域の図書館よりも大学の図書館に所蔵があるタイプの本だと思います。


古代の北海道の歴史について知っていますか?


北海道で育った方であれば、YESと答える方が多いかもしれません。しかし、わたしはそうではないので、ほとんど知らないに等しいと思います。古代、いま「北海道」と呼ばれている地域は、日本ではありませんでした。日本の政権――近畿を中心とした朝廷の支配が及ばず、国家はなく、「エミシ」と朝廷から呼ばれるひとたちが住んでいました。また、北東北についても同様です。津軽海峡は文化を断絶するためではなく、連動させるために存在していました。海峡の南と北で、とてもちかい文化が営まれていたのです。


エミシたちの独自の文化・生業がある一方、そこに向かい、そこを征服しようとする動きもありました。「38年戦争」と呼ばれる、朝廷とエミシの長い戦いです。この用語も、すくなくともわたしが高校で日本史を学んだ段階では出てきませんでした。たしかにあったことなのに、「日本」の「歴史」として学ばれている範囲からはずれがちな事象なのです。


朝廷は、中国に支配されず、肩を並べることをめざすため、「中華」であろうとしていました。中華思想では、東西南北に「劣った」「異民族」を従えるモデルが適用されなければならなかったため、日本も同様のモデルを自分たちにあてはめようとしました。それが「東夷」としての「エミシ」だったわけです。彼らを従えるために、朝廷は長い戦争を始めました。それがさきほどの38年戦争です。それによって、朝廷は東北と北海道という地域・そこに住むひとびとを知って、かれらを利用しようとします。しかしエミシたちはそれを諾々と受け入れるわけではありません。抵抗があり、逃走があります。人間と人間がぶつかりあうことによって起こる、普遍的な事象がここでも起こります。


交易というと、経済的なことであり、商人同士で行われるというイメージがあるかもしれません。しかし、古代ではそれは多分に政治的なものでした。もちろん、ものとものを交換することで、富を得るという仕組みは変わりません。けれど、古代では「朝貢」が大きなファクターでした。簡単に言えば、「皇帝」への貢ぎ物としての商品を朝廷におさめ、かわりに返礼の品を受け取るというシステムです。中国と同様に、日本もそのシステムを導入しようとしました。


このころの日本海沿岸に住んでいたひとたちというのは、とても多様です。日本、中国、朝鮮半島の新羅、渤海、それから、国家を持たない靺鞨まっかつやエミシたち。かれらが富やよりよい暮らしを得るため、交流し、衝突し、移住し、交易をしていました。やりとりされていた商品はなんだったのかというと、史料に残っているのは、昆布、鹿や貂の皮、鷲羽根などだそうです。聞き慣れないですよね。しかし、それらは朝廷のひとびとの威信財(自分はえらいんだぞとアピールするための財宝)となりました。政治です。


ふだん当たり前のものとして信じてしまっている「日本」とはなにか? 国境とは、政治的一体性とはなにか。また、いま同じ国にある東北や北海道が、それ以外の日本列島とちがう文化をもっていたことは、どういう意味をもたされ、それがどう変質していったのか。そんなことに思いをはせることのできる本になっています。


「防御性集落」ということばを知っていますか?


10世紀なかば、北東北や北海道に現れる、周囲を壕でめぐらし、敵の襲来に備えて整備された集落のことだそうです。これも、日本史の教科書にはほぼ出てこないと思いますが、考古学的にたくさん報告されているそうです。


これは、なんのために、だれが、つくったものなのか。研究者のなかでも意見は分かれるそうですが、その当時その地域に国家はありませんでした。かれらが自分たちの身を守るためにつくったものだというのは当然の推測だと思います。


元慶の乱、という戦争が秋田で878年に起こります。秋田城という朝廷の出張所にしてエミシからの朝貢を受けていた設備がエミシたちに襲撃され、かれらは朝廷から独立したいという声明を出しました。その背景には、朝廷がエミシから収奪し、それにエミシが耐えがたかったから、ということがありました。既存の朝貢関係を打破するこの戦争を契機として、東北はおおきく動きます。エミシを西国に強制移住させ、北陸から公民を東北に移住させた朝廷の長い政策のあと、東北の公民は津軽(朝廷の支配が及ばない地域)に大量移住します。朝廷の支配から、エミシも公民も逃げたのです。そして、北東北に防御性集落をつくり、公民の技術である製鉄・製陶(須恵器の焼成)・製塩などの仕事場を作りました。それらの仕事場でつくられた商品は、北海道に輸出されます。国家が関与しない交易のかたちを、かれらはつくりあげたのです。


そういうダイナミズム。民衆の息吹を感じられる本でもあります。


朝廷中心、国家中心の歴史記述では出会えない、新鮮な感動があります。

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