第4話

翌日。瑠花が木曽に来る日は一通り家の中を整理したが、それほど手間もかかる事もなく、小ザッツパリとした茅葺き屋根の家は、無骨ではあるが、鉄筋の家なんかと比べると、家としての機能をほぼ完全に満たしており、機能美とも言えるくらいで、そのたたずまいは質素で美しく、木曽の山々の中に自然とその存在が溶け込んでいた。

今日は薄っすら曇っている。雨の心配はないだろうが、山の天気は変わりやすい。しかし山の自然と茅葺き屋根の家は、見事な調和とバランスを保っている。

時間はお昼を過ぎた頃だった。真也が良楽に時を見計らって話しかけた。

「瑠花さんはもうそろそろ新宿駅に着くんじゃないかな?それと良楽さんは今日の夕飯を作ってくれるって言ってたけど何を作ってくれるんだい?」

良楽は嬉しそうに笑みを浮かべながら語るように話した。

「実はですね、私には夢があるんですよ。食品衛生管理者の免許と防火管理者の免許を持っていて、沖縄料理が得意なんです。地元糸満でも、将来店を開けばいいのになんて言われていたんですよ」

真也は目を丸くして言った。

「そりゃ今晩は楽しみだ。良楽さんにそんな特技があるとは思わなかった。是非ともその夢叶えたいね」

良楽はくすぐったそうに笑いながら、有難うございますと答えた。

そんな事をしていると良楽の携帯が鳴った。瑠花からだ。

「兄さん瑠花だけど。新宿駅に着いたから。一時の電車に乗って、五時七分に着くから。真也さんに代わってくれる?」

良楽は真也に事の次第を告げ、電話を渡した。

「真也さんこんにちは、瑠花と申します。昨日はどうも有難うございます。今新宿駅にいますので、これから上松駅に向かう電車に乗ります。五時七分に着く予定です。よろしくお願いします」

真也は瑠花の相変わらずの丁寧な口調に襟元を正した。

「分かりました。それでは、五時には駅に着いているようにします。お気を付けていらしてください」

「お気遣い有難うございます。では今からそちらへ向かいます。失礼いたします」

真也は電話を良楽に返し、加奈子を呼んで、三人で今晩の打ち合わせをした。

良楽は加奈子に、沖縄料理の食材を紙に箇条書きにして、買ってきて欲しいと頼み、真也は四時半に家を出ると告げた。

さっそく加奈子は車で片道三十分かかるスーパーまで車を走らせた。加奈子は良楽に頼まれた食材をメモ書きどうりにテキパキと揃えていく。加奈子も良楽の沖縄料理が楽しみだったので、買い物も喜んでやった。十五分くらいで買い物は終わり、すぐに帰ることにした。

真也と良楽は加奈子を待っていたが、待ったという感じはしなかった。加奈子がただいまと言って帰ってきた時には、真也と良楽が出迎えて言った。

「早かったね」

加奈子は驚いた様子もなく、笑顔で買ってきた食材が間違ってないか良楽に確認を頼んだ。良楽は買ってきたもの全てを確認し、加奈子に少し驚いた様子で言った。

「完璧ですよ。全部揃ってます。ありがとうございます」

加奈子は何も言わずに冷蔵庫に入れる物とそうでないものを選り分け、冷蔵庫に入れるものを手際よく冷蔵庫に収納し、そうでないものを棚にしまった。台所に行き、すんき漬けとお茶をササっと用意し、真也と良楽に笑顔で勧めた。

三人は台所の机に座り、真也は腕時計を見た。三時だった。瑠花を迎えに行くまであと一時間半ある。真也はここでゆっくりしていくことにした。

三人はすんき漬けをつまみながらお茶を飲み、他愛もない話をしていた。真也が良楽に話しかけた。

「それにしても良楽さんもえらい目に会ったね。糸満では仕事で地元を追われるし、こっちにきてからは、半分病気になるし、不幸続きでちょっとはいいことないのかね?」 加奈子が吹き出した。

「真也さん、ちょっと言い過ぎよ。良楽さん。仕方ないわよね?これからいいことあるかもしれないじゃない。沖縄料理店を開くなんて素敵な夢があるんだし、これから瑠花さんが来るんだから心強いわよね。色々募る話もあるだろうし、これ以上悪いことは起こらないと思うわよ?」

良楽は加奈子が気遣ってくれたのだと思ったが、正直あまり嬉しくなかった。良楽は二人に向かって言った。

「これ以上悪いことが起きたら失踪しますよ。探さないでくださいって置き手紙置いて」

真也と加奈子は笑いをこらえていた。真也は真顔に帰って良楽に言った。

「瑠花さんがすぐに来るから心配ないと思うよ。それにお母さんの遺書も届くんでしょ?気になるじゃない。いいことあると思うよ?」

まるで子供扱いだ。良楽は不機嫌そうにそうだといいんですけどねと言った。

そんな事をしているうちに四時半になった。真也は瑠花を迎えに行くと言って、車に乗り込み、上松駅に向かった。

道の途中はほとんど車の通りは無く、ノンストップで行けた。三十分ほどで上松駅に着いた時はちょうど五時になっていた。上松駅の入り口に車を置いて、改札で瑠花を待つことにした。駅員はその時間居なかった。

程なくして列車は到着した。数人乗客がパラパラと出てきたが、最後にTシャツにジーンズ。後ろに髪の毛を束ねている女性が出てきた。山中はすぐに瑠花さんだと分かった。挨拶しようと思ったその時、向こうから先に挨拶してきた。

