第6話

あれから二ヶ月が経った。夏から秋へと季節が変わり、日差しが斜めになっていた。木曽の上松では朝晩は涼しいのを通り越して、寒いくらいだった。日中でも厚手の長袖を着ていないと寒かった。山々は綺麗に色づき、美しい紅葉の季節となっていた。良楽はすんなりとアパートを決め、一人で暮らすのにはさほど負担は感じなかった。ただ今でもたまに心療内科の田中クリニックには通っている。パニック発作を起こした時だけ頓服の薬を飲んでいた。しかし以前よりも病状は安定していて、薬は御守りとして持っていた。沖縄料理店も完成し、あとは開店を待つのみであった。町内会にも挨拶に行ったが、真也が上手に良楽を紹介してくれたので、その後は人間関係もそれほど苦労することは無かった。新参者なのに、店のアピールにも積極的に手伝ってくれて、広報にも大きく載せてもらえた。

上松に住んでたった二ヶ月なのに、地元住民と打ち解け、受け入れてくれた。良楽には上松の人たちがとても良い人に見えた。真也も、たまにちゃんと暮らしているか様子を見に来る。

町内会では全て包み隠さず話した。糸満で市役所の職員をやっていたこと。そこで居づらくなって真也を頼って来たこと。病気になりかけたこと。母の遺言のこと。沖縄料理の店を開くことを話したが、みんな真剣に聞いてくれたし、大変な目にあいましたねと言って快く受け入れてくれた。沖縄料理店の名前は町内会の人たちが話し合ってみんなで決めた。沖縄料理店「美ら海」である。良楽にとっても周りの人たちにとっても全てが順調にすすんでいるように見えた。

開店一週間前のことであった。良楽が店の厨房で仕込みをしていた時のことである。町内の放送で、山火事が起きたと放送された。良楽は表に出たが山は煙が立ち込め、火の手が上がっていた。消防隊が緊急出動していて、辺りは騒然とした雰囲気であった。住民の人が叫ぶように言った。

「登山客がいるぞ!しかも何組もいるみたいだ!」

良楽の行動はとっさだった。そのままの服で車に乗り込み、なんの情報も持たないで山へと車を飛ばした!住民の人たちが、山へと向かう良楽の車に叫んだ。

「良楽さんなにをするんだ!危ない!」

良楽は車の中で埋め立てられた糸満の海が思い浮かんでいた。良楽は無我夢中で車を飛ばした。……辺りが炎に包まれるようになった……いた!登山客だ!身動きが取れない状態でいる!良楽は車のライトをアップライトにし、クラクションを鳴らしっぱなしにした。登山客は舗装路までは出て来ていたが、動けない状態だった。良楽は車を止めすぐに駆け寄った。

「大丈夫ですか!怪我はないですか!」

登山客は三人で、観察したところ服に焦げた跡があった。三人は自力で登山道から抜けたみたいだが、軽い火傷を負っているみたいだ。自力で歩けそうに無かったので

良楽がひとりずつ負ぶって車まで運んだ。良楽すぐに携帯を取り出し、消防署に連絡した。

「登山客が三人、怪我をしています。すぐに山を降ります。小学校の入り口まで行きます」

消防署は了解し、小学校で待っていると言った。良楽は急いで車を走らせ、小学校へと急いだ。車の中で良楽が登山客を励ます。

「すぐ着きますから、頑張ってください!」

登山客三人は恐怖におののいた様子で、体を強張らせていた。小学校にはすぐに着いた。

消防隊員が駆け寄り、登山客に声をかけた。

「もう大丈夫ですからね。これから状態を見させてもらって、応急手当てをします」

現地には医者が到着していて、火傷の患部を丁寧に診ていた。登山客三人は熱傷二度だと言われ、二週間ほどで治りますと言われた。しかし医者は、三人の表情や様子を観察して

話した。

「どうもトラウマを負っているように見えます。心に不安や苦しいことがあったら、メンタルクリニックにかかることをお勧めします」

看護師がバケツに水を満たし、患部に少しずつ水をかけていく。二十分ほどそんなことを繰り返していた。それが終わると、看護師は三人に声をかけた。

「大丈夫でしょうか。詳しく診てもらうために木曽病院まで行きます。歩けますでしょうか?」

三人は立ち上がりなんとか歩き出した。良楽にうなだれたまま話しかけた。

「助けてもらって、命の恩人です。どうやってお返ししたら分かりませんが、落ち着いたらお返事します」

良楽は微笑みかけて答えた。

「今はそんなことを考えずに。お大事にしてください」

夕方になり、消火活動も終わり、無事全員助け出されたとの情報を聞いた。情報は瞬く間に広がり、町内会の人たちが集まって来た。何人かが話しかけてきた。

「良楽さん気持ちはわかるがな、あぶねーぞ。結果的に三人も助かって良かったけど、俺にはあんなことできねーぞ」

真也と加奈子もそこに居た。真也が笑顔で良楽に話しかけた。

「危ないのは確かだけどな。俺には分かっている。見上げたもんだな。良楽さんもだいぶ上松の住民になってきたな。これからもよろしく」

町内会の仲間で少し話し合い、消防団や救急の人たちに挨拶してそれぞれの家に帰って行った。空には掃いたような雲と綺麗な夕焼けが広がっていた。










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