森の船
その湖には言い伝えがある。実は湖底に都市があり、水中にも関わらず見事な森があるのだという。なんでそんなことが言い伝えられているのかと言うと、行った人が江戸時代くらいにいたからだそうで、郷土資料館にその時の記録が残っている。専門家は、溺れて意識を失った人が、日没後に流された岸で目を覚ましたからそう思っただけではないかと見ているらしい。
旅行で実際その湖のそばに行った時、確かに湖底に森があってもおかしくなさそうな景色だとは感じた。水は碧く透き通っているが、底までは見えない。向こう岸の森を映して、風がなければぴたりとそのままだ。
別に私は写真家などではないが、美しい風景は好きなのでしばらくそこで眺めていた。風が吹いて、寒くなったので宿に帰ろうとした。少し遠ざかった時。私は背後から奇妙な音を聞いて立ち止まった。
呻き声だ。思わず振り返ると、さっきまで見えなかった小船が浮いている。底に乗る船頭は、白装束に白い三角巾。幽霊に見える。呻き声は誰だ。
私は息を潜めてその様子を見守った。どうやら船頭は誰かを迎えに来たらしい。誰かいるのだろうか。きょろきょろしながら人待ち顔だ。
好奇心と恐怖が競り合って、恐怖が勝った。私はその場を駆け出して、元来た道を戻った、筈だった。しかし、どこで道を間違えたのか、再び湖の岸に出た。
無人の船が浮いている。
「ああ、こちらでしたか。探しましたよ」
背後から声がした。
(森、船、呻き声)
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