「山中さんですか?良楽の妹瑠花と申します。このたびは大変兄がお世話になり有難うございます」

凜とした中に太陽のような笑顔。真也は少し面食らったが、丁寧に返した。

「長旅お疲れでしょうし、お荷物大変でしょうからお持ちします。車は駅の表に止めてあります」

荷物を真也に渡し、真也と瑠花は車へと向かった。真也は瑠花に電話で話した時よりも明るく生き生きとした印象を受けた。荷物はキャスター付きの旅行バッグで、コンパクトにまとめられていた。真也は車の中で瑠花に話しかけた。

「糸満から木曽だとだいぶ涼しく感じるんじゃないですか?」

瑠花はすぐさま笑顔で答えた。

「湿気が全然違います。空気が澄んでいていいところですね!。それにこんなに標高の高い山が連なっていて、私は信州が初めてなのでとてもワクワクしています!」

真也は正直に嬉しかった。

「私は木曽にしか住んだことがないので正直嬉しいです。ところで家にはいつまでいますか?」

「兄が落ち着くまで置いてもらおうと思ってます。兄に話すこともたくさんありますし、病気であまり無理ができないということで、しばらく兄の様子を見ようと思っています」

いろいろ話しているうちに山中の家に着いた。二人は車から降りて、荷物は真也が持ち、玄関先まで歩いて行った。すると良楽と加奈子が挨拶に出てきた。

「瑠花さん初めまして、真也の妻の加奈子と申します。長旅疲れたんじゃないですか?お茶と漬物用意してますんで、上がってください」

瑠花には加奈子がとても大人しくて奥ゆかしい女性に見えた。それと兄の良楽だ!少し痩せたように見えるが、世話のやける兄だ。ちらっと見ただけでしょうがないなと思った。旅行バックからお中元のオリオンビールを取り出し、抱えながら話し始めた。

「加奈子さん初めまして、良楽の妹の瑠花と申します。兄が大変お世話になっています。本当に兄が迷惑をかけて申し訳ありません。これお中元です、どうぞお受け取りください。これからしばらく兄共々お世話になります。よろしくお願い致します。それと兄さん!こんな迷惑かけて、本当に心配したんだよ!全く仕方ないんだから。しばらくよろしくね」

良楽はホッとできたのと同時にそんなにキツく言うことないじゃないかと思った。

「瑠花、よろしくな。今日は沖縄料理作ろうと思っているんだ。オリオンビールは丁度良かったよ。こっちもいろいろ話しがあるから、とりあえず今日は夕食にしてゆっくり寝るといいよ」

瑠花は余計なお世話だと思った。

加奈子がとりあえず上がりましょうと言って、四人で台所のある居間に行った。少しの間四人で話した後、良楽が料理に取り掛かった。時間を見るとちょうど六時だった。台所の使い勝手はすぐに分かった。これだと七時には出来上がると思った。

メニューは、ゴーヤチャンプルー、ラフテー、ミミガー、グルクン唐揚げ、ゆし豆腐、ソーキそばである。

良楽は得意の包丁さばきで食材を次々とさばいていく。炒めて、湯掻いて、揚げて、味付けにも自信があった。こうしてひとつひとつ皿に盛り付け、皆が集まっている台所の机に運んで行った。洗い物も入れてちょうど七時で完成した。

真也と加奈子は目を丸くして少し驚いた表情でいた。そして真也が良楽に話しかけた。

「良楽さんスゴイねー。しかも初めて見る料理が多い、大したもんだ、見直したよ!」

良楽は名誉挽回とばかりに得意そうな笑顔を見せていたが、瑠花が一言。

「これしか取り柄がないんですよね」

真也と加奈子はクスッと笑ったが、それでも大したもんだと思った。

加奈子がそれじゃあ有り難くいただきましょうかと言って、みんなでいただきますと言って食べ始めた。

ゴーヤチャンプルーは塩でしか味付けしてないが、それがシンプルで他の料理を引き立てる。ミミガーは豚の耳だがコリコリとした食感かなかなかだ。ゆし豆腐も口の中でとろけるようだった。

オリオンビールを飲みながら四人は無言で食べ続けた。四人が食べ終わった後、真也が満面の笑みで天井を見上げながら美味かった!と放つように言った。一同は満足して、しばし無言だったが、真也は良楽に握手を求めた。

「良楽さん有難う!本当に美味かった。是非とも沖縄料理店の夢を叶えたいね」

加奈子も感激した様子で良楽に話しかけた。

「良楽さんやるじゃない!毎日でも作って欲しいわ。今日は有難うね」

瑠花はその様子を見て良楽に言った。

「兄さん良かったじゃない。少しは恩返しできたんじゃないの?」

良楽は満更でもなかった。さっきからニコニコ顔である。

「喜んでもらえてありがたいです。沖縄料理店を開くのが私の夢です。そうなるように願い続けて行きたいと思います」

三人から拍手が起きた。今日は良楽にとって四人にとって良い日となった。時計を見ると八時になっている。加奈子が瑠花を気遣うように言った。

「瑠花さん。疲れてらっしゃると思います。お布団用意しておきましたので、今日は早めに」

「ありがとうございます。兄とも話すことが沢山ありますけど、明日にしておきます。今日はゆっくりと休ませてもらいます」

こうして一日が終わった。あとは寝るだけで良楽の沖縄料理の余韻がまだ少し残っている。瑠花が来れば良楽に良いことあるさは当たった。こうして四人は床についた。眠りに入るまで時間はかからなかった。

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